俺と文次郎の間に佇む邪魔な机を押し退け触れれば思った通りのかさついた感触、捩じ込むように舌で閉ざされた口を抉じ開け歯列をなぞり、奥へと逃げた柔らかい舌を引きずり出して吸い上げる。とろとろと溢れた二人分の唾液が顎を伝い、首に流れ、きちりと着込んだ文次郎のシャツの襟を濡らしていく。 固く閉ざされた瞳。 対してくたりと弛緩した身体。 抵抗など形だけだ。俺のシャツを握る指先が儚げに震えるだけ。本気で嫌がっているかどうかなどわかる、嫌だ嫌だと口にするのは大半が照れ隠しのようなものだという事を長い付き合いの中で知っている。 【落日の常初花】 |
左脇腹の、どう考えても拳の痕でしかない青痣の上から噛み付いてやれば、小さな悲鳴が上がった。 「ちょ、……痛ぇ」 「…………」 じと目で睨まれるが、構わず胸に走る大きな裂傷の痕を舌先でなぞる。刀傷かそれとも苦無か、とにかく何か鋭い刃物で裂かれた皮膚はやや盛り上がり、治りかけのそこはまだ少し血の味がした。……何かしら上から痕をつけてやりたかったが、傷口が開きそうだったのでやめた。ささやかな独占欲。代わりに瘡蓋のこびりついている右肩に唇を寄せ、強く吸い付く。ぽつりと赤く咲く鬱血のさまにとりあえず満足して、べろりとその上から舐め上げればくすくすと笑う声が耳に届いた。 【Body talk – side T –】 |
――俺が傷を作ってくると長次は不機嫌になる。 見てくれが悪くなるからだろうか。ただでさえ美しくもない男の身体、そりゃ見た目くらいはって思うよな。 自傷はしない、けれど似たようなものなのかもしれない。鍛練と称し、自分を悪戯に痛めつけている自覚はある。しかし鍛錬に傷はつきもので――喧嘩吹っかけてくる奴だっているし――などと。ぐだぐだ考えながら、あからさまに機嫌の悪くなった長次を前に、こんなの舐めときゃ治る、と言ったのはいつ頃の事だったか。 では、と。 俺のそんな逃げでしかない言葉の後に、長次はでは、と続けたのだ。ほんの少しだけ、その薄ぼんやりとした瞳をきらりと光らせて。 それでは、俺が、と。 そう言ってこの男は俺の腕を取り、真新しい傷に舌を這わせてきたのだ。止血も出来ているとは言いがたい、殆ど水で流しただけの傷を、だ。衛生面が、とか。なんでそんな事を、とか。思ったけれど。長次があんまり優しく傷口を舐めるので拒絶も出来なかった。 【Body talk – side M –】 |