血を吐く兄さんを見て、あわてふためく召使い。
難しい顔をして考えている父さんと、ただただ苦しそうな兄さん。
そんな非日常の中で、僕はこっそりと口の端をつり上げて笑った。
ネ ム リ ブ カ
「兄さん、具合はどう?」
人払いをしたのか、兄さんの寝床には誰もいない。枕元の明かりだけが、布団の上で上半身を起こしている彼をぼうっと照らしている。
「次郎か……ああ、大丈夫だ」
「でも、顔色が悪いよ?」
次郎が攻爵の顔をのぞき込んで、2人の距離が近づく。
弟の様子に違和感を感じ、兄は少なからず警戒したが、それでも無防備なまま受け答える。
「平気だと、言って… っ!? ぐっ… げほ!げほっ…」
突然、眩暈のともなう嘔吐感が彼を襲う。激しい咳き込みに喉が焼ける。
片手で口を覆い、もう片手を敷き布団について、倒れそうになる体をかろうじて支える。
ぽた、ぽたた。
口を押さえた手から、じわりと漏れた吐血があふれ出した。
白い布団に垂れていく赤い血痕が、オレンジ色の行燈に映えて見える。そんな悠長なことを次郎は思っていた。
「兄さんの血はすごく綺麗だね」
思っていたことを口にしたら、彼は目をこちらに向けて、かすかに戸惑った表情をした。
兄の口元を赤く染めている液体を、弟はすいと指ですくう。
血の付いた指をゆっくりと口に運び、見せつけるように舌を出してそれを舐めた。
「ああ、美味しい」
「……」
「僕の血はね、なんだかどろどろしてるんだ。色も悪いし、味も変。やっぱり、僕は欠陥品なのかなぁ」
子供の頃は、わけがわからなくて、どんなに頑張っても自分を見てくれない父さんや、周囲の人間に大声で訴えたかった。
兄さんと僕の、一体何が違うのかと。
それは兄と弟の身分であったり、与えられた環境の差からくる実力差であったりした。
でも、それでもまだ自分は納得できない。
目の前の人物と、自分とは、姿形はよく似ているけど、中身は違う。全然、違う。
もっと、根本的な何かが違うのだ。それは一体何なのだろう。
彼にもっと深く触れれば、それの正体がわかるだろうか?
「兄さん、もっと、頂戴?」
今度は直接に、べろりと口に付く血を舐めとられる。
これには攻爵も本気で抵抗したが、病弱になった彼に行為を止めるだけの力は無かった。
後頭部を持たれ、乱暴に布団へ押し倒される。
「ん…っ」
口内までも縦横無尽に舐められ、暴かれ、血と唾液をすべて奪い尽くし、それでもまだ貪る。血なまぐさい口内が他人の味に上塗りされていく。
終わらないそれに息が苦しくなり、攻爵は爪を立てて次郎の顔を押しのけた。
「はぁっ はぁっ… 次郎……お前、何を」
至近距離で見える、お互いの、苦しみに顔を歪める兄と、目を細めてうっすらと微笑む弟の面が対峙する。
「兄さん……弱くなったかわいそうな兄さん」
今まで見上げることしかできなかった綺麗な蝶々が、自分の足下に落ちてきた。
僕はそれを拾い、そして、自分だけのものにする。
ああ、なんて素敵なんだろう。眩暈がしそうだ。
「羽の裂けた蝶々は、もう高い空へは飛べないね。僕が保護してあげる。大切に飼ってあげる。ケージの中で、僕の与える餌を食べさせて、生かしてあげる。ずっと、ずっと、死ぬまで愛してあげる。僕だけの兄さん」
底知れない冷たさがのぞく次郎の目には狂気が宿っていた。
彼は、初めて弟に恐怖を感じた。
振り払うように怒鳴る。
「ふざけるな!」
「……」
「俺は、自分の力で生きる。お前の保護などいらない。愛なんて、馬鹿げたことを、二度と言うな」
「……」
次郎は攻爵の言葉で、自分が「馬鹿げたこと」を口にしていたことに気付く。無意識だった。けれど、本心だった。
「……兄さんは、僕のことを、愛してくれなくてもいい。憎んでもくれてかまわない」
だって、僕だって。
「僕だって、兄さんのことを愛しているのか、憎んでいるのか、わからないんだ」
次郎が抑揚もなくそう言って、むくりと立ち上がる。部屋を出ようと障子の方へ歩く。
行燈の明かりが届かない距離になって、次郎は彼に振り返った。
「おやすみなさい、兄さん」
その表情はわからないけれども、声色は不自然なほど穏やかだった。
END/071207

近親相姦が好きで、ごめんなさい。
兄弟で〜とか妄想すると、もう、やばいんだ。萌え死ぬ。特に次蝶は双子属性だし。
攻爵が次郎に接する時、ちょっと態度違ったのがすごくエロスを感じた。あと頭掴まれてるのにされるがままとか。
でも攻爵さん次郎さんのこと全然見てないのよね… 自分がホムンクルスになることばっかりで、憎んでもないようだった。ほとんど無視。次郎さん悲しいよ。
ネムリブカはサメの種類です。昼は眠ってるように海底に沈んで、夜は獲物を求めて活発に動き回る。
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