Madame Tussauds
まるでどちらかがどちらかを模した蝋人形のように。
双子でもないのに、小さい頃から瓜二つだった。
僕は時々それがとても嫌になった。
僕は兄さんじゃない。僕は兄さんじゃないのに。
何かの行事で親戚が来るたびに「お兄さんとそっくりだねぇ」などと言われるのが嫌だった。
何も知らないくせに。いや、知っていたとしても、何も考えないでよくも言うと、憎らしかった。
服も、靴も、マフラーも、帽子も、1年経てば兄さんのお古をもらった。
兄さんのお古は自分の体にぴったりで、どうしようもなく不快だった。
(でも、本当は、兄さんのお古じゃなきゃ嫌だった。)
小さい頃は、兄を真似ようと、いろいろなことをしていた。
勉強も、家庭教師が困るのも無視して、兄の隣に座って一緒に受けていたのだ。父さんに「お前はそんなことしなくていい」と叱られるまで。
そう言われて、ショックで言葉が出なかった。
「僕」は「兄さんと同じこと」が「できない」。
どうして?1つ下だから?(たったそれだけ?)
でもそれから一年経っても、僕は兄さんと同じことができない。
周囲から用意された環境のレールは、兄さんの道筋とはねじれの位置に設置されている。
生まれる前から自分の意志と関係なく、自分を縛りつける理不尽な定め。それは運命と言っても過言ではなかった。
レールがはっきりと見える頃には、僕は誰かを憎まずにはいられない、よくわからない苛立ちを感じていた。
何かが根本的に間違っているのに、さも正しいように何でもないふりをして生きていかなければならない苦痛に、気付くことすらプライドが許さなかった。
髪だって、刈れば、伸ばせば、少しは見分けがつくのに。
兄さんと違うものになろうと努力しなかった。
「う……あ、…っ…」
僕は今 鏡の前に座り込んで、自慰をしている。
小さい頃、勃ったものが収まらなくなったことがあって、誰にも言えなくて、半泣きで、兄さんに泣きついたことがあった。
本当に小さい頃で、変な病気だと思った。でも恥ずかしくて、「怖い」「誰にも言わないで」と、わけがわからないことを言いながら、兄さんにすがりついた。
兄さんはいつも無表情で、滅多に感情を表に出さない人だったが、この時ばかりはやや動揺していた。
泣きじゃくる僕をなだめて、大丈夫だと、触れば気持ちよくなると教えてくれた。
(今思えば、1つ上なだけの兄がよく自慰を理解していたなと思う。)
それから1人で慰めることを覚えたが、はじめる時はいつも兄さんのことを思い出した。
触れば気持ちよくなると、彼が言ったのだから、と。
自分はマスターベーションまで兄を手本にした。
そして今でも、
何かそれ用のものを見て興奮しても、余裕がなくなって何も考えられなくなれば、思い浮かぶのは兄さんの顔、声、手、唇、鼻、目。
それが幼い頃のままならまだ言い訳ができそうなものを、今の、成長した姿を思って昂ぶる。
凛とした顔はどうすれば悦に染まるのだろう。色白の肌が恍惚に赤く染まるのは、唇が淫猥に濡れるのは、長い睫毛が涙の滴を浮かすのはどんな時か、この目で見たい。いつも綺麗で、優秀で、プライドの高い彼をあられもない姿にして上から下まで観察したい。
「あ、あ、ああっ…んん…」
あんな細い首一本で優秀な頭を支えているのだから不思議なものだ。手首なんて掴めば親指と人差し指が触れそうなほど細い。背だって、腰だって、骨ばっかり。思いきり押して床に倒せば、バラバラに壊れてしまいそうだ。ああ、ああ、たまらない。
「兄さん……兄さん……」
全身を映す縦長の鏡に、左手をついて、額がつくほどに顔を寄せる。
彼と似通った自分の顔が苦しそうに歪んでいる。天才の彼も毎夜こんな浅ましいことをしているのだろうか。
中心が熱を帯びる。ぐちゅぐちゅに濡れて、額にもじわりと汗がにじむ。息が上がる。熱い呼気に鏡がくもる。
涙が出てきた。勃ったものが収まらない。怖い。こわいよぉ
「おにいちゃんたすけて」
震える声で鏡の向こう側に助けを求める。
END/080104

次郎さんの1人語り。精神的次蝶・肉体的蝶次も萌える。次郎さんはどっちかっつと受けかもしれない。やばいやばい
マダムタッソーは実在する蝋人形館ですが、この小説とは何の関係もありません。
|