※ご注意ください
内容が少しグロいです。苦手な方はご遠慮ください。
相変わらず次郎さんがヤンデレ、に加えてふたなり(?)のパラレルです。しかも攻次と表記した方が正しい(でも精神的には次攻)











ここはどこだ。真っ暗で何も見えない。
己はなぜここに立っているのだろう、立ち止まるなんてらしくない。
ましてや、

『 兄 さ ん 』

後ろを振り向くことなんて、もうないと思っていた。






queer






鏡を見ているように、容姿も体格も瓜二つの2人が、少し離れた場所で対面している。
黒く塗り潰されたその場所で、2人だけが白い存在だった。
ただ兄の攻爵は眉をひそめていぶかしんでいるのに、弟の次郎は目を細めて、口元に笑みをつくっている。
「次郎、ここはどこだ」
「……やっと帰ってきてくれたんだね」
次郎は攻爵の質問に答えているのかいないのか、曖昧な返答をした。
帰ってくる、ということは、ここは蝶野の本家か?
攻爵はここに来るまでの記憶が欠落していることに疑問を持つ。額の横に手をやって考えるが、やはり覚えがなかった。
ここはどこで、今はいつで、自分の存在は蝶人パピヨンなのか、それともまだ、人間・蝶野攻爵のままなのだろうか。

兄の戸惑いを無視して、次郎は言葉を続ける。
「ずっとね、兄さんが帰ってくるのを待ってたんだよ。言いたいことがあったのに、兄さんは僕のことなんてまるで忘れたようにしているから…」
次郎は悲しそうに視線をそらした。けれど口元の笑みはそのまま、それはまるで自分か誰かを嘲っているようだった。
「僕はこんなにも兄さんのことを愛しているのに、兄さんは僕のことなんて何とも思ってないんでしょう」
「……次郎、」
「知ってたよ、わかってたから。でも、だからってあきらめるなんてできないんだもの。小さい頃から、僕にとって兄さんがすべてだった」
次郎は手のひらで頭を両サイドから押さえる。

この憎悪にも似た感情は、もしかしたら愛と呼ぶには不適切なのかもしれない。
でも、これほどまでに自分以外に執着し、それを越えたいと対抗心を燃やし、あまつさえ征服したいと、支配したいと願うなら、それは何よりも勝るものではないのか。

「一度でいいから、兄さんに心から僕を受け入れてもらいたかった」
「……」
「悲しかったよ、すごく、さびしかった。いくら体を繋げても、兄さんの心はどこにあるかもわからない。いくら手を伸ばしてかきわけて探しても、何も手に入れられなかった。ひとりぼっちで、寒くて、凍えて、痺れた体は感覚がなくなっていって……ああ、もう、死ぬのかなって思ったんだ。だけど、」
次郎は頭を押さえていた両手を、するりだらりと下ろして、胸を通って自分の腹部をゆるく押さえた。
目を細めて攻爵を見る。そして笑う。

「僕の中にもうひとつ、小さな命ができたから、死んじゃダメだって思い直すことができた」

次郎の瞳に映された歪んだ攻爵は、無表情のまま何も言えなかった。
弟が何を言っているのかわからない。理解はできても認証できない。
「それはどういう意味だ?」
攻爵の問いに、次郎は吹き出して笑う。
「やだなぁ、決まってるじゃない。赤ちゃんができたんだよ、僕と兄さんの子供さ」
「お前は子を授かる身体じゃない」
攻爵は否定するが、次郎は首を振ってそれを拒絶する。
「酷いや。不可能を可能にすること、兄さんは好ましく思っていたじゃない」
次郎の手はゆるゆると円を描いて腹を撫でる。
「だから僕、がんばったんだよ?毎夜かみさまに願ってたの。いろんな道具を使って、たくさんのお薬を飲んで、ずっとずっと、兄さんとセックスをしてる時だって、ずっと、お祈りしてたの」
まるでそこに大切なものがあるかのように、優しく優しく、細い両手が腹のすみずみを撫でていく。
小さい頃、次郎はある味のキャンディーが好きだった。それを人からもらうと、次郎はすぐに食べないでポケットにしまって楽しげに笑っていた。キャンディーをしまったポケットの膨らみを愛おしそうに撫でて……回想の中の弟と今目の前にいる彼の表情はそっくりだ。
ただ昔の無垢な姿と違うのは、次郎の目にはもう正気などどこにもなく、病んだ者のそれと同じ、狂気と妄執に侵された濁った色の瞳があるだけだった。
「だから、ほら、兄さん、ね?見て」
次郎がうつむいて、自らの腹をのぞき込む。
ドクンドクンと、そこからは大きく、何かの音がした。
それを合図に、徐々に、次郎の腹が膨れていく。服の上からでもわかるまでに、大きく大きく。
ビキビキと、皮膚の硬い部分が内部の膨張に耐えられず悲鳴を上げている。痛いだろうに、体の一部が異常をきたしているというのに、次郎はそれを幸せそうに見守っている。
攻爵は立ちすくんだまま、動くことはおろか表情を変えることも、視線をそらすことも、目の前の光景を真実だと思うこともできなくなった。
次郎の姿は臨月をむかえた妊婦のようになった。
「ふふふっ……僕の宝物」
次郎がぼそりと呟く。
「やっと手に入れた、兄さんの一部。これは僕のもの。僕だけの、兄さんの、誰がなんて言ったって、このこは、っ、」
ぼそぼそと独り言のように呟いていたのが途切れる。
ぐらりと次郎の体が大きく揺れ、バランスを失って倒れそうになる。
攻爵は駆け寄ろうとするが、いくら近づこうとしても、2人の間の距離が縮まることはなかった。
「次郎」
「あ…あっ、うぅ…」
横倒しになった次郎が呻く。苦しげに、だけどどこか恍惚に。体を大きく震わせて。
はぁはぁと熱い息を吐いたり吸ったりを繰り返して、最後にビクンと大きく体を痙攣させて、ソレは終わった。
「――……」
それは、出産よりも堕胎に近い印象を受けた。
次郎から出てきたものが、何であるかわからないほど異様な物体だったからだ。
「……うふふ」
ビクビクと動く粘液まみれの肉塊を拾い上げて、中心から垂れる長い管を歯で挟んでぶちゅりと食いちぎる。
「兄さん」
赤黒い体液に濡れた口で笑みをつくって、次郎は心底嬉しそうに攻爵を見た。その子を見せる。
「ほら、僕と兄さんの赤ちゃんだよ」
生まれたばかりなのに、それは泣き声も上げなかった。生きているのかも疑わしい。
なのに次郎は違和感も持たず、ただただそれを慈しんだ。片手で抱き上げ、指先で顔とおぼしい部位をなぞってあやす。
胃が気持ち悪く凝縮する。食道をせり上がって喉にまとわりつく不快な味。ぐらりと、かすかに眩暈がした。
「おまえに名前をつけてあげる。いずれ蝶野家の正式な跡取りになるんだから、爵の文字をつけて…そうだなぁ…どんなのがいいだろう…ねぇ、兄さん?」
次郎の声が攻爵の鼓膜を震わせる。
もはや意味を持って脳に届くことのない次郎の声は、ただの高低の異なる音の羅列、出来損ないの歌のように聞こえた。
「ねえにいさん、このこ かわいい わらってるよ」
くすくすと、次郎が笑う。心から、笑う。
何がそんなにおかしいのだろう?いっそすべてを受け入れたなら、攻爵も幸福に浸ってするりと笑えるのだろうか。
いっそ笑ってしまえたら、どんなに楽か。

「ほら、にいさんをみて わらってるよ」


もう、とっくにわかっている。
これは夢だ。現実であるはずがない。彼は死んだのだ。自分がこの手で喰い殺した。
これは夢だ。だけど、どうして、こんな夢を見るのだろう?
その意味を考えあぐねて、攻爵のままの自分は笑えないでいる。





「うふふ、あはっ、ははははは、ははははは、ははははは、ははははは!」




次郎の突然の笑い声が、真っ暗で何もない空間に轟く。
制御できない大声は鳴り響き、まるで、そう、まるで、赤子の産声によく似ていた。















END/080120

夢オチなら何をしても許されると思ってて ごめんなさい。
私の妄想する次攻がどんどん変な方向へ…攻爵さんが止めようとしないから、次郎さんは止まれない。
次攻シリーズを終わらせるなら、少しだけ次郎さんの報われる話でシメたいです。ほんの少しだけですが。
queer(クイア)は非異性愛者をさす言葉です。何も産めない存在。

追記:Belladonnaのライカさんにクイアのイメージイラストを描いていただきました。私のなんちゃって文章がはっきりと形に…!感激です。イラストはパスワード付きのページにありますのでここからの直リンクは控えますが、本当にありがとうございました!vvv