※スカトロに近い表現があります。次郎さんがヤンデレです。
苦手・嫌悪を感じられる方(=ほとんどの方)は覚悟されるか、閲覧をご遠慮ください。





【無花果】


兄さんはここ数日、病気が悪化して部屋から一歩も出てこなかった。
血を吐く咳が治らない。蝶野家に信頼のある医者の薬も効果がないらしい。
原因不明の病に苛立つ彼は召使いに怒鳴り、物にあたり、しかし吐血・嘔吐する。

彼は明日、寄宿舎暮らしに戻るらしい。まだ病気は治っていないのに。むしろ、悪化しているのに。
いや、そのせいかもしれない。この家は、自分に与えられた役務をこなさない者に厳しい。
現に、家を出ると言った兄の決意に、父は反対しなかった。二言返事で了承したという。
寄宿舎に戻るからといって、学校に復帰するわけではない。出席日数が足らず、兄は来年留年する。
父は、医者と同じく、兄の行く末に匙を投げたのだ。

(この家で、彼を必要としている者は?)




皆が寝静まった夜半、彼の寝室へと外の渡り廊下を歩く。
音を立てぬよう襖を開けて、明かりのない中、夜目でうっすらしている部屋の中へ入る。
珍しく、彼は穏やかに眠っていた。
すーすーと小さな寝息を立てているが、枕元には睡眠薬を飲んだあとがあった。

「兄さん」
呼びかければ、兄はすっとまぶたを開いた。
いくら薬を服用しても、兄の眠りは浅いようだ。
「……次郎、どうした」
夜中に起こされ、目頭を押さえながら、攻爵は上半身を起こす。
次郎はくずれた正座で兄と同じ視線になる。
「別に。しいて言うなら、兄さんの看病をしに」
「そんなものは必要ない。自分のことは自分でできる」
「うん、そうだね。でも明日、兄さんはこの家を出るんでしょ?それで、もうここに戻らないつもりでいるだろうから」
「……」
「だから さ、最後くらいお世話しようかと思って……寝間着、汗かいてる?着替え出すね」
弟の言い分に納得したのか、実際汗で湿って冷たい着物が気色悪かったのか、彼はするりと今の着物を脱ぐ。
顔色よりいっそう青白い体が露わになる。暗い部屋の中で発光して見えるほどに。

湯がはったたらいを用意して、タオルをひたしてぎゅっとしぼれば、ぼたぼたとぬるま湯がたらいに落ち戻る。
「横になっていいよ、その方が楽でしょう?」
そう気遣えば、彼はやはり辛かったのか、素直に布団の上に倒れる。
濡れタオルがあたたかいうちに、彼の体を優しく拭いてやる。
こんな弱った体で、本当にこの家を出てやっていくつもりだろうか。
もちろん金銭的なものは家から補助されるし、世話係も数人ついていくだろう。例えば、鷲尾とか。
兄の病弱な体にそれなりの筋肉が付いているのは、トレーナーの鷲尾が真面目にサポートしているからだろう。
彼はやくざ者なのに(いや、そのせいか)やけに義理堅く、気むずかしい兄の世話も比較的長く続いている。
だが、兄の容態がこう悪くなっては、トレーニングももうなくなるだろう。

「次郎、もういい」
タオルを持つ手が下腹部に下ったところで、彼はその手を制した。
体が少しだけ震えている。部屋の気温は低い。
「そう?ああ、寒くなってきた?じゃあ、服を着よう」
身を起こさせ、新しい寝間着を肩にかけて、袖を通させる。
「本当は髪も洗いたかったな」
次郎は攻爵の長い前髪を指で梳いて、つまんだ数十本の一束に口を付ける。
彼はそれを見ていても、何も言わなかった。ただされるがままに動かない。
次郎も何も言わないし、それ以上何をすることもなかった。

タオルを入れたたらいを持って、次郎はむくりと立ち上がる。
ふと、部屋の片隅に置かれていたものに気付いて、そちらに歩んでそれも持ち上げた。かすかに重い。
2・3日立つこともままならなかった兄のために、簡易に尿瓶を置いていたものだ。
「これも、ついでに流してくる。それとも、もういらない?」
「……ああ」
「そう、じゃあ返してくる」
「すまん」
「いいよ。寝てるとこ、起こしてごめんね。おやすみなさい」

パタン




だー…

洗面台にたらいを置いて、
離れ家の、ほとんど使われていない汲み取り式便所に尿瓶の中身を垂れ流す。
古い電球のオレンジ色と相まって、黄金水の細い糸は赤みがかって次郎の目に映った。

ぽたぽたぽた ぽた

瓶が軽くなり、水の筋も点々としてきたところで、次郎はあいているもう片方で残っていた底だまりのそれを手のひらで受け取った。
傾けていた瓶を逆さにすれば、思ったよりもまだ尿は残っていた。
だらだらだら
生命線に沿って動く黄色い水が、つつりたらりと少しだけ手からこぼれ落ちる。
「……」
無表情で。
アンモニア臭のする汚い水に濡れた手に、顔を近づけて、舌を出してぺろりと水を舐める。
すぐに、常識的な脳は排泄物や自分の行動を汚いと軽蔑した。
でも、これは兄さんから出てきた液体だから。
夢中で、手首に垂れた分を吸い、舐め。舌に、唇に、尿に濡れた指をなすりつけた。
冷たい臭い不味いものが舌を撫で、喉を通ってつるりと体内に注がれる。
中身、捨てるんじゃなかったな… そう後悔した。全部飲めばよかった。これだけじゃあ足りない。
赤子のように、淫売のように、ねちっこく指を吸いながら。次郎は勃起していた。
もし全部飲んでいたら、絶頂に達していたかもしれないほど、静かに興奮していた。
「ふふ…くす、くす…」

好きだなぁ、兄さんのこと。
父さんも皆も、もう兄さんなんて必要ないって思ってる。
僕だけなんだ。兄さんを求めているのは、僕だけ。
あの青白い体ごと、自分だけのものにしたい。
そうだ、兄さんが病気で死んだら、死体をもらおう。
葬式には空っぽの棺桶さえあればいい。どうせこの家は形式だけの世界だ。
家にある一番大きな鍋に入れて、煮込んで、食べやすくして、何日かかっても全部食べてやる。
うん、そうだ。それがいい。

(あー明日にでも兄さん死んでくれないかなぁ)

こんなに愛してるのに、どうしても報われない。















END/071209

次郎さんは兄に、兄から出たものまで異常な執着がある。そんな妄想。
健康な自分のものならそういう健康法はありますが、病人の尿は飲むものじゃないです。よいこはマネしないでね。