
「かつて人から鬼が生まれた。母は鬼に孕まされた。私は人の子として育てられた。夜に外へ出てはいけないと固く言いつけられたのは鬼が出るからだと。だから私は、鬼を見たことがない。鬼とはきっと頭に角が生え、大口に牙があり、ギョロ目がこぼれんばかりの赤ら顔で人の子を喰らう化け物だと思った。母は私が七つになる前に身罷った。外へ出てはならぬと言われたが、食べ物もなくなりそうも言ってられぬ。扉を開けて夜の外へ出た。夜の闇の中には、なるほど鬼がたくさんいた。暗くて顔もわからぬが私を喰らおうと大口を開けていた。私は死なない程度に身を切り売りして生きた。行きたい場所があった。母が最期に私にくれた、その言葉を頼りに歩いて、歩いて、たどり着いたのは鬼の住み処だった。朝の光に映る鬼たちは、まるで人の形をしていた。まるで私と同じだった。私は母しか知らぬ。水に映る己の顔しか知らぬ。母を人だと、私は人だと信じてきた。それがわからなくなった。人がわからなくなった。
行く当てもなくさまよう私を1人の鬼が囲った。優しい鬼だった。私を養うその手は、慈しんでくれるその目はかつて母がそうしてくれたものと少しも変わらない。私はこの鬼こそが人のあるべき姿だと思った。そして、この鬼が他の誰でもない、私の父であればと願った。優しい鬼は私の願いを叶えてくれた。優しい鬼には兄がいた。鬼の頭領で、弟とは似ても似つかない残虐さで人の世を荒らし回っていた。私はその大鬼が嫌いだったが、弟は兄を尊敬していて、どこまでも忠実だった。兄のためならば弟は非道に堕ちるを是とする。私は、弟が兄に変わって鬼の頭領になれば良いと、そう思わずにはいられなかった。鬼たちは人の世を荒しつくし、鬼の数が人を上回った。鬼同士で獲物の奪い合いをした。やがて共食いをはじめ、鬼は真っ二つに割れた。鬼の頭領だった兄の軍と、兄を支え実質の主導者だった弟の軍に分かれて殺し合った。私は父である弟の鬼のそばにいた。彼を正しいと思い、どこまでも従った。残虐な兄は戦に強く、心優しい弟は負け戦が続き屍を増やした。優しい鬼は私にここから遠い場所の守護を命じた。それはどのような理由であれ私にこれ以上の戦をさせぬということだった。理由を問えば鬼は悲しそうに笑う。『お前まで鬼になってしまうことはない。私はお前を人のままでいさせてやりたい』
『人が生まれ人のまま死ぬことはこの世で最も難しいことだ。ほとんどの者は途中で魔に捕らわれて鬼になる。鬼と人は同じ、だから見た目も変わらない。笑っている鬼は泣いている人だろう。泣いている人は笑っている鬼かもしれない。けれどお前の母は最期まで鬼にならなかった。お前もそうであるべきだ』
驚いた私が鬼に手を伸ばす前に、鬼は私を谷へ突き落とした。それが二度と会わぬ最後になると悟り、父と呼んだ。鬼も息子と返してくれた。私は、なぜこの人が私の本当の父ではないのかと、そうであればよかったと、泣き叫んだ。谷底は霧が深く私をけもの道に迷わせる。そこにはかつての母の姿があった。傍らに寄り添う鬼は私の父と信じた人ではない。けれどよく似ていた。優しい目で母を見ている。『七つになるまで夜の外には出さないでほしい。私の子ならばすぐ鬼になってしまう。されどそなたの子ならば強い人になろう。この子が七つになった朝、鬼の世を治め人と共存できる世にしたのちに、迎えに行く』
霧の谷を脱して、戦から遠い土地で聞いたのは、弟の軍の大敗、捕虜となった弟が兄に殺されたという知らせだった。私はそのとき人であることを捨てた。これまで積み上げてきたすべてを捨てた。決断ですらなかった。最初から定められていたことのように思える。私は半分は鬼の子で、どんなに心優しい鬼に育てられようと、醜い大鬼の血が流れている。私はそれを認めた。笑う鬼は泣いている人と同じ、たしかにそうかもしれない。鬼に堕ちてみれば人がおかしいほど無力に見えた。無知で欲深で自分ばかりが大事な愚か者ばかりだ。数少ない善人を悪人が喰らう。悪人を喰らうのは鬼の役目となる。太平の世をつくるならば喰わねばならない人がまだ多い。鬼の目線で見れば大鬼の所業は神の如く尊かった。弟が兄に従った理由が今ならわかる。けれど兄が弟を喰らう理由が見つからない。泣いて喰らったというならば心の底では笑っていたのではないか。私の母を愛した鬼は、私の養父を従えた大鬼は、私の父であった人は、もうどこにもいないのではないか。私は弟の軍を再起させた。私はもう夜の闇の中でしか生きられぬ。朝日が怖くてたまらない。
久方に目にした鬼ヶ島は美しく整えられて豊かな国になっていた。人と鬼が共に笑い共に泣き幸せに寄り添う理想郷だった。壊すことなどできるものか、そこは皆が待ち望んだ場所だ。弟の軍は戦う気力を失い朝霧の中に消えた。私だけがその国に入れない。母を迎えに来てくれなかった、養父を喰らったその手で成した太平の世に、どうして私が生きられよう。どうして――私が人であった時、あなたは鬼のまま、私が鬼になった時、あなたは人になってしまったのだ。弟を喰った時、兄は人に戻った。泣く兄を見て弟は笑った。これでよいと。兄にとって弟ほど非道な鬼はいない。残酷なまでに心優しい大鬼は母を鬼にさせぬため、私を鬼にさせぬために、笑って人を喰らい続けた。ならば私もそれにならおう。あなたが人に戻ったのなら鬼の子など最初からいなかったのだ。あなたが私の父であるわけがない、私の父はあの心優しい鬼だけだ。そうでなければならない。鬼に捕まれば鬼になる。隠れ鬼ならば許されよう。私は笑った。朝霧の中にいる人々を喰わぬように、鬼の子は闇の中に消えていく。
(あの人を喰らえば私も人に戻れただろう。けれどそうして人に戻って、そこに母はいない。父もいない。孤独ならば人はすぐ死ぬ。死んだ方が幸せだったかもしれない。そうしなかったのは、心のどこかでその人がまた鬼に堕ちる日を待っていたのかもしれない。遠い土地で、私は今も待っている)」

どこまでも白い静かな世界。死ぬ者に優しく生きる者に厳しい流刑地。
冷たい湖が手招いている。氷の上に誘うその子の笑顔が忘れられない。
人と思えぬほどに清らかな人だった。琵琶の水が人の形をしたらこのようになるのだろうかと思った。その人は汚泥にまみれたこの地を見てひどく悲しまれた。夢で見た神の国にはほど遠いと、涙を流して嘆かれた。彼の掲げる神の国は、清く正しい者が苦しみ私利私欲に溺れる者がおごる世界に絶望していた私の理想そのものだった。私は住み慣れた谷底に別れを告げる。『暗くなる前に帰っておいで』去り際に投げかけられた言葉は奇妙なほどに優しかった。その谷は、言葉をくれた谷の人は、もういない。この手が犯したことではないが――私が沈めたようなものだ。泥を生む沼を埋めて、その地に新しい種を植える。正しい森になれるよう祈りながら、清い人に手渡された種を植える。種が芽吹いた時にはもう手遅れだった。それはこの国の種ではなかった。彼が夢の中でもらった神の国のものだった。神ノ木は人に恵みを与えず、人の命を吸って地上に満ちた。私はその人に初めて抗い、このままではいけないと言った。その人はもう私の言葉がわからなくなっていた。その人は清く、どこまでも純真無垢であった。その人には最初から醜いものなど何も見えていなかった。綺麗なものが満ちるならその雪ノ下に何が埋まっていようと構わない、微笑むその人を、一時でも目を離すべきではなかった。目が見えぬならば手を取り導くこともできただろう。もう遅い。私には醜いものが見えている。そしてその中にすら清いものが光ることを知っている。『暗くなる前に』私は引き返した。ありもしない谷ノ沼へ。そうして、神ノ森に戻ってきた。私にはもうどちらの地が正しいのか判らない。どちらか一方に偏れば生きられぬ者がいる。清くも醜くも人である限りあるべき姿がある。私はこの国を二分することを是とした。どちらも選ばぬ代わりに、どちらにも傾かぬ楔の役を担った。こうするしかなかった。そうしなければ、皆を救えることはできない。琵琶の水が涸れ、神ノ森は烏に侵され荒れ果てた。その地に元来の芽が生える。一方で、泥の中にも木の根はあった。恐ろしいほどの均衡だった。それは暗にすべてが平等であったことを諭していた。私が手を伸ばし口を付けた琵琶の水は、沼の泥と同じ味だった。私は国を二分していたのではなく、ふたつが合わさってひとつになることを認めただけにすぎない。それは永劫に続く苦しみにも似ていた。『かえっておいで』叶うことならば帰りたい。還りたい。卵の中に。そうして、もう一度やり直せるならば、今度は何の感情もなくすべてをなぞれるだろうに。あの人に与えられた鱗が皮膚から離れない。めくらになった口から涙が笑う。夜の来ない世界で月が太陽の真似をしている。

正しい者が美しく醜いものが異形とするは悪しき。巷には醜い者が満ちている。無知で無力な泣き鬼ども。我が愛しき民草。誰ひとり、奴らは正しき世では生きられぬ。守られる者の亡き世で何が秩序、何の理念。我らは人なのだ、□□、そなたら天上人とは違う。

○○ 同じ形ならせめて ○● すみずみまで黒く塗り潰して見分けがつくように ×

にいさまたちのところへいきたい。ここはくらい。ここはつめたい。とおさまの大きな手。にいさまたちの細い腕。あたたかい思い出。おぼえてるよ。どうすればいいの。とおさまみたいに怨めばいいの にいさまたちみたいに首がとべばいいの。できないよ とおさまのくれた僕の名前が僕を死なせてくれない でもね 将軍様がおなまえくれた 僕の新しい名前 呪いの言葉 刀の刃 やった できた これで僕もぐるぐるまわれる 仲間はずれじゃないよ にいさま にいさま とおさま まっててね 僕もそっちへいくから あなたたちの仇をとって 怨まれて 戦をおこして 勝って負けて 首が落ちたら ころがって 僕のこと まただっこして
とうさまにいさまのところへいきたいおねがいのりただおねがいおまえのちちおやがそうしたようにわたしをあちらへやっておくれはやくはやくはやくしないとあのこがくるよこっちくるくるこわいあのこがわらっているよ

僕は君が嫌いだから裏切るんじゃないよ。傷つけるんじゃないよ。いたいかなしいって泣く君が好きだから、可愛いな ずっと一緒にいたいなって思うから、僕は君を突き落とした。とげとげ谷の崖の下。僕の家。

彼は何度も身に余る幸せだと微笑む。なんて痛々しいことだ。彼は自分を不遇と嘆いたことなど一度もない。死ぬ直前まで無を知らぬ羽虫のように、枯れる季節を感じぬ秋草のように、闇を恐れたことなど一度もない。彼はその目に呪いを受けている。(おそらくは彼の代ではないだろう、連なる宝珠のはじまりに交わした指切りの痕。)どんなに相手を畏怖していても敬愛していても慈愛で包み込んですら彼の手はそれを掬えない、救えない、巣喰うばかり。彼は愛するべきではなかった。手に触れるべきではなかった。口を笑ませてその子を愛でる彼が悟る日はそう遠くない。そうおそらく次に桜が咲く頃には、すべてを恐れて自ずと目をふさぐ。

私に名を下さい。あなたの前にいる私ははもうさっきまでの私じゃないから。私の顔はあなたの望むまま、私の体はあなたの知らない人。あなただけの私でいたいから。私に名を下さい。そしてわたしたちだけの誰にも似ない人をつくって、そのこの名を一緒に考えて下さい。そんな世界をこの目で見てみたい。
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この世が夢ならば狂えるのだ。夢の中ならば私は私ではない。あなたは私を私と思わずその手を差し出し私を導く。微笑む顔 温かい腕 私の氷を溶かす熱。その滴は正しく落ちる。夢ならば、この世の夢がうつつであれば 矢羽根の音は聞こえない。燃える森は凍らない。朝霧の中 私はただただ踊り続ける。あかいくつ。くろいふく。きんいろのまり。
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その子が夜を作るから私はせっせと朝を産む。その子は知らない本当の名を、私は知らないその子の体の大きさが夢から覚めた後に見る空の色になることを。気付かないふりをする。わたしはあなたの血肉でありたい。それが許されない2人がひとつになっただけのこと。

ひとつのものをとりあった わたしたちはふたり はんぶんにわけることをかんがえず(誰も教えてくれなかった。)ひとつのものをほしがった。そうしてひとりになったとき、ふと考える。あの時、どうして私は 私たちは ふたりだったのだろう。それはとてもおそろしいことだった。わたしたちはさいしょからはんぶんこだったじゃないか

貴方にいだかれることは、はずかしめでもなんでもなく、じゃのめや世のうわさなどすこしもきにならない。おおきなうなばらにとけていくように私はねむりにつけるのです。貴方が触ったところから人ならざる者に変わってゆくのをわかっていて、私は安心して目を閉じる。私の心はとっくに(産まれた時から)人ではなかったのかもしれません。今となっては確かめるすべもない。

甘い赤い実がほしいの。にがいにがい青い実はいらない。あかいみ全部こっちへちょうだい。青い実はお前にあげる。みんな食べてね。残さず食べてね。だって、残したら青い実は黄いろくなってボクのことを食べるから。お前が食べて、緑いろのお前が全部たべて。お前が育てる赤い実は、全部ボクの口の中へ いれて いれて

「崖を目指してどうされる」
「おかしいか?崖の他に目指すものがある人間などこの世にいるものか」
「私と貴方は違う」
「どう違う。目は同じ二つあろう」
「見ているものが違います」
「耳も二つある」
「聞き分ける音が異なります」
「口は二つない」
「だから一つしか選べないのです。どうか許して下さい」
「許せ?」止まり、笑う。「許せばお前は楽になるか。違うだろう、お前は、許されては生きられぬ。お前は可哀相な奴だ。見ていて涙が出てきそうなほど、可笑しい。お前ほど生きている姿が滑稽な者はいない。だから言ったんだ、俺につられて崖から飛べばよかったのに。そうすれば今頃とっくに楽になっている。口が二つになる前に、顔を潰してしまえばよかったんだ。目が一つになる前に、耳を失う前に」そう言ってやれば彼は押し黙る。非力な只の人であるのにその周囲を取り巻くそれはまるで呪われているような、庇護されているような、殺すために愛すような生かすために憎むような、不幸せな幸せ者が立ちつくしている。
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私は思い違いをしていたのだろうか。三ツ首を討てばすべては終わると、不老長寿の華が咲き世の中は太平となり得ると心を鬼にしたのは、共食いをするために逆鱗を裂いたのは、すべてあの方のためだった。それなのに、なぜ対岸の華が芽吹く。重陽が枯れ、死人に恋する狐花が連なる。私が間違っていたのか それともこれが正しい道筋なのか。置き文の予言が示すもの。生ける者を切る花の名を、呼べば、ああ、いちしのはなのいちしろく それは彼岸の花ではない、それは天上の花。十六夜に笑う華が地に埋まる。不老長寿 不死の華 それが私の徒花。私が鱗を重ねた先は、葉も見ず花も見ず 叶わぬ菊花の契り。
「貴方にまだ耳があるなら口があるなら目が見えるなら 答えて下さい。こんなことを聞くのはおかしいのに、どうしようもなく、不安でたまらないのです。貴方なら答えを知っている気がしてならない……私は、これでよかったのか。こうなるべきだったのか。私が倒すべきは本当に貴方だったのか?――主よ!」
一時の情、もしくは予感。信じていたものが霞んだ瞬間に微笑んだ 貴方には何が見えていた 私の目が認めないものが映っているならば私を救うのも貴方だったのではないか。もっと貪欲になるならば貴方の血肉を屠ってその能力が手にはいるならば私はこの手で貴方を
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またお前は難しいことを考えているのだな。物事の全てに耳をすませるから目を見張るからそんなことになる。本当にお前はかわいそうな奴だ。
「行けぬ」わからないか、俺はそちらへは行けぬ。そちらの岸へは渡れない。歩ける足がないのだ。考える葦がないのだ。人であることを捨てたのだ。鎖が外れることはない。これは俺のへその緒で、産まれた時からこの地に繋がれている。お前の鎖は長い、どこへでも行けるだろう。たどっていけばいい。在るべき場所を知るのが怖いか。知ればどこにも行きたくなくなる。そこは母胎だ。終焉の地、極楽浄土。そこのものを食べれば二度と人ではありえない。生まれかわることもない。何も考えず全てを忘れて朽ちていける。お前が求めているのはそれだろうに、なぜ震える。寒いのか。
鎮西へ往け。最果てを見ろ。全てを知りたいなら耳をふさげ。目を閉じ、己に聞けばいい。お前はお前でしか在れぬ。是も非にするもお前自身だ。さあ、その手で何をしにきた?
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御記文の呪いが解けた時に呼吸が出来なくなる 過呼吸 名を呼ぶ声も聞こえない まなこがうつつをぬかす。誰かが笑っている「だから言わんこっちゃない」 誰かが泣いている 『うそつき』そうして真言をかける。身を焼く言葉に耳が鳴く。眼が割れる。口が重なる。人に還る。月の下で誰かが笑っている。
ああ、そうか。今わかった。呪いはゆりかごだったのだ。私が落ちて泣かないように、柔らかい嘘をしきつめた、やさしいやさしい揺り籠。私が目覚めて悲しまないよう、永く寝かしつけてくれる、母親のような。あの人は、それほどまでに私を――やはり憎んでいたのだ。

あなたでなければならなかった。あなただけでよかった。あなたがいない世界だからこそ憎めた。終わりを望めた。あなたもそれを望んでいるはずだろう。私は永遠にそちらへ渡れない。朽ち果てほころぶ死の国で対岸を臨んでいる。本当は、最初から最後まで、あなたがどこに居たかなど知るよしもなかった。
貴方の御国を真似るのに決して貴方の世界と同じにならない。私と貴方の違いは何だろう。同じ者から生まれ同じ材料で作られた私の体私の声私の頭私の心。水面の奥にいるのに 貴方が笑うと私は泣いてしまう。私が泣けば貴方は歪んで笑う。あなたと同じになろうとすればするほど貴方から遠ざかる私の夢。

わたしはあなたに望まれて生を受けたのだから、あなたの願いを導くためだけに生きてそして死ぬのだろうに、そのことを光栄に思いこそすれ苦痛など感じるはずもない。けれどあなたはわたしの有り様を悲しんでいる。『お前は私たちとは違うように作ったからもっと我が儘を言っていいのだよ』と優しく微笑む。わたしは努めて利己的になろうとしたし、あなたの願いの欠点を並べてみたりした。自分の進む道に何の希望もないこともわかっていた。それでもわたしはあなたが生きていれば進むだろう道を行きたい。わたしはあなたたちのように尊い存在ではないし、あの人たちのように卑しい気持ちにはなれない。わたしは何も成せずに終わる、けれどあなたがわたしをのこしてくれたように、わたしもわたしの種を落とす。芽が出てひとりで歩く時、定める道はその子に委ねる。いつかあなたに背く子が花咲く時もくるだろう。願いを叶える子が息絶える日もくるだろう。これがわたしのわがまま、わたしの卑しさです。
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秋は嫌いです。いいえもみじが嫌いなのです。紅い葉が怖いのです。青いままに枯れ落ちるものはただただ美しいのに、まるで血が滲むように紅葉する様が私を責めているようで、それはおそらく優しさでしょうが、私には苦痛以外の何者でもない。春は好きです。桜が好きです。優しく私を眠らせてくれます。桜の森の満開の下、何も考えられなくなって、私はやっと眠りにつけます。貴方が必要としてくれるまで、(貴方が私に騙されてくださったように、)貴方が私をきちんと欺いてここへ呼び戻してくれるまで。秋に怯える私も、春に横たわる私ですら、貴方は必要としてくれる。風に弱い花だと知っているのに、いずれ紅く染まる葉末だと知っているのに。
+++
草木が嫌いです。森は闇をつくって鬼を育てて、大樹は私を屠ろうとする。葉末が擦れる音が大嫌い。すべて枯れ落ちてしまえばいい。突風で枝ごと折れてしまえばいい。けれど本当は、風の音が一番怖い。あの人を一呑みで食べてしまった、嵐の後の凪の上、私は海鵜の真似をする。鵜飼いが紅く染まるまで。
+++
空蝉。なのかのいのち。実をつけ手に採り口に入れる種までもすべて私の中で紅く染まれ海に沈め土に埋もれ眠り続ける何もなければすべてがあるならばすべてあるところはなにもない水のない土の中 海の底
(春=世/夏=観/秋=増/冬=音)

貴方を捜しに桜並木へ迷いこむ。桜舞い散る花吹雪の中、貴方の後ろ姿が霞む。魂のない音が私を捕らえて誘う声になる。つかまえた と鬼が笑う。つかまえられた と童は泣いた。桜の声がぴたりとやんで、あたりも徐々に暗くなって、童の影は闇と交わる。ならば今度は私が鬼に。涙の枯れた笑い鬼に。
魂があればどのようなところでも生きていける。誰の体であれ、誰の心であれ。なぜ私が恥を忍び辱めを受けながら生きているかおわかりですか。遠い貴方に恨まれ嫉まれながらここにいるかおわかりですか。貴方に取り憑かれるためです。貴方が私に触れて中へ入ってきてもらうためです。
貴方が与えてくれたものならば贋物も至宝になり得る。生きていける・子を成せる。たとえ私の生がまがいものに成り果てても、私から生まれるすべてが否定されても。貴方という唯一無二の宝を遺す、私達は貴方の守護者であり得る。虚像は貴方を裏切らない。私達は貴方のすぐ下にいます。地面に張り付いて、いつも貴方を見守っています。

目隠し鬼。めしいた童が手を伸ばす。逃げ場のない私はその子に触れられそうして目の見えない鬼になる。もうここにはいられない。鬼の獄へと導かれる。けれどこのこの贄と思えば私のいた証になろう 私はここを鬼ヶ島にしとうない。ここだけは極楽浄土であれ 御仏が守りしこの皇国を千代に八千代に。
鬼ヶ島へ連れられたその人は夢でも出遭った獄卒に会う。
「貴方は東を貶めるがここから見渡す西の姿を一度でも見たことが、想像したことがあったか。あそこは腐り果てた土地だ。怨念が漂い人を正気に留めない。私は毒されぬうちにこちらへ還ったからわかる、あそこは極楽などではない。地獄そのものだ」
「異形の者が正しきを見れば歪んで見えるのは理なり。お前の描く極楽とは何だ?宝の山か、穢れなき楽園か。そんなものは極楽ではない。宝も楽園も無秩序の象徴、無知であれば手を伸ばすが触れた途端に消え失せる幻よ。千を生き万に輝く星の光は闇夜にしか漂わぬ。それが我が理念、貴様が嘲る怨念なり」
「なぜわからぬ。なぜわかろうとせぬ。なぜわからぬふりをする。お前の望みは報われぬ。お前の生は無意味でその死はそれ以上に無価値だ。自ら悦び奈落へ堕ちるは愚かなりや、それでもお前はあの方のかたはらか。恥を知れ。悔い改めよ。今ならば恩赦できる。最初からやり直せる。その下らぬ望みを捨てろ!」
「貴様にはわからぬ。わかればお前も彼岸(こちら)の人間。そちらには二度と戻れまい。私もそうだった。あの人の心情を推し量ろうと一心不乱に河を渡った。こちらには何も無い。虚無だけが在る。今の私にあるのは志だけだ、これすら河に流せば私は私でなくなる。もう戻れぬよ。諦めるのはお前の方だ」

お前は「私が鬼になる」と言った。貴方の代わりに私が鬼になりましょうと。非道な鬼の所業を重ねて、重りを背負って橋を渡る。橋の向こうに重りを下ろせばこちらの岸へ戻ってくる。私の足を掴む者を金棒で殴って賽にして、庭石のようになったそれを背負ってまた向こうへ渡る。私はただそれを見ている。橋はぎいぎいと不快な音を立てて鬼を向こう岸へ行かせ、ぎいぎいと悲鳴のような声をあげて鬼をこちらへ戻して来る。私は手足を亡くしたようにそれを見ている。目だけの化け物になった私の足を掴む者は私を聖者だと崇めている。鬼はそれを賽にする。何がきっかけだったろう、いつものようにぎいぎいと音をたてる橋のたもとに歩いていって、立てかけてあった金棒を持った。私には手足があった。私は聖者ではない。鬼だ。向こう岸へ渡らなければならないのは私だ。橋を渡り中程まで言ったところで遮られた。戻れと、渡ってはならぬと。私にはその者が見えない。目だけがなくなったように何も見えない。私は叫んだ。鬼になった者の名を、私を囲った聖者の諱を。咆哮をあげ金棒を振り上げた。橋はぎいぎいと鳴って鬼の所業を見送った。今、私は庭石を背負って橋を渡る。目が見えないものだからどちらの岸を目指しているのかわからない。橋の音が止む時たどり着くその先には何があるだろう。何がないのだろう。(たどり着いた岸には美しい石庭があった。誰もいなければ何の音もしない箱庭が彼のために用意されていた。その人の目を見えなくしたのは誰だろう。最初に鬼になった人は誰だろう。

勝者は死に敗者が生き残る。戦う理由も生きる意味も大切な人も体のほとんどを失った彼は心臓だけで歩いている。桜の木の下に忘れ去られた心臓。血の手綱。断ち切られたはずのくさびをずるずると引きずりどこへでも行けるなら貴方の居ない処へ往きたい。「どうして どうしてあの時私を殺して下さらなかったのですか」刀を持つ前に右手を弓を射る前に左手を馬に乗る前に右足を京へ上る前に左足を口をきく前に舌を目が見える前に眼を音が聞こえる前に耳を産まれる前に心臓を頭を首を その手にかけてくださったなら

なぜ、貴方はそうやって自らの胸に刃を刺して、何度だって自分を殺す。そうじゃない道があるはずだ。互いに傷つきながらも共に生きる道があるはずだ。相手が無傷であることにこだわって、結局皆を土に埋めているのは貴方だ。普遍的で、融通がきかない、不器用な人だ。貴方の下では誰も幸せになれない(誰よりも清い貴方すら幸せになれない世界で、一体誰が幸せになれるというのだ。

出来ることなら貴方の狗になりたかった。貴方を崇めるばかりの 月に吠える馬鹿犬に。>cry for the moon.

愛しい愛おしい僕のフロイライン。僕は貴方の純潔を謳う。咲き乱れる貴方の芳香に酔う。この世に貴方ほど美しい人がいるだろうか。私は貴方が心配だ。悪魔に誘惑されないか死神に夜を侵されないかと心配だ。貴方の聖なる生命を永遠にしたい。国中の錠前師に君の扉を閉じてもらおう。宝石のちりばめた純金の楔で。

雪に隠して河に流して黒く塗り潰し白く消し去る 目隠しをして離れればいい どこまでも私の下で貴方の上でその子に言霊を唄い命を舞わせるのなら 私をきちんと沈めて下さるのなら

気が狂ってしまいたい。逆立ちすれば空が見える。こんなところで、まともでいるのは馬鹿らしい。
「ねえ、□□殿。私の愛する神々と、貴方が信ずる御仏が、いずれの日に人知れず入れ替わって何食わぬ顔で鎮座しておられた時は、貴方がいっさいがっさい破戒して下さるのですよね?」

正しい道を歩いているはずだった。今もそう信じている。私の前にはその道しかなく、後ろを振り返れば歩けなくなることがわかっていた。生きている間は歩かなければ。地獄へ続く中陰の奥へその奥へ深く深く、眠るように、あやすように。泣く子を寝かしつける夢。

貴方の生を人で在るまま終わらせようと故意に常軌を逸したのは人から見れば野望の滲む身勝手さであり人から見れば自己犠牲を厭わぬ殉死であった。

死に方を忘れた貴方を 生き方を逃がした私が追いかける 手を取り 足を掴み 深みへ導いていく 貴方はもはや老いることも許さないほどに調和の取れた面持ちで 醜く歪んだ私を見つめる その目にかつての面影はない 貴方を九十九の刹那に犯せば良かった 未完成のまま凍らせてしまえば良かった せめて貴方の名前を呼ぼう 水に溶ける貴方に寄り添う

傷口から溢れて霧散していく。夢から覚めるように冷めていく、褪めていく。もう前へ進まなくても咎められることはない。私を厭う貴方を嫌いたくない。憎みたくない。怨みたくない。積み上げてきたものが崩れて足下から落ちていく。すべてを失うならば二度と目覚めることはない。それすらも忘れよう。貴方を映したまなこなど最初から在りはしなかった。

おいでおいで ココはとってもたのしいところ
『わるいこはサーカスにつれてかれるよ』
風船欲しさに笑うピエロが手招く先へ。赤いテントは暗い黒い。
いっそ目をつぶれば明るいよ あっちこっち もっとそっち
燃える輪の中飛び込む獣。ふわりふわりと風船になる。
わるいこよいこよいこわるいこ(しくしくしくしく)
赤いテントはcry,cry.笑うピエロは暗い黒い。
しくしくしくしく なくこはだあれ あなたのうしろ

くすのきにはどくがある。だれもころせぬどく。みずからをまもるだけの いかす ころす 蛇のような 苺のような毒。
飛びたいと、初いたばかりの羽根が疼いてたまらぬから飛びたいと、この無垢な子供の無邪気な願いを叶えることがどれだけ狡猾で悪意有る結果が廻る所業か知っていて、わたしはこの子を外へ出す。願いなど無く、望みも無く、回る轆轤の下に六道を視ているこの目で九相を知らぬその人に笑い返す。作麼生?
貴方の御心を説破するつもりなど毛頭御座いませんが、貴方はその童に手を貸さずには・手を加えずにはいられなかった。貴方はその目で全てを見ている。九尾に分かつ常世を歩く葦がある。童がいずれ欲にまみれ腐り往くことを知っている。誰より籠に隠しておきたかったのは貴方なのに、逃がしたのは貴方が でありたいと願っていたからではありませぬか。そうでありたいと望まぬならば、貴方が私を落とさぬはずがない。人と交わるはずがない。貴方はもう元に戻れず、けれど人にも成りきれぬ。ひずみはゆがみほつれほどける、おのれ。貴方は全てを愛していたし憎んでいた。中でもあの童は特別だったのですね。 さくらいの くすのつゆはる あずさゆみ

生きてさえいてくれれば何者でもいい自分を嫌っていても誰の下についても誰よりも上にいても幸せでも不幸でも抜け殻でも呪われても五体満足でなくともならば自分が身代わりに殺されたっていい貴方が生きてさえいてくれれば辛く苦しみ醜く息をするだけで。憧憬でも尊敬でも敬愛でも嫉妬でも反感でも劣情でもないこの感情には名がない。

「私は不幸が大嫌い。死ぬまで幸せでいたいのです。たとえ戦火が絶えずとも、何よりも高い塔の上で美酒を呑んで眺めていたい。たとえその酒に毒が盛られていたとしても、貴方と杯を交わしたい。幸せの絶頂で死にたいのです。私の願いを叶えてください」

『最初から、無かったことに出来たら良いですね。感情も、関係も、すべてを潔白にして、誰もいない人生を歩んでいきませんか。そこには悲しみもない苦しみもない何も感じない無味無臭の世界があります。貴方はすべてを失うけれどそうして初めて救われる。そうしなければ、貴方もその人も決してうかばれない』
常の私ならあの女(ひと)の言葉にこれほど揺さぶられることもなかった。直前までの貴方とのやりとりがあまりに痛烈で 彼女の言葉が本当ならばどんなによいだろうと思ってしまった。それからはもう、覚えていません。その後にやってきた貴方の顔も見えない。声も聞こえない。私が貴方に何を言ったのか
結局、私は貴方を消し去ることが出来なかった。毎夜夢に現れる貴方の名前すら思い出せなかったというのに、感情全てを影に封じて沈めたというのに、貴方の無表情が 無言が 虚無の目の奥が 私という存在を許さない。(私は死ぬことすら禁じられているのに!)私は叫ぶ。何も聞こえない。何も 何も!
何も聞こえないなら 貴方に届かないなら 目覚めれば(眠りに落ちれば)すべて忘れる夢ならば 言ってしまおう ずっと ずっと 心の奥底に沈めていた 貴方に決して気付かれぬよう秘めていた 一度は掴んだその腕のあまりの冷たさに手を離してしまった 私の後悔 さいるいう にいさん ぼくは 「
――私たちが共に幸せになることは本当に無理だったのだろうか。些細な行き違いがなければこんなことにはならなかった気もする。遠く隔たった貴方の心も私と同じ後悔に捕らわれているならば、少なくとも私はずるずると影を引きずり生きていける。貴方が、どのような姿であれ、生きて いるならば 私も。

鬼の顔は、怒っているばかりではないのです。泣き鬼、笑い鬼、こわい鬼、こわがる鬼。私と貴方が鬼でない理由があるのでしょうか。
恐れずに自分の心のまま行いなさい。そうすれば願いは叶うだろう。お前には私をはじめあまたの神がついているのだから、決して悪い方には進むまい。そう言ってやればその人は嬉しそうに笑った。私も笑う。お前の願いは叶うだろう。私の腕の中で何も気付かぬまま深く眠る幼子が、悪夢を見るはずがない。
太平を望み黒ずんだ大地を白く塗り潰そうと砂を撒く。白と信じるその砂は赤い土。酷い臭い。何人も死んだ。何人も霧の中に消えた。気付かない。気付いて。腕を掴まれる。怖がる。鬼だと思った。泣きじゃくり、どうしてと問えば鬼が低く唸った。優しい鬼は子供を殺せない。そうして赤い土を受け取った。
優しい鬼は誰も殺せない。鬼を慕う兎の焼身で食いつなぐ。死ぬはずだった者が生きることに苦しむ。鬼が悲しむ。だから兎の子は鬼の代わりに皆を埋める。鬼のためを思って、鬼のためだと信じて、いつか鬼に喰われる日を心待ちながら。「私はあれが鬼だと知っている。だから私は貴方を決して許さない」

人の生はぐにゃぐにゃと醜く歪んでいて書物のような理想の直線を決して描きはしないことを知っていた だからお前が腐りながらもつぎはぎして壊れることがなかった橋を真っ直ぐ駆けようとすることが無謀で無知で無様で無遠慮に私の琴線をつまびくのだと叫びたかった 梔の私にはできるわけがなかった。飢餓を知らず夢を渡るお前を見下ろしてありもしない手をその首にかける。ゆっくり力を入れてもお前が目覚めることはない。その目が私を捕らえればお前はどんな顔をするのだろう。私はどんな顔をしているのだろう。決して見られぬ自分の顔を、お前を鏡にして見ようとする私はやはり歪んでいるのだろう。お前など攫われてしまえばいい。私を真っ直ぐに見つめるその両目とも、夢の中に落として沈んで二度と浮かばぬように重しをつける。それはお前が好きだったあの本であったり、庭に咲いていたあの花であったり、貝殻であったり、矢羽根であったりした。お前を掬(救)う手など、私はとっくに捨てたのだ。

本当は 本当に 貴方の子供であったかもしれないじゃないか。そうであれたなら、一体どんな世界であっただろう。ここよりも色鮮やかだろうか、それとも色褪せたものだろうか。どちらにしても、私は私ではない何者かになって、貴方はそんな私を何とも思わずに認めて下さるのだろう。そこでの正しさは私を殺さない。美しい秩序は私に優しく微笑んで、決して死国に追い立てるようなことはしない。

私はあなたの操り人形ではありません。自分で考えて、糸を切って、自分の意志で動きます。私はもう子供ではありません。私はあなたの分身ではありません。分身(こども)はあのこでしょう おじいさま 私はあなたを軽蔑しています。だから、あなたと瓜二つのあのこをどうしても愛せないのです。
けれどあのこはわたしにも似ている。あなたを求めて手を伸ばす、その指の先のなんと浅ましきこと。まぎれもない 見たくもない 私自身!

誰よりもあなたを愛しています。あなたが死んだら心臓をたべたい。だからはやく死んでください。
あなたが生まれてこなければ、いつまでもあの人の中にいたままだったらよかったのに。そうすればあの人が死ぬこともなかった。ずっと私のそばにいた。あなたがいたから、あなたさえいなければ、私は、。

やれ傀儡の腹に蟲がおる こつそり腹下しを入れてやれ ずいずい ほうら出てきた なんと醜い 見たこともない化け物よ さあさあこれで元通り、御前の髪を欲するばかり うたもうたえぬ木偶の坊 何を喚べ 何を啼く 何も無い 底もない 人真似ばかり達者な形代 夢を見たか 狐に化かされたか よもや人になれるなどと まさか

非道い人だ。あの人は私を生かす気などないくせに、ひと思いに殺してくれもしない。情なんて甘いものではない。因果を恐れているだけだ。己を失いたくないだけだ。あの人はきっと最後まで立っている。周りが全て地に落ちても、ひとり頂に立ちつくしている。ああ
なんてかわいそうな こどくなこども

歴女「男の子だったら大和でー女の子だったら飛鳥!」
腐男子「はいはい」(戦国BL読みながら)

「ならば私はどうすればよかった」
祟りじゃ、呪いじゃ、恐ろしや。
「京に書を送らねばよかったのか」
あの人の血は絶やさねばなりませぬ。
「争いを拒み続ければよかったのか」
このまま毒を盛られる我らではありますまい。
「無情に貶められようと叛かず、非道な仕打ちにも耐え続け、息を殺していれば?」
なぜ貴方様はそうまでしてあの方を厭われるのですか。
「何も成さずにただ死ねば?」
厭わずにいられようか。
「それとも」
『そこはお前が座る場所ではないよ』
「うまれなければよかったのか」
『おまえはわたしのこどもではないのだから』
後ろの正面には鬼がいる。人を喰らう鬼がいる。
振り向かなければよかった。気付かなければよかった。
気付かないふりをし続ければ、もしかしたら、許される日が訪れただろうか。
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痛くて、辛くて、悲しくて、気が付いたら醜い化け物になっていた。
もう死に方がわからない。仏に仕えるお前ですらきっと私を救えない。
夜の闇に毒がにじむ。「触るな」心優しいお前の心がけがれてしまう。
+++
皆に慕われる美しいお前のただひとつの過ちを、醜い化け物になった今でも私はずっと覚えている。忘れるな。私とお前は同類だ。もう一度をただの一度望んだだけだ。お前だけは私を責めてもいい。私もお前を責め続けよう。私はお前を連れて行かない。お前のことなど、これっぽちも愛していない。だから、お前だけは呪わない。

お父さん どうして僕にエサをくれないんですか。兄弟ばっかり太って幸せそう。ぼくにもください。ぼくにもください。夜な夜な兄弟が真下に落ちていく。3、2、1。ひろびろとした巣の真ん中で口をあけて待ってるのに、あなたは来ない。どうして? どうして? 戻ってきて。ごめんなさい。エサなんかいらない。なんにもいらない。本当は、あなたの巣の中で飢え死にしたい。死骸を食べてください。そうすれば今度こそあなたの子供になれる。

大人になどなりたくない。死にたくない。
先に進みたくない。貴方達には見えない。
いつ崖に落ちるかもわからぬ真っ暗闇で、
手招きする青白い手。黒い髪。赤い足跡。
彼女は悪気もなく「愛している」と言う。 あなたのためだからと笑って首を絞める。
彼は遠くで私を見ている。「大丈夫だよ」
「すぐに息継ぎしなくてもよくなるから」
貴方達が私を手厚く埋葬してくれたから、
冷たい暗闇しか歩けない異端児になった。
さようなら私の太陽。わたしのかみさま。

貴方は私の太陽だ。だから、本当の太陽など要らない。
蛙は狭い井戸の中で見たこともない全人類を愛してくれる。

こねて まるめて あやしいたましい うまれて しんで またおちて ねがえり たって あるいて こっちへ おいで おいで かえっておいで ここがおまえのゆりかごならば はかばはそう ほら かがみのむこう

あの子は大人になったら貴方を殺すだろうと予言されて我が子だと認めず遠ざけ目を背け続けたのは幻覚で見たその子の憎悪にまみれた面と現実の自分を無垢に求める姿が奇妙に分裂している様が気持ち悪くついに決別の日対岸で見たその人はもう子供ではなく自分を心から憎む青年になっていて父親は初めて微笑んだ「さすが我が子よ」(私はそれを望んでいた)

黄色い衣を重ね着た 赤い髪の召使い 雑伎団のお金を預かって 大事にしまってるから 夜盗が怖くて こわくて こっそり懐にナイフを隠してる。ガタガタガタ
他の皆とは故郷が違う いつもぽつんと独りぼっち 『卑しい守銭奴め 寄るな 触るな』 彼らは素知らぬ顔でパンを食べる。誰のものかもわからぬ血肉。隣人かもしれないそれを、とても とても おいしそうに。ムシャムシャゴックン ボトボトベッタリ

5人を裏切ったけれど許された
4人怪我させたけれど許された
3人見殺しにしたけど許された
2人ついに殺したけど許された
1人蘇らせたら許されなかった

昼に泣き、夜に啼く。こんな醜い身体は厭だ。
昼に笑い、夜に嗤う。呪われた貌が恨めしい。
貴方から頂けなかった命ならば生き長らえるつもりなど毛頭ありません。
せめて貴方の手で絶やしてください。それだけのために息をしています。
首をくくっても 水に沈めても どこを切り裂いても 呼吸ができます。
穢れを拡げる手も、足も、すべて、何も、私の心のままになりはしない。
貴方が私の生命線を切るだけなんです。それだけで私は救われるのです。
ああはやく手遅れになる前に どうか 私をそちらへ手招いて下さい。
(許されるなら 次に生まれかわる時は貴方のいない世界でいきたい。)

お前のでたらめな言葉は 静寂を一線に裂く鈴虫か
裏返りやすい大きな声が暗闇にたゆたう蛍のように
癖のある息継ぎの仕方で 私の涙を溶かしてくれる

愛おしい 愛おしい 愛おしい
厭わしい 厭わしい 厭わしい

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