1997 1997年1月1日にはニッポン放送主催のイベント「ALL NIGHT NIPPON SPECIAL LIVE−FEMALE VOCAL REVOLUTION'97」に出演。 ライブのあとにはMCもあり、この様子はラジオで放送された。 2月には『Cocko』が全米のタワーレコードで発売され、アメリカテキサス州オースティンでの音楽イベント「SOUTH BY SOUTHWEST」にも出演し また、在日外国人向けFM局であるInterFMでも『SING A SONG〜NO MUSIC,NO LIFE〜』がヘビーローテーションに選ばれている。 そして1997年3月21日には表記を゛Cocco゛とし、ビクター/スピードスターレコーズより『カウントダウン』でメジャーデビュー。 SPACE SHOWER TV3月度のPOWER PUSH!に選出された。 その後、Coccoは精力的に活動を行う。 まず4月6日にタワーレコード渋谷店屋上にてフリーライブを雨が降るなか決行。この様子はInterFMと、渋谷街頭ビジョンで生中継された。 5月5日には、SPACE SHOWER TV主催の、日比谷野外大音楽堂でのイベント「SWEET LOVE SHOWER」に出演。 5月19〜22日は、恐らく初めてであろう地上派のテレビに登場、TBSの番組「face2」にて四日間連続でインタビューの様子が放送される。 5月21日には今年1月からレコーディングされていた楽曲を収めた1stアルバム『ブーゲンビリア』も発売され、 6月20日に渋谷クラブクアトロでメジャーデビュー後初のワンマンライブ「Live at 渋谷クラブクアトロ」を行う。 続いて6月28日に心斎橋クラブクアトロにてFM802主催のイベント「COOL NITES-EXTRA-」、 8月23日に赤坂ブリッツにてタワーレコード&佐野元春氏主催のイベント「THIS!'97」、8月28日には新潟Phaseにてライブイベント「音楽と髭達'97」に出演。 (また、『ブーゲンビリア』の収録曲である『やわらかな傷跡』は、佐伯一麦氏の三島由紀夫賞受賞作品「ア・ルース・ボーイ」の 映画主題歌として決まっていたが、配給会社との事情によりロケの行われた仙台にて一度上映会が開かれたのみで未公開となっている) 11月21日に2ndシングル『強く儚い者たち』を発売。 FM802の11月度ヘビーローテーションに選出され、JALのハワイキャンペーンソングとしてCMに起用されたことにより、多くの人がCoccoの歌を耳にすることになる。 結果、ロングヒットを記録しブレイクのきっかけとなった。 12月5日には梅田ヒートビートにてワンマンライブ「Live at UMEDA HEAT BEAT」を行い、当時未発表曲だった『夢路』『Raining』を初披露した。 12月12日にも赤坂ブリッツにてライブ「Live at AKASAKA BLITZ 1212」を行い、ここでは『Rose Letter』を初披露している。 また、97年には提供ROCKIN'ON JAPAN、協賛SPACE SHOWER TV・各FM局(NORTH FM、J-WAVE、ZIP FM、FM802、CROSS FM)で作成された ビデオ映像「Cocco Film Circuit〜A film about Cocco〜」を札幌・東京・名古屋・大阪・福岡のCD店などで期間限定で公開。 この映像は当時のCoccoオフィシャルサイトに存在したファンクラブ(に近いもの)の会員へも限定で配信された。 (ちなみにこのオフィシャルファンクラブ(に近いもの)では、「More About Cocco」というライブ先行予約受付や情報を載せたメール版の配信、 続き、写真やCoccoへのQ&Aなどが載ったペーパー版の発行なども行っていた) 1998 →about Cocco →TOP |