蹄の音が聞こえた。
一瞬意識を手放していた文次郎は、徐々に近づいてくるその音にハッと覚醒する。


「先輩!!」
文次郎の視界に映ったのは、先ほど文次郎が学園にかえした団蔵だった。
「団蔵…?」
団蔵はひらりと馬から飛び降りて、文次郎の元に駆けてくる。
「すいません、助けを呼ぼうとしたんですが、だめで…民家から馬を借りて戻ってきたんです」
言いながら、団蔵が文次郎の手の拘束を解く。
文次郎は痣になった手首をさすり、辺りを見回した。
「…魔界之は…?」
「え、魔界之って、魔界之小路先生?山賊じゃなくて?」
団蔵が混乱して目を丸くしているところ、フッと人影は現れた。

「まさか君一人とは思わなかったなぁ。隠れてちょっと損しちゃった」
「!?」
現れたのはやはり魔界之だった。
団蔵が、文次郎をかばうように立つ。
「こうやって1対1になるのは初めてかな、1年は組の団蔵くん」
よろしく、と好意的な笑顔で接する魔界之に対し、団蔵は魔界之を睨みつける。
「うるさい!僕は先輩を助けにきたんだ。邪魔すると容赦しない!」
団蔵は手持ちの手裏剣を構え、威嚇した。
その様子に魔界之が目を見張る。
「大人に臆することなく立ち向かうなんて、とても勇敢だね。すごいすごい」
まるで先生が生徒を褒めるような口調だ。

魔界之がすっと動く。
団蔵の手がぴくっと小さく動いたが、魔界之が頭上の木に飛んだので見上げる視線となる。
「今日のところはこのまま退散してあげる。君の大事な先輩には、うーん…ちょっとした術をかけたけど、まぁ命に関わることじゃないから、安心してね」
「まて!」
立ち去ろうとする魔界之に、団蔵が叫ぶ。
「待っていいのかい?」
魔界之が足を止めて振り返った。
「私の気が変われば、君のような小さな頼りない助っ人、片手でどうにでもできるんだよ?」
団蔵はサングラス越しに冷たい視線を感じ、動けなくなった。
「あ…」
魔界之が本気になったら、自分ではとても適わない。それが現実だ。
だけど、でも、僕が1人で戻ってきたのは、僕は――

その時、ガッと、手裏剣が魔界之の顔をかすめ、横の幹に突き刺さった。
その手裏剣は文次郎が団蔵の手からもぎ取ったものだ。
文次郎は体を不自由にふらつかせながらも、目は魔界之を襲いかからんばかりに鋭い。
「てめぇこそ、俺の気が変わらんうちにとっとと失せろ」
高圧的に言い放つ。
「……」
魔界之の顔から表情が消える。目に近い頬は皮膚が裂け、じわりと血がにじんでいた。
一触即発の空気が流れたが、それはたった数秒で、
魔界之は機嫌を損ねた様子もなく、またニコッと笑った。
「ちょっと冗談きつかったかな?ごめんね。――体、お大事に」
魔界之は2人に手を振って、ひらり身を闇に隠した。
文次郎が小さく息を吐いた時、団蔵はがくっと膝をついて全身を脱力させた。





馬は人2人を乗せて、ゆっくりゆっくり山道を下る。

団蔵は気持ちが沈んでいた。先ほどの威勢は完全に消え去っている。
それもこれも、『小さな頼りない助っ人』――魔界之の言葉が耳に残って離れない。
団蔵はボソリとつぶやく。
「先輩…ごめんなさい。僕一人戻ってきても、どうしようもなかった。わかることなのに、なんで、僕…」
文次郎は何も言わない。
魔界之は文次郎に「術をかけた」と言っていた。想像もつかないが、おそらく悪いものだろう。
平気そうにしているが、その実とても苦しそうだとわかる。
団蔵は手綱をぎゅっと握りしめ、うつむいた。
涙の粒がポロポロと、後から後からこぼれて落ちた。
先生や上級生に泣きすがれば、あるいは、こんなことにならなかったかもしれない。
「学園中に響くような大声で、助けを求めればよかったんだ…」

「やめぃ、恥ずかしい」
後ろから文次郎の声。そして、頭に手を添えられた。
「ことを大げさにされては成績に響くんだよ。団蔵、お前が誰にも会わなかったのなら、こんなラッキーなことはねぇ」
文次郎は団蔵の頭をわしゃわしゃと撫でた。
団蔵が振り向いて文次郎を見る。彼は笑っていた。
「助かったぞ、団蔵。ありがとな」
「せ、先輩ぃ…」
涙で目が見えない。これでは馬上は危険だと思い、団蔵は馬から降りた。文次郎もそれに続く。
団蔵は文次郎に抱きついた。
腕を背に回して、頭を文次郎の腹に押しつける格好になる。

「僕、本当は先輩を助けたかったんです。僕が先輩を助けたかったんです」
うまく言えないのがもどかしかったが、止まらなかった。
「せっ、先輩を、自分の手で助けたいって、先輩に背を向けて逃げ出した、弱い自分をほかしたくて、戻りたいって、思ったんです」
団蔵ははっきりとした答えのでない思いを、言葉にしながら整理した。
文次郎は黙って聞いてくれている。
「僕のせいで捕まったからとか、そんなんじゃなくて、僕が先輩を助けたかったんです」
何度も何度も繰り返す。
僕が、先輩を、助けたかった。他の誰でもなく、自分が。
そうか、僕は、そうだったのか。

「だって、僕、先輩のこと好きなんです」

団蔵は文次郎に回した腕にぎゅっと力を込めた。
文次郎の体が少しビクリとはねる。
「それは…俺にあこがれてるってことか?」
考えあぐね、文次郎が団蔵に尋ねる。
団蔵はふるふると首をふった。
「違います。それもあるけど、違います。僕は先輩を守りたいんです」
文次郎にちゃんと伝わるようにと、団蔵が今わかった自分の思いを説明しようとする。
「今はまだ全然ムリだし、ダメだけど、きっといつか、僕が誰よりも強い忍者になれたら、今度は僕が先輩を守ってあげたい、あげるんです」
必死すぎて、団蔵は何を言っているのかまたわからなくなった。
「僕、変ですか?間違ってますか?」
反対に団蔵は文次郎に尋ねた。いつも、自分の帳簿が合っているかどうか確かめているのとそっくりの口調。
「6年生を守るとか、馬鹿なこと言うなって、怒りますか?」
そんなこと、当たり前だ。自問自答したらまた泣けてきた。
「ごめんなさい…ごめん、なさ…でも…」
すきなんです。

「団蔵」
名前を呼ばれて、団蔵はびくっと身をすくめる。
文次郎はあやすように団蔵の頭を撫でた。
「顔を上げろ。そんで、こっち見ろ」
「……」
団蔵は文次郎の言うとおりにした。
涙でかすむが、文次郎を見れば文次郎も団蔵を見ていた。
「お前は、いい目ぇしてるな。まっすぐで、将来有望な目だ」
そう言って、文次郎はニッと笑った。
「誰よりも強い忍者になる――わかってるか?俺の前ででっかい担架切ったんだ、実現しなかったら承知せんぞ」

文次郎は団蔵の思いを無下にしなかった。
団蔵は感動のあまりとっさに声も出ない。
ぎゅっと、さらに文次郎に強く抱きつく。
「先輩、先輩、好きです。大好きです」
「浮ついたことを言うな、バカタレ」
文次郎は照れ隠しに強く怒鳴る。それさえも嬉しい。


森を抜ければ、平地に田んぼが広がる風景。
あぜ道を歩き続けて、行きがけに馬を借りた場所に着く。
馬小屋に馬を戻す。幸い無断で馬を連れ出したことは持ち主に気付かれていないようで、団蔵はほっと安心した。

手綱を小屋の柱にくくりつけ、世話になった馬の顔をひとなでして、団蔵はその場を去る。
外に出ると、馬小屋の壁に文次郎が座り込んでいた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「……団蔵」
少しせっぱ詰まった声で、文次郎が団蔵を呼んだ。
「足の傷を消毒したいから、どっかから水汲んできてくれるか?」
「わかりました」
文次郎が差し出した竹筒を受け取り、団蔵はたたっと走っていった。
団蔵の姿が見えなったのを見計らい、文次郎は長いため息を吐いた。

「畜生…冗談じゃねぇ…」
文次郎が顔をしかめ、体を両腕で抱いてうずくまる。
全身が、のぼせたようにほてっていて、だるい。
言うまでもなく、魔界之が文次郎にほどこしたのは術ではない。ただ媚薬を飲まされただけだ。
だが、それはなまじ毒よりタチ悪く文次郎の体を蝕む。
ただの痛みならいくらでもたえられる自信がある。だが体の奥からうずく性的興奮に、文次郎は慣れていない。
「くそっ…くそ…」
文次郎は震える手で自分の股間を押さえた。
そこは布ごしでもわかる異様な盛り上がりがあった。手を押し返し、存在を主張している。
「んっ…」
文次郎は怒ったように顔をしかめて、ためらいつつも下穿きの中に手を入れる。
下着の横から勃起している陰茎を取り出し、ゆるゆると扱けば、口から変な声が漏れた。
「はっ…うっ…」
まぶたをぎゅっと閉じる。いさめるように歯を食いしばるが、すぐに半開きになってだらしがない。
触れているだけでも痛いくらい感じて、擦ればたまらなく気持ちよくって、どうしよう、止まらない。
普段の自慰とは全然勝手が違うことに戸惑うのに、体は悦んでいる。
手は遠慮なく肉棒を追いたてる。下っ腹の奥から射精衝動がせり上がってくる。
後処理のこともすっかり忘れている。ただ解放したいという欲望に忠実に従う。
文次郎の体がビクンと大きくひきつった。
「あっ…んー!」
びゅっびゅっ 尿道口から飛び出た白濁汁は、服の中で文次郎の手を汚した。

文次郎は立てた足に頭を乗せてうずくまった。
荒い息が整わない。四肢が小刻みに震える。
射精して絶頂を味わったというのに、体はまだ熱い。
それどころかもう一度を所望して、汚れた下半身はうずうずと悶えている。
情けない。
「ふ、ぅ…」
文次郎は再度そこに触れようとする手を遠くへ回す。鎖代わりに地面に生えている雑草を握って固定した。
にちゃっと濡れた音がして緑の草に白い液がなすりつけられる。
だめだ、これ以上は。団蔵が戻ってくる。見つかる。こんな自分を見られたくない。
そう思うのに、たえきれない激情に腰が揺れ、わずかな快感を得ては顕著に反応する性器に文次郎の意識は持っていかれそうになる。
「あぁ…くそ…」
いつもの自分を、先輩の威厳を保とうと、団蔵のことを考えようとした。
――字が汚くて帳簿が読めなくて、計算ミスも多く、会計決算ではろくな戦力にならない一年坊主。
10キロそろばんも両手じゃないと持ち上がらない非力な子だが、馬術だけはピカイチで、今回もそれで助けにきてくれた。
地獄の会計委員長と恐れられる自分だ。委員会ではスパルタとしか思えないことも強要している。
正直、嫌われていると思っていたのだが、
『僕、先輩のことが好きです』
何度も、そう言ってくれた。
その声を頭の中で反すうさせる。
途端、腰に甘い痺れが走った。
「…!?」

先輩。
突然に声をかけられて、文次郎はビクッと驚いた。
振り向くと、竹筒を片手に団蔵が突っ立っていた。
文次郎は青ざめた。一年の気配に気付かないなんて、本当に自分はどうかしている。

団蔵は一歩一歩と文次郎に近づくが、その戸惑った顔を見れば文次郎の異変(おそらくその正体も)に気付いているのがわかる。
「あの…これ…」
団蔵が文次郎の横に座った。おずおずと、滴したたる竹筒を文次郎に差し出す。
草を強く掴んでいる文次郎の手は、それを受け取ろうとしない。自分から出た精液に汚れているから。
「……」
文次郎は、もうどうしていいのかわからなかった。
体を固まらせ、団蔵の純粋な瞳から目をそらすこともできず、
くしゃっと、文次郎はつい泣きそうな顔になった。
驚いた団蔵が、竹筒を落とす。
栓をしていないそれは中の水を地面にこぼし、土色をいっそう濃くした。

竹筒の水がすべて地面に吸いこまれた時、団蔵は文次郎の胴に手を回して抱きついていた。
文次郎はさっきからなんの反応もできない。
「……体、熱い。心臓の音も、大きくって速い」
団蔵が文次郎に顔を埋めたまま、ぐぐもった声を出す。
「先輩苦しそうです」
「……だっ、平気、だ」
「ここが」
「ぁ!?」
団蔵が腕を解いて、文次郎の股間に手を置いた。
文次郎はいよいよ狼狽する。
団蔵は一年だ。子供だ。コレは、子供が手を出す領域ではない。
「ここが悪いところですか。ここが治れば先輩は大丈夫になるんですよね?」
団蔵が必死な様子で文次郎に詰め寄った。
「お願い、僕に先輩を助けさせてください」
文次郎が何か言い返す前に、団蔵がそれを遮った。
「僕にできることがあるなら何だってします!やりたいんです」
悲痛な声色は真剣そのものだ。
文次郎の体に、また甘い痺れが起こる。
拒絶しきれない。

団蔵が文次郎のたるんだ下穿きに手をかけて、ずらし引き下ろす。
露出した欲に染まった下半身に一瞬臆したが、次に団蔵がしたことは、そこに頭を持ってくることだった。
目を疑う。こいつ尺八をするつもりだ。
「ばか!やめっ……ッ!!」
ろくな抵抗ができないままに、団蔵の口の中に先端が含まれて、文次郎が顔をのけぞらした。
熱い中心部、欲望の塊が、濡れた粘膜につつまれてなだめられる。
「イッ…!!あっ、ぁあ!」
舌が伸びて、口に入りきらない裏スジからカリの下まで舐めあげる。
拙くて小さな刺激だが、これ以上ないほどの快感でもって文次郎の体を駆けめぐった。
先からは透明な汁がにじんでしまう。団蔵の口の中なのに、止まらない。気持ちいい。
「う、あっ…ふ!…」
文次郎は草を握っていた手を解いて口を抑えた。手にはまだ乾いていない初回の精液がついていたが、構えなかった。
呼吸が不規則に乱れる。酸素がうまく吸えなくて苦しいが、変な声が出ないように強く口を押さえる。
だって、こんな、後輩にくわえられて、こんなに感じてる自分はおかしい。

団蔵は我慢している文次郎をちらと見上げて、困った顔になった。
そこでやめればいいものを、何を思ったか、団蔵はぎゅっ目をつむって、文次郎の赤黒く隆起した男根をさらに口の中へ押し込んできた。
グリッと、無理をしたせいで歯に擦れたカリが痛みと快感を訴える。
「…ぅうッ!!」
いけない、達してしまう。
「ぁ、だんぞっ、くち…口を離せ…!!」
焦った文次郎が両手で団蔵を引きはがそうとするが、団蔵は断固として文次郎のものを離そうとしない。
ぐいっと頭を押しのけたら、その拍子に じゅっと強く先端を吸われた。
その刺激が強烈で、体が勝手に絶頂を迎えてしまう。
「ひ、ぁああ…っ!!」
体がビクビクと痙攣して、文次郎は射精した。
しかも、引きはがした団蔵の顔に血なまぐさい精液をぶっかけた。

「ふ…あ……」
しばしの放心の後、文次郎は我に返って、そして死にたくなった。
可愛い後輩に顔射をほどこしたのだ。
「団蔵、すま…」
びっくりしたまま固まっている団蔵の顔を、文次郎が裾で汚れをぬぐう。
ごしごし、拭いても拭いても、なかなか落てくれなくて、文次郎は泣けてきた。
「すまん…」
「……先輩」
顔を拭いてる時、団蔵が身を乗り出して、
文次郎にちゅっとキスをした。
団蔵の顔が近づいてきたのはわかったが、まだ射精した快感から脱しない体は上手く動かせず、とっさに抵抗ができなかった。
口が離れた後も、突然の口付けに驚いて何の反応も返せなかった。
てゆーか俺の口は今精液ついてて汚いんだけども…(今気付いた)

「先輩、気持ちよかったですか?」
「…なっ…!?」
「どのくらい気持ちよかったですか?」
「い、言えるか、バカタレ!」
からかってるわけではなく、団蔵は真顔で文次郎を見ている。
「ねぇ、僕、先輩を助けられた?少しでも役に立てましたか?」
「……」
今にも泣きそうな顔をする団蔵に、文次郎は一瞬にして毒気を抜かれた。
団蔵は自分のためを思って尽くしてくれたのだ。恥ずかしいと思うのも失礼な気がした。
文次郎は困った顔のまま、ぎこちなくも笑顔になる。
「…ああ、助かった。来てくれたのがお前でよかった」
団蔵がぎゅっとしがみついてきたので、文次郎もその小さな体を抱き返す。
「せんぱい…浮ついたことだけど、もう一回だけ言ってもいいですか?」
「…ん」
「先輩が大好き」
「……ばかたれ」




何となく、2人は手をつないで帰った。
文次郎の体を心配する団蔵が、率先して半歩先を歩く。
「足、平気ですか?体はもう大丈夫ですか?」
「何度聞きゃあ気が済むんだ。大丈夫だっつってんだろ」
「もしまたエッチな気分になっても治してあげますからね」
「!! …そういうのは惚れた女に言え。俺は男だ」
「でも先輩ってば、すごく色っぽかった。綺麗でしたよ」
絶句する文次郎に団蔵はニコニコと無邪気に笑う。
それを見て、文次郎は脱力した。
「忘れろ、あんなん俺じゃねぇ。もう一生あんなザマにゃならねぇからな」
「あ、じゃあ一生僕だけなんだ、先輩のあんな姿を見らたのは。やったぁ♪」
「…!! 団蔵!!」
いい加減にしろと頭上から叱られても、団蔵は嬉しい気持ちが萎えなかった。笑顔も絶えない。
だって、繋いだ手は少しも離れないのだから。



















(団文/終)