恋占い
ポチャン・・・。
池に投げた小石が、波紋を描きながら沈んでいく。
思いがけず大きく広がった波紋は、池の淵にたまっていた落ち葉にまで達すると、
わずかに跳ね返り、後からやってきた波紋と干渉しあって、やがて消えた。
小さな池のほとりに無造作に腰を下ろした勝真は、所在なげに手近な小石を拾っては、池に投げていたが、
やがてそれにも飽きると、池に投げかけて止めた小石を後ろに放りながら、ゴロンと寝転んだ。
穏やかに晴れ渡った空が、深く青い。
白い雲に、彼女のまぶしい笑顔が重なる。
この空の下で、彼女は今日も、誰かと一緒にがんばっているのだろう。
(そうだな、俺ひとり、こんな所で油売ってちゃ申し訳ないか・・・。)
珍しく殊勝なことを考えた勝真が、やはり仕事に戻ろうと身を起こしかけた時、
ふいに後ろで、がさがさという物音が聞こえた。
何だろう?と振り向きかけると、今度は唐突な怒鳴り声が響いた。
「な、なにするんですか、あなたは!!」
辺りを見回してみるが、こんな辺鄙な池のほとりには、自分以外だれもいない。
(俺に言ってんのか・・・・?)
勝真が声のした方向を見ていると、やがて、木々の間に茂っている草むらを掻き分けながら、
どこかで見た覚えのある人物が現れた。
白っぽい狩衣に身を包み、胸には大極図を模した首飾りをかけている。
(あの絵柄、どっかで見たな・・・。)
どこだったけ、と勝真が首をひねっていると、その人物はそんな勝真の様子に怒りを新たにしたらしく、
金切り声でまくし立て始めた。
「あなたねえ、人に石ぶつけといて、ひとことの謝罪もないんですか!? 見てくださいよ、これ!コブ!
ったくもう、こんなの見られたらまた泰継殿に馬鹿にされるじゃないですかぁ!」
それを聞いて、勝真の記憶の回線がスルスルと繋がった。
「泰継・・・? ああ、思い出した! あんた、あのへっぽこ陰陽師か!」
いつだったか、泰継と一緒に行動していた時に出会った、使い走り専門(?)の陰陽師である。
「へ、へっぽこ・・・? あ、あなた、謝るどころか言ってはいけないひとことを・・・!!」
どうやら先ほど後ろへ放り投げた小石が当たったらしく、よく見ると、確かに額に小さなコブが出来ていたが、
勝真のひとことで更に怒りを増幅させた彼の顔が、どんどん赤くなってきたせいで、
やがてそのコブの色もわからなくなった。
身体を小刻みに震わせながら睨んでいるところを見ると、どうやら真剣に怒っているらしい。
「ああ、悪かったな、わざとじゃないんだ。だが、あんな小石にわざわざ当たるなんてなあ・・・。
あんた、今日は運がいいんじゃないか? あ、いや、悪いのか。」
クッと笑いかけて、さすがにこれ以上怒らせるのはマズイかと思い直し、咳払いをしてごまかす。
「いや、失礼した。ところで、あんた、こんな所で何してるんだ?」
「何って、お使いの途中ですよ。」
勝真から謝罪の言葉が出たので、少しは気が収まったらしいその陰陽師は、
まだ憮然とした表情を残しながらも、改めて勝真を見回した。
「そういえば、あなた、泰継殿と一緒にいた人ですよね? 今日はまたずいぶんとお暇そうで。」
「ひ、ひま・・・。悪かったな、今日は置いてけぼり食っちまったんだよ。」
痛いところを突かれたせいで、勝真は思わず口走ったが、言ってからしまったと思った。
「へえ・・・。あの、神子とかなんとかいう少女に置いていかれて、落ち込んでたわけですか。」
陰陽師としての才能は大したことはないようだが、こういう勘だけは鋭いらしい。
さっきまで怒っていたことなど、もうすっかり忘れたらしく、案の定にやにやしながら、勝真を見ている。
「別に落ち込んでなんか・・・・! 大きなお世話だよ。」
こんなヤツに関わっていてはろくなことがない。
勝真は、陰陽師に背を向けて、その場から離れようとした。
だが・・・。
「占ってあげましょうか?」
彼から発せられた言葉に、思わず足が止まった。
それを見た陰陽師が、クスリと笑いながら近づいてくる。
「気になってるんでしょ、あの少女のことが。僕だって陰陽師の端くれですからね、相性占いくらい出来ますよ。」
「相性占い・・・?」
花梨との相性・・・・。全く気にならない、とは言えない。
「今はまだ修行中の身ですから、特別にタダで見てあげますよ!」
顔面に含み笑いを湛えているところを見ると、どうも、実験台になる人間を探していたのではないかという気もするが、
本人の言うように、仮にも陰陽師。
そして、その職にある彼が占わせてくれと頭を下げるのなら、実験台になってやらないこともない・・・。
かなりこじつけっぽいが、勝真はそう自分を納得させた。
「言っておくが、俺はあいつを護る役目を与えられた八葉だ。それ以外の何物でもない。
だが・・・・、神子と八葉としての相性を占ってくれるって言うんなら、見てもらってもいいぜ。」
勝真はくるりと振り向くと、余計な詮索は無用とばかりに釘を刺した。
だが、いくら虚勢を張っても、占ってくれと言っていることに変わりはない。
「わかりました〜! 任せておいてください。」
睨みを利かせたつもりの勝真の言葉は、完全に無視されている。
「あ、そうそう、御代は要りませんが、今度泰継殿に会ったら、さりげな〜く僕のこと売り込んでおいてくださいね。
見下されたまんまじゃ、気分悪いですから。」
そう言うと彼は、嬉々として、懐から数珠のようなものを取り出した。
そして、その場にストンと腰を下ろすと、足を組み、手を合わせて印を結んで、なにやらぶつぶつと唱え始めた。
(泰継に取り成せってか?)
そんなことしても大きな無駄という気がせんでもないが・・・と思った勝真だったが、
さっさと占いを始めた陰陽師の様子を見て、とりあえず黙っていることにした。
「出ました!!」
しばらくぶつぶつとやっていた陰陽師が、唐突に唱えるのを止めたかと思うと、いきなり振り返った。
「ふーん・・・・なるほどねえ・・・。」
勿体つけながらゆっくりと立ち上がった彼は、改めて勝真に向き直ると、上目遣いに見ながら、にまっと笑った。
「知りたい・・・?」
「お、教えてやるってんなら、聞いてやってもいいぜ?」
内心、かなり気になっているのだが、教えてくださいと頭を下げるのも癪に障るので、
精一杯虚勢を張ってみせる。
「おや、かわいくないですねぇー。」
そんな勝真の様子に、ちょっとがっかり、という様子を見せた陰陽師だったが、
自分の占いの結果は、しゃべりたくてうずうずしているようだった。
「まあいいでしょう。ええとですね、彼女とあなたの相性は・・・・・・まだわかりません。」
「はあ!?」
自信たっぷりな様子で勿体つけていたくせに、「わからない」?
「なんだよそれ! 胸を張って言うセリフか?」
アホらしい。
勝真は今度こそ帰るつもりで、彼に背を向けようとしたが、陰陽師は勝真の着崩した着物の裾をグイと引っ張った。
「もう、せっかちな人だなあ。まだ続きがあるんですよ。」
あやうくバランスを崩しそうになったが、なんとか立て直して振り返る。
「てめえ、なにす・・・・続き・・・?」
「そうです! いまから一刻の間に彼女がこの場に来たら、相性バッチリ! 今すぐラブラブ間違いなしですよ〜。
あなたに逢いたくなって探したけど、見つけられなかった、というのなら、まあ普通ってトコですか。
全く気に止めてもらえていなかった場合は、残念ながら見込みなしですね、諦めましょうvv 」
『諦めましょう』のセリフが、妙に嬉しそうで、なんだか腹が立つ。
だいたい、今花梨は、他の八葉とともに神子としての勤めに励んでいるのだ。
常識的に考えれば、『気に止めてもらえなかった』の確率が一番高いではないか。
「無茶苦茶な占いだな。だいたい『ラブラブ』ってなんだよ。俺は帰らせてもら・・・」
「信じる信じないは、あなたの勝手です。でも、この場から動いてしまっては、彼女がここに来てもわかりませんよ〜?」
その言葉に、またしても足が止まる。
「そうそうvv どうせヒマなんだから、待ってみてはどうです? 僕も占いの結果を見届けるために付き合って・・・あ〜!!」
にまにまと笑いながら、勝真を見ていた陰陽師が、急に素っ頓狂な声を上げた。
「しまった〜! 僕、お使いの途中なんだった〜〜! こんなことしてる場合じゃ・・・!」
そう言うと彼は、くるりと背を向け、あたふたと走り出した。
「あ、そうそう! 今度、この占いの結果、教えてくださいね、約束ですよ〜。じゃ、そういうことで〜〜。」
つまづきながらも走りつつ、そして振り返りつつ、言いたいことだけ言った陰陽師は、
そのまま、一過性の嵐のように走り去ってしまった。
「なんなんだよ・・・。」
辺りは何事もなかったかのように、また先ほどと同じような静けさに包まれる。
「か、帰るからな、俺は・・・! だいたいこんな所で、来るかどうかわからないヤツを待ってるほど、ヒマじゃ・・・。」
・・・暇である。
「ま、まあ、少しくらいならいいか・・・。もし花梨が来ても、ここにいなきゃわからないしな・・・。」
とはいえ、とてつもなく低い確率である。
だいたい、これが占いといえるのかも、甚だ疑問の残るところだが、勝真は、またその場に腰を下ろした。
もしもこの占いに信憑性があったとして、その上で花梨との相性が良いのなら。
もしかしたら来るかも・・・花梨に逢えるかもしれない。
勝真は、微かな期待を胸にしながら、先ほどと同じように、またゴロンと仰向けに寝転がった。
木々の間を縫って落ちてくる陽の光が心地よい─────。
勝真さん・・・?
遠い意識の向こうで、自分を呼ぶ声がする。
「勝真さんってば! 風邪引きますよ?」
その声に、勝真はハッと目を覚ました。
ふと見ると、花梨がじっとこちらを覗き込んでいる。
「うわぁ・・・! か、花梨・・・!?」
「もう、なんでこんなところで寝てるんですか? 危うく踏んづけるとこでしたよ。」
花梨が半ば呆れ顔で言う。
そういえば、なぜこんなところで寝ていたのか・・・?
勝真は、記憶をたぐり寄せた。
「・・・・! そうだ、相性占い・・・!」
「はい・・・・?」
「俺はどのくらい寝てたんだ?」
慌てて空を見上げる。太陽の位置は先程とさほど変わっていないように思えた。せいぜい半刻というところか。
「はは・・・なんだ、あいつ占いは得意なんじゃないか。相性バッチリってことでいいんだな!」
九割方来ないだろうと思っていた花梨が、ここにいる。
さっきまでは胡散臭いと思っていた占いだったが、今は潔く認めてやろう。
「勝真さん・・・?」
「あ、いや、こっちの話だ。それにしても、おまえ、よくここがわかったな。」
勝真は上機嫌で、花梨に笑いかけた。
だがその時、後ろから意外な声が響いた。
「おかしな気配が残っていたので、それをたどって来たら、おまえがここに居ただけだ。」
「え・・・?」
抑揚のないその声に、恐る恐る振り返る。
「げっ!? 泰継・・・・!」
「つまり泰継にくっついて歩いていたら、あそこにたどり着いた・・・ってことか?」
「えと・・・客観的にみれば、そういうことになりますね・・・。」
例の陰陽師が残した占いの気配に反応した泰継が、一緒に行動していた花梨を連れてやってきたらしいのだが、
あの陰陽師に用事を言いつけたのは泰継だったらしく、彼がここで油を売っていたと知ると、
花梨を勝真に任せて、泰継はいずこかへと姿を消してしまった。
結果、勝真は花梨と二人で京の大路を歩いている。
「こういう場合は、どう判断すりゃいいんだ? ・・・ったく、やっぱりへっぽこ占いだな。」
「そういえば、さっきも占いがどうとかって言ってましたけど、何のことですか?」
「あ、いや・・・。」
あまり大きな声で言いたい内容ではないので、ごまかそうとしたが、
花梨が食い入るようにじっとこちらを見つめているので仕方なく、かいつまんで話してやった。
「そうだったんですか。・・・あの、勝真さん? だからさっき、喜んで・・・・くれたんですか?」
くぐもった声にふと横をみると、俯き加減になった花梨が両手をくっつけて、二本の人差し指を互いにくるくるとこねくり回していた。
心なしか、顔が赤い。
「喜んで・・・いたか? 俺・・・・。」
「違うんですか・・・・?」
花梨が、赤らんだ顔の中に不安そうな表情を滲ませながら、こちらを見上げる。
「いや・・・、喜んだ・・・んだろうな。」
彼女につられて、こちらまで頬が赤くなった。
意識してはいなかったが、あの時自分は確かに、花梨が来てくれることを願っていた。
彼女との相性が良い、と出て欲しいと密かに祈っていた。
「私、最近、気が付いたらいつも考えてるんです。・・・今なにしてるのかな、とか、どこかで会えないかな、とか・・・。」
花梨が、また下を向いたまま、ぼそぼそと言う。
誰のことを?と聞きかけて、勝真は慌てて口を閉じた。
(この場合・・・・俺、だよな?)
花梨の言葉は言い換えれば、いつも勝真を想っている、というようにも聞こえる。
訳のわからない占いだったが結局、当たったと考えてよいのだろうか。
「俺も、同じこと考えてたよ・・・。」
勝真は、ほんの少し花梨との間合いを詰めた。
彼女の手がすぐ傍で揺れている。
その小ぶりな手をスッと取ると、大きな掌の中に包み込んだ。
「か、勝真さん・・・・!?」
勝真の突然の行動に、花梨が思い切り狼狽している。
だが、この気持ちは、今この場で伝えておきたいと思う。
勝真は、まだ言葉にはならない感覚を、ありったけの心をこめて掌に集めた。
花梨の心と繋がったその場所が、やがて穏やかな暖かさに包まれ始める。
(ああ、ひとつだけ・・・・。)
勝真の中で、ふと小さな言葉が生まれた。
だが今、簡単に口にしてしまっては、するりと溶けてしまいそうな気がする。
・・・もう少しだけ、大切に暖めておこう。
いつか時が訪れるまで。
その言葉を、もう一度、そっと心の中で呟いてみる。
抜けるような青空が、一段と高くなったような気がした。
────これからは、俺のことだけ見つめていて欲しい─────。
〜fin〜
どんどん進展(?)している勝花シリーズを書きながら書いたので、 全く違う話として頭を切り替えるのに苦労した作です(^^; 前半登場した陰陽師は、泰継さんにいつも馬鹿にされている(?)例のお方ですが、 彼との絡みの方が長くなってしまいました(汗) 泰継さんまで出てきた時は、これはいかん!と思って、無理やりお帰り願った次第です(笑) やっぱり短編は苦手かも〜〜(^^; 恋占いの内容とか、占い方については思いっきり独断と偏見の塊です〜(汗) 深く考えないで下さいまし・・・。(逃!) (2004.5.14) |
1万HIT記念フリー創作とさせて頂きます。