お楽しみ秘蔵ビデオ+全シングルクリップ=計16曲集

DVD 2001.9.5 VIBL-37 \4900
VHS 2001.9.5 VIVL-263 \4900


■シングルのプロモーションビデオのみならず、アルバム楽曲や撮り下ろしの映像
(何故か「Cocco本人」ではなく「Cocco本気」の企画・監修と煽り付き。本気て、今まで本気はなかったんかい)
まで収録されたまさにクリップのベスト版といえるべき内容。
派手な仕掛けや舞台を一から作り撮られたような、お金のかかったクリップはないが
Coccoの存在感や魅力(目の強さや線の細さなど)を殺さず、楽曲イメージを崩さず、丁寧に製作された映像の数々はとても美しく、
また歌に込められた想いを第三者の手を通して表現することで、Coccoの楽曲の無限の可能性も引き出され、
どのプロモも非常に面白く味わい深い作品となっており、目と耳を同時に楽しませてくれます。




1.カウントダウン

演出:竹内鉄郎
撮影:小林基己
照明:鈴木大地
編集:茶圓一郎
制作:高木聡
制作会社:竹内芸能企画

■「ウルトラマン」を撮ったスタジオで撮影を行ったらしい、ということは円谷スタジオってことでしょうか。
竹内氏によればこのプロモ製作時、
それまで女性アーティストのプロモ製作では、化粧や衣装関係などでかなり時間をとられることが多かったため
Coccoがこのとき寝起き寝癖のままだーっとスタジオに来て参加し、
あっというまに撮影を終わらせてしまったので「非常に楽!」と思ったそうな。
また、撮影した映像がかなり鬼気迫る強烈なものだったので「編集のとき、ちょっと恐かったね」ともコメント。

内容を見ると、はじめは静かにベッドで眠り、
星のような光がきらめく空間に、柵でまわりを囲み、ブランコを吊るした樹の根元でぼんやりしているなど
「夢みる少女」を感じさせるような感じで(とくに柵・ブランコというチョイスはどことなく箱庭を思わせる)進行していき
サビ前には眠っていたCoccoが目を見開き、電球が割れ、机の上にのせた指のあいだに釘がさされるなどし、
サビでは半狂乱に、うたうというより叫ぶように悶えまくり、ただひたすら不安や混乱を思わせるような
恐怖映像が怒涛の映像切り替えによってスピーディに連続して流れ、
本当にはじめて見た人には「一体なんなんだこれは・・・」といろんな意味でインパクトを与えるものとなっています。
SSTVやMTVでは発売前後かなりヘビーローテーションされていたためか、
このプロモでCoccoに興味を持った方や、逆にとても恐ろしい思いをした方もいらっしゃったようです。

他のプロモと比較していくと、「カウントダウン」は楽曲のイメージを元にというよりも
愛を乞う子供、少女の甘い幻想、激しい女の情念、そんなCocco自身のイメージをミックスしたような
Coccoというアーティストを表現するために製作されたような内容だと感じます。

そしてこのプロモでは、きちんと演じているCoccoがとても興味深い。
テンションの強弱を付けられる人だったんだということにも驚くが
(キャラ作ってたんだねとかしょうもない話じゃなくて、そんな技術のいる面倒なことをするのだということに)
「足の指の先から〜」での涙のこぼし方や、「3つ数える〜」での徐々に涙目になっていく表情など
わざとらしさが皆無なのが凄い、歌に込められた想いを「今」再現しているような気迫。

そんな生々しさのせいか、間奏の穴に落ちていくCoccoの映像は落ち着いて見るとちょっと笑える。
編集が可笑しいのではなく、なんて合成の似合わない子なんだという意味でね。




2.やわらかな傷跡

演出/撮影:UGI CHIN
制作・協力:SPACE SHOWER TV

■NHK BS放送のドキュメンタリー番組「夜更かしライブ缶〜Cocco うたうたい〜」と、
「Film Circuit〜A film about Cocco〜」の映像をミックスした、
オフショットと97年に初参加したSOUTH BY SOUTHWESTのライヴ映像で構成されたプロモ(と呼んでいいのかなこれは?)
シングルではないのであたり前ですが、こういった諸々の映像を組み合わせたプロモなので、
楽曲のイメージを考慮した内容ではありません。
もし「やわらかな傷跡」に添った内容だったら・・・と想像すると猛烈に見てみたくなるのですが。
(このプロモも貴重な映像ばかりなので大好きですよ)

広場で走ったり、踊ったり、体をぴんと伸ばしたCocco(このシーン凄く好き)など
天真爛漫なCoccoが大変可愛いです。
かと思ったら、ライヴのシーンでは眼つきや雰囲気が全然違ったりで、あらためてすげえやと感じてしまいました。

広場でのシーンでは、あえて撮られたような粗めの映像が素朴で、
より、Coccoの存在感や自然な美しさという魅力を際立たせているように思います。
このプロモのいちばんの見所はラスト。
Coccoのお茶目さが素敵ですので、あえて詳細なツッコミは未見の方のために避けときますね。




3.強く儚い者たち

演出:竹内鉄郎
撮影:小林基己
照明:鈴木大地
編集:高田弘隆
制作:高木聡
制作会社:竹内芸能企画

■ロケ地は静岡の砂丘。アジアンな香り漂う黄ばんだ映像。
色使いのせいか、Coccoの目元と毛先が赤く見えます(髪はこのとき元から茶系だったのかも知れないけれど)
最初の方で、猫の真似?のような仕草をしているCoccoに思わずくすりとする。

撮影現場は砂丘ですが、ぱっと見はどこかの島の砂浜のように見えます。
私はあえて沖縄での撮影ではないところが良いなと思いました(島を出た、”沖縄ではないどこか”の物語のような気がするので)

中央のソファに座るCocco、その周りにぼんやりと浮ぶ人影。
詞の解釈から考えていくと、「愛と夢のために旅立った人々が流れ着いた場所」というイメージが浮んできます。
顔のアップが多く、じっとこちら(カメラ)をCoccoが見つめるので
まるで自分もその場所に流れ着いた者で、現実や哀しみに気付きなさいと誘導されているような感覚になってくる。
海の方に向かい、独特の手振りをしている(若干いつもの歌唱姿より前屈みですよね?)シーンも
なにか説得するような、訴えているような、ふうに思える。

二番のサビの部分で、Coccoと人影たちが同じように海の方を見つめるシーンと
海辺で天を仰ぎ、海の向こうから吹いてくる風に身を任せているようなシーンが印象的。

全体的にシリアスな路線で進んでいく内容は、詞とリンクさせているのかなと思いました。




4.Raining

演出:竹内鉄郎
撮影:小林基己
照明:鈴木大地
編集:茶圓一郎
制作:高木聡
制作会社:竹内芸能企画

■「一軒家で撮影を行った」プロモだそうです。

シンプルなワンピース姿のCocco。
歌いだすと、腕をもどかしそうに動かしたり、あたりをきょろきょろし出したりと
普通なら「挙動不審・・・」と思うところですが、ちっちゃな子供みたいで可愛いなあとか思ってしまうあたり重症なファン。
また「もう人前では滅多に踊らなくなった」と言っていたCoccoが、めずらしく踊っている姿や
二番の冒頭のCoccoの横顔のアップで大きな目に光が反射しているシーンなども、うっとりするくらい綺麗だと思う。

唯一、役者さん(と思うのですが、どこの何て方々なのでしょうか)を使ったプロモであり、
ストーリー的なものを感じさせる内容なため、その意味深さで数あるプロモの中でもとくに話題されることが多い今作。
私は恐らく「Raining」のテーマの一つである、”喪失”を表現しているのかなと思っています。

小さな少女はひとり、暗い穴のなかで絵を描いている、まるで自分の世界に閉じこもるように。
場面が変わり、部屋のなかで絵を描く少女。
その絵はどうやら、自身のおじいさんを描いているようだ。そしてそれを椅子に座り見守っていたおじいさんは席を立つ。

少女がまるで絵のモデルを探すように、椅子を引きずりながら廊下を歩く。
ドアを開けると、そこにはぼんやりとだが喪服のような服装の人々。
その人々は、微笑むおじいさんの周りにも見える。

廊下を歩く少女はビー玉を落とす。
その合間に浮ぶ暗い映像では、おじいさんが見守るなか少女は何かを作っている。
そしてロウソクで彩られた、ままごとのような泥の食卓に、少女は人形を二体座らせる。
少女の寂しげな記憶が、まるでビー玉が次から次へとこぼれ落ちるように流れる。少女はそれを必死で拾う。
鼻の大きな眼鏡をかけた人形と、ウェーブの髪の人形・・・これはもしかして少女の両親ではないだろうか。

その後、おじいさんが哀しそうに俯く表情。

穴の出口を探すように進んでいた少女は、再び穴のなかで絵を描くことに夢中になっている・・・

ラストでは最も印象的な”食卓”の場面が現れる。
ドアを開けると、そこにはチューリップの花が飾られたテーブルに
トースト、目玉焼き、サラダ、牛乳(オレンジジュース)、湯気の立った紅茶が並べられている。
朝食の風景だ。手前の小さな水玉のコップが置いてある席が少女の席だろう。

そのあたたかな風景は、やがてモノクロになり消えてゆく。
最後には、Coccoの遠くを見つめる瞳と、ふらふらと次第にぼやけていくカメラでフェードアウト。

以上のことに対して、私が思ったことは
この少女は何らかの事情でひとりぼっちであり、少女を見守っていたはずの(唯一の理解者?)おじいさんでさえも
あの喪服の人々が暗示するように、亡くしてしまったのではないかということ。

ひとりの世界に閉じこもるように絵を描いているこの少女が、失ってしまったものであり
求めていたものは”あたたかな家族の風景”だったのではないでしょうか。

手作りのいびつな両親の人形、泥の料理、求めていた風景をいじらしく再現する少女。
ラストが朝食の風景なのも、まるで望むものの象徴のように思える。
(親友や恋人同士でも、昼食や夕食は共にしても朝食まではよほどな関係でないと一緒なことってありませんよね?
朝食を共にするということは愛ある者たちの特権であり、きちんと用意された朝食は幸せの象徴だと思うんです)

「Raining」の楽曲自体、さまざまな解釈があるので
このプロモがどこまでCoccoの意見が反映されていたかは分かりませんが
(楽曲中では”帰り道の匂い=家庭の安らぎ”に希望を見出していますし)
映像のなかで表現された”少女の孤独”は、監督の竹内さんを通し提示された
「Raining」の新たな一面であったのではないかと思います。

言葉で表すより強引でなく、視聴者の判断に委ねる自由さと
それによって更に広がる楽曲の捉え方、そして単純な映像としての美しさ、に
私はプロモーションビデオの醍醐味(一個人の目線から味わえる楽曲の魅力)を感じました。










続きは製作中です。









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