城之内から貸してもらったエロビデオは、今までも散々貸し借りが行われていたのか、はじまってしばらく映像がビリビリだった。おかげでタイトル画面が見れなかったが、おそらくラベルに書いてある通りだろう。ボッキンパラダイス。
画面の乱れが直った時にはいきなりベッドシーンで、裸の女が準備万端、裸の男(の一部)が臨戦態勢だった。
「でぇっ、いきなりやなー」
竜崎がつい思ったことを口にする。もともとアダルトビデオにストーリーなんて期待してないが、今日は初心者の羽蛾が横にいるので、もうちょっとソフトなものがよかった、かも。
でも女は竜崎の好みだった。顔は妖艶で色気があり、しかも巨乳。竜崎の趣味を知っている城之内が、「お前にすっげーオススメ!」と自信満々にすすめてきたのも納得だ。
「やっぱり女は年上がええわ。なぁ、羽蛾はどんな女が好みや?」
テンション高くなってきた竜崎が、嬉々として羽蛾に尋ねる。
羽蛾はというと、いつの間にかベッドの上にあったクッションを抱いていて、顔をうつむかせている。
「なに目ぇ隠しとんねん。ちゃんと見いや。ええとこやって、最初からクライマックス!」
「う゛〜…」
肩をバンバン叩いて、恥ずかしがっている羽蛾を上に向かせ、ほれほれと指を指してテレビを見るように促す。
羽蛾の顔は真っ赤で、こういうものを見慣れていないのが丸わかりだ。一体今まで何を見て性欲処理していたのかと思う。
(まさか昆虫図鑑とか…んなわけないわな)
竜崎は気持ち悪いことを考えてしまった頭をぶんぶる振った。羽蛾だって男だ。女性が好きなはずだ。ほら、その証拠に、テレビに目を戻した羽蛾は、戸惑いながらもそれを見ている。

普段は強気そうな女が、今は淫らな体勢で男に嬲られている。嫌だと言う声は言葉の意味に反して甘く、男からすればもっとしてくれとしか聞こえない。
男の手は大胆に女の恥部を弄り、ほどよく濡れたところで自分のものを挿入する。じゅぷっと湿った音が生々しく部屋に響く。女の喘ぎがいっそう高く、大きくなる。
足を大きく開き、男にがくがくと揺さぶられる女の、局部には残念ながらモザイクがかかっていたが、大きな胸がまるでプリンのように弾んで揺れる。無意識か、自分の手で乳首をいじっては快感に悦んでいる。
「ん…」
ここらへんで、かなり興奮してきた竜崎は自分のものを扱きたくなってきた。
クラスメイト複数でAV大会をした時は、みんな普通に擦ったり出したりしていた。恥ずかしがったやつは律儀にトイレに行ってたが、どうせやることは同じだ。竜崎もその場でやった。
でも今回は2人だし、相手は羽蛾だし、微妙に遠慮がある。一応確認しておこう。
「なぁ、羽蛾ー」
「……なんだよ」
不機嫌そうな羽蛾の声。竜崎は言いにくそうにおずおずと答える。
「あの、ワイたってもーてん…シコってええ?」
「……」
答えはない。竜崎は気まずい空気を味わって困った顔をした。
「ちょ、黙んなや、怖いやん。今さら軽蔑するわけないやんな?」
羽蛾は自分と女の好みは違うかもしれないが、初めてAVを見るというのだから、多少趣味が違ってもかなりのダイレクトアタックをくらっていると思う。
「羽蛾もコーフンしとるやろ?」
竜崎が体裁を取り繕おうと、掴んでいた羽蛾の肩をさらにぐっと力を入れ、彼が抱きしめているクッションを取ろうとする。
「…やめろ!」
羽蛾が暴れて抵抗する。恥ずかしいにしても必死すぎだ。「どないしてん?」と竜崎が聞くと、羽蛾が涙声で怒鳴る。
「今、なんか 体が、変なんだよっ ばか!」
「へんって…」
エロいものを見て体が変になるとしたら、ひとつしかないだろうが、それは当たり前のことだろう。何を言っているのだろうか。
「まっさか、初めて勃ったわけでもないやろーに」
「…たつ…?」
意味がわからないという風に小首をかしげる羽蛾に、竜崎は愕然とした。
(まさか…)
羽蛾は 性欲処理を したことが ない?
(えええええ…!? マジかいなー!?)
さっき自分の質問に答えなかったのは、意味が分からなかったからなのか。
中3になって、まさかそんなわけないと思ったが、羽蛾が嘘をついてる風には見えない。
どうリアクションしていいのかもわからず、竜崎はあたふたした。
いつもならここぞとばかりに羽蛾はお子様やなーとかバカにしたり笑ったりするのだが、受験ノイローゼの羽蛾はいつもより繊細だ。さっきも自分の何気ない一言で泣いてしまった。地雷はどこにあるかわからない。これ以上傷つけてはいけない。
竜崎は羽蛾をじっと見る。
泣いている羽蛾も今まで見たことがなくて新鮮だったが、今みたいに頬を赤く染めて震えている羽蛾も見たことがなかった。
(なんか…かわええな)
素で思って、数秒後、我に返る。(男をかわいいとか、何やねん、アホか)すぐに否定する。

再生しているビデオから、場違いなのか何なのか、乱れた女の嬌声があがる。
「竜崎…、ちょっと、もうビデオ消して…」
耐えられなくなった羽蛾が、ぎゅっと、羽蛾が竜崎の上着を握ってきた。
「あ、ああ、わかった。消すわ」
少し名残惜しくもあったが、うろたえっぱなしの竜崎は、今はとにかく羽蛾を落ち着かせようと、リモコンでテレビの電源をブチッと切った。
続けてビデオのリモコンをとり、停止ボタンを押せば、ビデオデッキからガチャガチャとテープを止める機械音が響いた。
「ほい、止めたで」
竜崎が振り向く。羽蛾は眼鏡を外して潤んだ目をごしごし擦っていた。まるで泣いてるみたいに見えて、竜崎はますます心配する。
「羽蛾、大丈夫か?」
「……へ、平気だ…」
羽蛾はそう言うが、どう見ても大丈夫そうではなかった。
小さく体を震わせて、赤らんだ顔をクッションに埋めて……(ぎゅっと抱きしめたクッションを下半身に押しつけている。)
竜崎は風呂にのぼせたように頭が熱くなった。目が離せない。こんな羽蛾を見ることは滅多にない。物珍しさか、それとも、他のなにか?
急に室温が高くなった気がする。体の随所にじわりと汗がにじんできた。

「もう、夜遅いし、寝よか?」
竜崎が言うが、羽蛾はうつむいて無言のまま、ゆるゆると首を振った。
寝られないらしい。(まぁ、そりゃそうやんなぁ)と、竜崎は思った。
「ごめんなー羽蛾、ワイまた調子のってもうた。堪忍な…」
竜崎が謝って、羽蛾の頭をゆるく撫でる。細いストレートの髪の、つるつるした感触が手のひらに伝わる。
羽蛾がそろり…と、竜崎の方を向く。目が合う。
「……竜崎、俺、どうしよう…」
少し間が開いてから、とうとう、羽蛾は竜崎に助けを求めた。
どうしよう、と困ったように言われても、竜崎も困ってしまう。
「羽蛾、お前…シゴいたこと、ないん?」
「扱く…? したことない…」
「そんなん、今までどないしてたん。おさまらんかったやろ?」
「でも…こんな、変になったことは、ない…」
ちぢこまった羽蛾が、すがるように竜崎を見る。
「どうするんだ?」
「え、どうって…」
「教えろよ」
「んなっ…あほか、それは…」
男の暗黙の了解というか、他人に手取り足取り教わるものじゃない。だいたい、本能で動くものじゃないのか。
自分が初めてしたのなんて、正確には覚えていない、もうずいぶん前だ。性欲ですらなかった。なんかそこ触ったら気持ちよかったから癖になった、みたいな。
そりゃ初めてなんか出た時はびっくりしたけど、知識としては知ってたから、むしろまだかまだかと待ち望んでいたほどだったし。
羽蛾も、だいたいそんな感じだと思ったのに。
性欲もわからない、自慰も知らない、そんな希少な育ち方ははたしてあり得るのか。
竜崎はいまだ自分の置かれた状況を飲み込めていなかった。頭がついていかない。
そのくせ、体は勝手に動きそうになってる。よく考えられないまま、羽蛾にふらっと手を伸ばしてしまう。
「頼むから…も、くるしい…」
泣き言を言う羽蛾の腕をぐっと掴んで、ぐいっと、自分の元に引き寄せる。
クッションを間に挟んで、竜崎と羽蛾が向かい合って密着する。
抱きしめられても、羽蛾は抵抗しない。ただ震えるだけ。竜崎もやたら固まって動けない。
ずくん、ずくん 自分の心臓の音が大きく体内に響く。(それはもしかしたら、心臓の音ではないのかもしれない。)
「手で…うずいとるとこ、擦るんや」
押し殺した小さな声で、竜崎が答える。それに羽蛾は驚いたようだった。
「こ……ここで?」
竜崎は無言で、戸惑う羽蛾の手を取ると、羽蛾の体とクッションの隙間に羽蛾と自分の手を突っ込んだ。
「ひょっ…!?」
「こうやって、な?立っとるやろ?」
「…う、ん…っ」
恥ずかしそうに目を瞑った羽蛾が、こくこくと頷く。頬が上気して、どこか気持ちよさそうな顔。
「時々、朝とかこうやってここが立つやろうけど…いや、それはすぐおさまるやろうけど…今みたいにムラムラってして立ったら、擦って出さなあかんねん」
「……出すって、何を」
「なに、って…」
竜崎は、なんだかこっちが言葉責めをされている気分になった。
わざわざ口に出して言うまでもないことを、羽蛾は、言わなければわからない。
「だから、…、先っちょから、白いもんが出るんやっ!」
竜崎が羞恥に顔を赤くしながら、荒っぽく吐き捨てる。
怒られたように、羽蛾がぎゅっと身をすくめた。重なった手の震えが竜崎に伝わる。
怖がらせてしまった罪悪感が、竜崎の眉を八の字にさせる。
「…いっぺん、やってみ。多分普通にできるって。みんなしとるもん」
「竜崎も、やってるのか?」
「……う、うん」(だからさっきそれしたかったゆうたやん…)
「擦るって、どう擦ったら…」
「自分の好きなようにせぇや」
「…悪いことじゃないのか?」
「んなわけあるか、普通のことや。みんなやっとる」(マスかくんが犯罪やったら男は絶滅するっちゅーねん)
「でも……」
「やんのかやらへんのか、はっきりせぇ」
いつもは羽蛾が優勢だが、この件に関しては竜崎が強かった。というか、羽蛾が弱すぎる。
「…うっ…」
泣きそうになりながら、羽蛾がそろりとクッションに隠れた自分の下半身に手をやる。
ズボンのチャックがジジとおろし、くつろいだ隙間へごそごそと手をやって、
どういう風にしてるまでは見えないが、のろのろと動く肩や腕を見る限り、効率は悪そうだ。
初めてらしいうえに、他人が見ているんじゃ、そりゃうまくできないだろう。竜崎は自分がここにいていいのかと思った。ここは自分の部屋なのに。
そうだ、ここは自分の部屋だった。
自分の部屋で、羽蛾が顔を真っ赤にしながら自慰をしている。
現状を再確認した途端、竜崎の心臓がバクンバクンと激しく鳴った。急に呼吸が苦しくなる。
どうしてか唾液の味がやたらリアルになる。ごくりと、竜崎は口にたまった唾を飲み込んだ。なんだか口の中がヒリヒリする。

自分の体のことでいっぱいいっぱいの羽蛾は、竜崎の微々たる変化に気付くはずもない。
「りゅうざきぃ……俺、できない…白いの出せない…」
「……がんばれや」
「うー…ぅぅ…」
半分泣きべそになっている羽蛾を竜崎は心配した。
「気持ちよくないん?」
目をぎゅっと閉じて、羽蛾が頷く。
「だって…こんなの変だ。気持ち悪い…」
理性が根強く残っているらしかった。こんな時まで真面目な羽蛾は要領が悪い。
興奮してくればすべてがどうでもよくなってくるものだ。羞恥心も疑問も全部どっかに飛んでいく。まさに気持ちよければそれでいい、状態。
「でも、さっきは気持ちよさそうやったやん」
「…それは、だって、お前がさわったから」
そんなことを言われて、竜崎は思わずドキンと動揺した。誤魔化すように羽蛾の言葉を付け足す。無意味に頬を掻く。
「ま、まぁ、人にしてもろた方がひとりでするよりええってゆーしな」
「……」
羽蛾が困ったような表情で、じっと竜崎を見た。
「……、なぁ」
ぎゅっと、羽蛾が竜崎の服を小さく掴む。竜崎がぴたっと動きを止めた。
羽蛾もそれ以上動かないし、何も言わない。目はあらぬ方向をにらんでいる。
心臓の音がバクバク言い過ぎて、逆に止まりそうになっている。
「……して、くれ、よ。お前が」
羽蛾が口にした言葉は、話の流れ的になんとなく予想していたはずなのに、やたら衝撃的だった。
(あほか、なんでワイが男の下の世話しなあかんねん、こっちかていっぱいいっぱいやのに)
そう思う はずなのに。普通は。いつもの自分なら。
なのに口から出たのは、
「しゃーない、なぁ」
妙に語尾がうわずった承諾の言葉だった。


カチ コチ カチ コチ カチ コチ
ドキドキドキドキドキドキドキドキ
部屋に響くのは時計の秒針の音で、それよりよっぽど速い心臓の音は自分の体中から聞こえてくる。
羽蛾もこんな風に心臓をバクバクさせているのかもしれない。お互い、緊張しまくっている。
今さらながら向かい合わせで座っているのを恥ずかしいと思いつつ、あえて体勢を変えることはしなかった。羽蛾をよく観察したい気持ちがあった。物珍しさからくる好奇心だろう、多分。
「クッション、邪魔や」
羽蛾が持っているクッションを剥がそうとすると、羽蛾がいやいやと首を振ってますますクッションを抱き込んだ。
「いやだ…っ」
「そやかて、やりにくいって」
見せたくないものなのに、触れと言ったのは羽蛾だ。矛盾してる。(矛盾してるのはこの状況すべてのような気もするけれど。)
「してほしないなら、そのままでええで」
「っ……」
羽蛾のクッションを持つ手の力が、そろそろとゆるめられる。
竜崎はそれを承諾と受け取った。
「のけんで」
「あ、ちょっ!…やっ」
竜崎がクッションを奪って、ぽいっと床に落とす。
部屋の白い明かりに羽蛾の下半身が露わになる。
「み、見んなよぉ……!」
羽蛾が真っ赤になった顔を隠して泣く。それでもそこを隠さないのは、混乱してるからか。
「……」無意識に自分のと比べる。羽蛾の性器は竜崎のものより小振りだった。毛もほとんど生えていない。
(ああ…よかった)
何より安心する。カードゲームや勉強では負けを認めるが、この件に関して年下に負けるのは本気で悔しい。
竜崎は羽蛾の方に大きく寄って、手を羽蛾の股間にさしのべた。
「ぁ…っ!」
ビクンと、羽蛾の小さな体が大きくはねる。
触れた部分は、見なくてもきついほどはりつめているのがわかっていたから、握ってもくっと芯を持って押し返してくるそれは、自分のいつもの感触と似通っていた。
(でも、これ、羽蛾のや)
そんな当たり前のことを、何度も何度も頭の中で反すうする。
(羽蛾のを、ワイ、しごいとる…)
心臓の音がうるさい。呼吸が乱れる。肌が熱い。汗かいてきた。
エロビデオを消してずいぶん経つのに、下が萎えない。
(ちゅーか、興奮しとる…)
信じられない。少なくとも、一時間前の自分が今の状況を見たらショックで気絶すると思う。
羽蛾を見て興奮してるなんて、ありえない。
「やっ…やっぱり、やめ…」
「なんでや」
「だって、恥ずかしい。そこ汚い」
「さっき風呂はいったやん羽蛾」
「そういうこと、じゃないだろっ」
「んー、ワイは、別に平気やで」
そんなに汚いとは思わない。もともと潔癖性じゃないし、(羽蛾は潔癖性なのかもしれない。)自分にだって同じものがついてるし、それに。なんというか、雰囲気?ノリ?
頭に「一夜の過ち」という言葉が浮かぶ。そうか、これが俗に言う一夜の過ちか。

あまり剥けてない先っぽを親指でぐるりと撫で回す。ぐりぐりと強く揉めば、羽蛾の体がビクンと弓なりにしなる。
「ひ、んっ!!あう…あっ、やだぁ!」
体の反応がまったくコントロールできなくて、羽蛾が竜崎の肩、首の後ろに手を回す。無抵抗の竜崎の肩に顔をうずめて、ぎゅっとしがみつく。
「嫌」なのに、逃げない。
(ほんまは嫌ちゃうくせして…)
羽蛾はこんな時まで素直じゃない。でもこういう時の天の邪鬼はそんなに悪くない。むしろ好ましい。
にゅるりと不意に親指が濡れる。ちらりと下を見れば、先端の尿道口から自分の指に細い糸状に垂れている何か。先走りが出てきたのだ。
(ほれ見ぃ、やっぱり嫌やないやんけ)
思いながら、竜崎は亀頭の全体にその透明の粘液をぬりこむ。ぷにぷに、ちゅくちゅく。
「えっろい音…」
つい、思っていたことがぽそりと口から出た。
「!? へ、へんなこと言うなあっ!」
当然、羽蛾が顔をこれ以上なく真っ赤にして怒鳴ってくる。でもかすれ声なので、いつものような威勢はない。
「あっ、すまん。独り言や。気にすんな」
「気にするに決まってんだろ!ばか!」
羽蛾が竜崎の肩に乗せていた頭を振ってガンガンと肩を打ってくる。痛い。
「ごめんってやぁ」
竜崎が困り顔で謝り、詫びのつもりか手の動きを変えてくる。
羽蛾の先走りの滴を手のひらに受け、ぐっぱして全体に湿らせる。濡れた手でサオを握って上下に擦る。にゅちゅ、にちゅ。
「んん!…っ、ぁっ…」
羽蛾がぐっと体を硬くして、弱い部分に直接的な、いやらしい刺激に耐えようとする。
ぎゅうっと、背中にまわった手の指が力み、竜崎の皮膚に食い込む。服を着ていなかったら爪が立っていただろう。…爪の痕、欲しかったかもしれない。

「んうーっ…、いた、いたあっ…」
規則的にサオを擦っていたら、羽蛾から抗議の悲鳴があがる。
「痛いん?」竜崎が問うと羽蛾がこくこくと何度も頷く。
普段まったくいじってなかったから、激しくしたら痛いのか。これでもソフトにしていたつもりなのに。
もっと優しく、やさしく…撫でるようにゆるゆる扱くことにする。
かりくびを手のひらで包んでぎゅっと握って、ぐっぐっと強弱をつけて圧迫する。
「うあっ…や、ちょ!」
「これなら痛ないやろ」
「ううっ……っ!」
否定しない=痛くない、の解釈でいいだろう。
自慢じゃないが右手のテクには自信がある。くっくっと上下に手を動かしてやれば、羽蛾の体は刺激に顕著に反応してびくびく震える。
肩に顔をうずめているので、羽蛾の表情は竜崎から見えないけれど、きっと余裕なんてまるでない。
いつも余裕しゃくしゃくの、薄ら笑いで相手を小馬鹿にする羽蛾が、自分の手で苦しそうになったり、気持ちよさそうになったりする。かわいい。

(ほんま、はが、かわいい)
とうとう、竜崎はきっぱりそう思ってしまった。
開き直ると、後は坂道を転げ落ちるようで。戸惑っていた手の動きも態度も一転して積極的になる。
「はが」
「んっ…」
耳元で名前を呼ぶ。竜崎の熱い呼気が羽蛾の片耳にかかって、羽蛾がそちら側の肩をびくりとはねさせた。
竜崎は熱にうかされたような気分だった。犬が飼い主の頬を舐めるように、羽蛾の耳を、舌でぺろりと舐め上げる。
「ふぁ、あっ…あっ!」
たったそれだけで、羽蛾はびくびくと過剰に反応した。眉をハの字にして、耳まで赤くして、口を半開きにして、切ないような声をあげる。
どんなAV女優でも、こんな敏感肌をしていないだろう。そもそも演技じゃない。
下半身にやった手を動かせば、とろとろのそこが竜崎の手をぬるりと滑らせる。羽蛾が感じ入っているまぎれもない証拠だ。ぞくぞくと、竜崎の背筋にたまらない痺れが走った。
衝動のままに、耳の穴を濡れた舌で埋めるように挿し入れた。ぐちゅっと卑猥な水音が出た。羽蛾の体がびくびくと過剰に反応する。
「ああっ! んうう…っ!」
気持ちよさそうな羽蛾を見ているだけで、竜崎もたまらない気分になってくる。

「羽蛾…気持ちええか?」
見てわかることを、竜崎はあえて尋ねた。
なんだか無性に、羽蛾に「気持ちいい」と言ってもらいたい。自分(竜崎)の手で自分(羽蛾)がよがっていることを決定づけてもらいたい。なんだこの感情は。頭がのぼせて、わけがわからなくなっている。
「なぁ、気持ちええやろ?」
「やっ…言えるか…んなこと… ふっ…ぅぅ…」
「言えや、羽蛾」
「…ひぅ…んっ、いやだ…やだあ…」
断固拒否する羽蛾に、竜崎は内心がっかりしながらも、動かす手を止めることはなかった。むしろ強弱をつけて羽蛾の下半身に刺激を与える。
ぐちゅぐちゅ、ぬめぬめ。扱けば扱くだけ出てくる先走りは、羽蛾のそれも竜崎の手も濡らして、下着やズボンにも点々と滴をこぼしている。
竜崎はいったん体を離して、テーブルにのったティッシュ箱を引き寄せた。ティッシュを2枚引き抜いて、羽蛾の下着がが汚れないようにした。
そこからは何の気兼ねもなく、羽蛾を射精させるべく手を動かした。ぐちゅっぐちゅっ
「あ! やぁっ…竜崎ぃっ…ひぃん…」
せっぱ詰まった羽蛾が、いったん離れていた竜崎に抱きつく。必死に腕を回されたり手で肩をぎゅっと掴まれるのは、必要とされているのがよくわかってやたら嬉しい。竜崎は片手で抱き返す。

放っておかれているくせに、自分の性器も立ち上がったまま興奮しきっている。竜崎はそろそろそれもどうにかしたかった。
つい、自分の下半身を、すり寄ってきた羽蛾の体にぐっと押しつけてしまう。
「んうっ…」
圧迫される気持ちよさが竜崎の頭を焼く。ちょっと目がくらんだ。
同時に、後ろめたさや罪悪感がキリキリと胸をしめつける。
わけがわからなくなっている羽蛾の体に、自分の欲望をなすりつけている。
申し訳ないと思うが、気持ちよすぎてやめる気がおきない。
腰を揺さぶって、断続的にオナニーをしていたら、さすがに羽蛾も竜崎の行為に気付いたようで。
「な…なにっ…りゅ…?」
「すまん、羽蛾」
戸惑いながら尋ねてくる羽蛾の声を遮って、竜崎が事前に謝る。
謝りつつ、羽蛾を掴んでいる手の動きをはやくする。抗議されたくなくって、必死だった。
「ひああぁっ」
「ワイも…羽蛾みたいに気持ちよぉなりたいねん。頼むわ、怒らんとって」
「ん、んっ…りゅ、ざきっ」
「羽蛾、はが」
鎖骨と胸の間に押しつけられた羽蛾の頭がぐりぐり動いて、数本の髪の毛が顎に竜崎の擦れる。くすぐったい。
2人ともはあはあと息が荒く、余裕なんて微塵もなかった。

「あ、や…怖い。変だ、へんっ…」
「こわない。気持ちええやろ?」
「き、きもちい…きもちい、けどっ…あっあっ!」
「うん、ワイもきもちええ。すごい、ええ」
「ふああっ…あっ…りゅ…っ!」
羽蛾の、竜崎にしがみつく手の力がぎゅうっと強くなり、体がびくんと大きくはねる。
「ぁ……竜崎、でる…っ!」
触れている部分がぐっと限界まで熱くなり、ぶるりと震えたかと思うと、先端からとくっと白濁の体液が飛んだ。
少量を何度かに分けてぴゅっぴゅっと吐き出すと、芯を持っていたそこはふにゃりと柔らかくなる。
「……は……ふぃ…」
羽蛾は目を閉じて射精の余韻に浸った。半開きの口からはたらりと涎が垂れる。
絶頂に達しきったその姿は完全に無防備だ。竜崎に見られているのに気付いていない。
竜崎は、
(キス…したいな)
そう思ったが、実行することができなかった。
よくわからないけれど、それをやったらもう元に戻れない気がした。
代わりに、羽蛾の精液がついた手で、自分のものを扱いて射精感を高める。
ぬちゅぬちゅとぬめった感触がサオを刺激し、尿道をピリピリさせる。頭の奥がびぃんと痺れた。
「…んんっ…!」
限界なんてとっくに超えている。10秒もしないうちに、竜崎もそこから精を吐き出した。
密着している羽蛾にかからないよう、すべて自分の手で受け止める。
異常なシチュエーションのせいか、出た量もいつもより多くて、たらりと受けきれなかった分が手首に垂れ落ちる。
ぽたり、ぽた。




「あー…」
どのくらい呆けていただろう。思うより短いと思うが、竜崎は間延びした声をあげて、快感に漬かっていた頭を再起動させた。
羽蛾はまだぐったり放心している。竜崎が達したのも気付いていないかもしれない。
見れば、竜崎の右手は羽蛾と自分の白いもので可哀相なくらいどろどろだった。
苦し紛れに両手でごしごし擦って落とそうとするが、なかなか消えてくれない。(いつもならこれで処理できるのに。)下へ降りて洗面所で洗おうか。
「あー…うわあー…」
抑揚もなく、小さく何度も意味のない声をあげる。
冷静になって我に返ると、自分たちのさっきまでの行為がどれだけ変態的だったか思い知る。
途中で思った「一夜の過ち」という言葉がすっぽり当てはまる。でもそれは男女に使う言葉だ。
エロビデオを見て興奮して、何かのスイッチが入って、間違い…そう、これは何かの間違いだ。
竜崎の胸には、羞恥心とか罪悪感とか後悔とか、悪いものばかりわき上がってくる。

「羽蛾…ごめんな…」
とんでもないことをして、それに巻き込んでしまった羽蛾に、竜崎は小さく謝罪した。
羽蛾はまだぼーっとしていて、だるそうに竜崎を見た。
メガネをかけていない羽蛾はいつもと印象が違うし、表情もいつもと全然違うから、別人みたいだ。
とろんとした目は涙ぐんでて、口も濡れてる。頬はまだ赤く染まったまま。額には汗が浮かんでいた。
「…りゅうざき」
たどたどしく名前を呼ばれて、ドキンと胸が高鳴った。同時に、また体がかぁっと熱くなりかける。
(オイオイォィ…たった今後悔したばっかやんけ、落ち着けって…)
心中でセルフツッコミをしつつ、竜崎は羽蛾から目が離せない。

「よかった…」
羽蛾が乱れた服を直しつつ、ぽそりと呟く。
「……へ?」竜崎には意味がわからない。
羽蛾はとろんとしたまま、安心したように少し笑う。
「変なの、治った」
「あ、ああ……。そりゃあ、よかった、ええこっちゃ」
やっとで竜崎は思い当たって、取り繕うように羽蛾と会話を合わせる。
後悔しまくっている竜崎に対して、羽蛾はまるで重い風邪が治ったように晴れ晴れしていた。
「なんか、いろいろすっきりした。勉強がんばれるような気がする」
「お、おう?」
「でもなんか、すげー眠い…寝てもいいか?」
「え、ちょ、ちょい待っとけ。布団だしたるから」
「ん…」
竜崎がわたわたしてる間に、羽蛾はそのまま眠り込んでしまった。

時計を見ればもう夜中だ。すーすー寝息をたてる羽蛾は明日はテストで、大変なのだ。責める気にもなれない。だけど、
「なんか…ワイだけすんごいもやもやしとるやん…。あ゛ー、あかん、寝られへん」
ソファーで眠る羽蛾に布団をかけながら、やるせない気分だった。
一発抜いたあとだというのに、いつもの虚脱感も睡魔も、微塵もやってこない。
「……羽蛾の阿呆」
口を尖らせながら悪態をつく。本音ではないが、言わずにはいられない。
竜崎ももそもそと自分のベッドに入った。

ふと気付く。雨の音はいつしか止んでいた。










チュンチュン。外ですずめが鳴いている。
うっすら目を開けると、窓からの光が眩しい。うーんとうなりながら、竜崎は影のある方へごろんと寝返りを打った。
眠れないと悶々としていたのに、結局いつの間にか眠っていたらしい。朝だ。
今何時だ、でも休みの日はいつも昼まで寝てるし、今日は特に用事ないし、ていうか眠い……ぐう。

「竜崎」
「んー…?」
頭上から声がした。片目を半分開ける。ぼんやりと見えた輪郭。
「あー…はが…」
なんで羽蛾がここに……ああ、そうか。昨日泊まったんやったな。

「いまなんじ…?」
「6時。でも、俺もう行くぞ。家帰って、塾の用意とか、しなきゃ」
竜崎が寝てる間に、羽蛾はもう着替えて身支度もしているようだった。
「もうかえるんか…」
「うん」
「えきまで、おくろか?」
「いいよ、別に。道わかってるし、ひとりで帰れる」
「ほーか…」
名残惜しかったが、正直ものすごく眠いので、素直に納得する。
「いろいろ世話になったな」
羽蛾がそんなことを言う。珍しい。自分はそんなたいそうなことをしたっけか……思い出そうとするが、ダメだ。頭がまだ寝ている。
「んー…また、なんかあったら、いつでもおいで」
「……うん」

ギシ、とベッドがきしむ。古いから、ちょっと体重が加わっただけでもすぐギシギシいうから、特に気にならなかったけど、
口に何かふにっとしたものがあたって、すぐ離れる。
「んう…?」
ぼんやりと目を開けると、すぐ近くに羽蛾の顔があった。
普通の顔してるから、やっぱり特に何も思わなかったけれど。
「……じゃあな」
「ん、またなぁ」
ふにゃっと笑って手をふらふら振った。


ガチャ、パタン。ドアの音がしてからは、部屋はしんと静まりかえった。
「んー…」
もう一度ごろんと寝返りを打つ。このままいつもの二度寝コースの予感。

んー、さっき、なんか、口にあたった。なんやったんやろ。やーらかかった。んー…眠い…
羽蛾と、今度はいつ遊べるやろか。ぱーっと遊びたいな。受験が終わる頃に…2月か3月かな。4月の桜が咲く頃には、ぱーっと…そや、花見とかどうや。梶木と絽場も誘って、あ、城之内やらあっちも声かけて。そしたら、ついでにあのエロビも返せるし。エロビ…
ビデオの内容を思い出して、ついでに昨夜の、羽蛾とのあれこれを思い出す。

「……へぁ!?」
途端に意識が覚醒した。ガバッと起きあがり、部屋中をキョロキョロ見渡す。
当たり前だが、羽蛾はとっくにいなくなってた。
追いかけようかと思ったが、引き止める理由がない。
いや、ある、のか? ひどく混乱してる。
無意識に口に手を持っていって、唇に触る。
さっきのは、一体… まさか…
「羽蛾が…」
キスしてきたかもしれない。
いや、まさか。勘違いだろう。
でも、感触が。今さら鮮明に思い出される。
「っ……!!」
顔がかあっと熱くなる。竜崎は耳まで赤くなった。
「うっわあ」
両手で顔を覆い、立てた膝に頭を伏せる。
恥ずかしい。昨日のこととか、全部。

昨日、戻れないかもしれないと、思ったけど、
今日、とうとう、戻れないと観念した。










080823/END

気付いたら一年近くゆっくり連載してました。竜崎と羽蛾のなれそめ。悶々攻め→天然受けが好きです。