日記(2004年)

2004年08月16日

お盆日記2004
 お盆の勤め方は、地方により、宗派により、あるいはお寺によって、まったく違います。
 だめたけの寺では「ご門徒には寺で勤める盂蘭盆会に来てもらい、住職がお参りに行くのは、初盆のお家と、毎年お参りすることになっている地域や特に希望されるご門徒のみ」というパターンです。  
  
 今年は「毎年お参りする地域」へは甲子園の開幕日に行きました。これほど日程を早めたことはなかったのですが、ご門徒に混乱はなく、落ち着いたお参りをさせていただきました。
  
 おかげでお盆本番(?)は、例年より余裕を持ってすごしました。午後に「だらだらタイム」を設けた日もありました。
  

  
8月12日
  
 7時すぎに境内に出ると、はやくも盂蘭盆会の準備にご門徒が来てくださっていました。今年は女性よりも男性が多い陣容でした。
  
 午後には、大阪からご門徒。この1年で「まるでドラマのような」つらい体験をされたとのこと。今は明るい表情でしたが、ほんとうに重い話でした。
  
 その後、本堂で立花。夕方から、お参り。
 ご門徒とお内仏の荘厳について話しましたが、私がちょっとイライラした口調になっていまいました。反省・・
  

8月13日
  
 今日は初盆のお参りの集中日。
「一緒に乗せて行って」というご門徒に車に乗ってもらい出発。この春に親戚でお葬式が続いたご門徒です。亡くなった人どうしは、叔父、甥の関係でした。こんなケースでは「家ごとに施主は替わるものの、参列者の何人かは共通」というお勤めになります。そのため3軒つづいて後ろに座っていた幼稚園児もいました。
  
 午後からも初盆のお参り。ひいおばあさんのお葬式の時には新生児だった赤ちゃんが、より可愛くなっていました。でも、泣かれてしまいました。黒い衣を着た大きなおじさんに、おどろいたようでした。
  

8月14日
  
 早く起きてテレビをつけるとアテネオリンピックの開会式。入場行進が終わるころでした。ビョークのはげしいメイクを見て眼が冷めました。  
  
 聖火の灯るのを観て、朝の準備をして、車で出発。一番初めのお参りは7時すぎの約束でした。
 あるご門徒では、この春に生まれた赤ちゃんに会えました。ほんとに可愛かった。でも、この赤ちゃんのおじいさんは、だめたけの中学の同級生。少し複雑な気分でした。
 スタートが早かったので、昼前には帰宅。午後には、少し昼寝もしました。
   
 夕方には、またお参り。その後、祖母の見舞いに実家へ行っていた妻と子どもを最寄の新幹線の駅まで迎えに行きました。
  

8月15日
  
 朝からのお参りから帰ったのは10時前。それから盂蘭盆会法要の当日準備です。
 3日前に立てた本堂の花はしおれていたので、一部を立て直しました。  
  
 涼しかったので、汗をふくことなく法話が聴けました。
 大きなトラブルはなく、法要は終了しました。
  

8月16日(予定)
  
 障害者施設に出勤です。がんばります。
2004年05月26日

初夏日記2004
 暑くもなく、寒くもなく、さりとて眠くもなく・・ 聞法には絶好の季節です。
 土曜日は、僧侶の学習会。日曜日は、だめたけの寺のご門徒の聞法会でした。地域の溝掃除や親戚の法事もあり、かなりハードでした。
「拉致問題」などをつうじて、家族や親族について考えた二日間でもありました。
  

  
5月22日(土)
  
 今日は午後から組(そ・近隣同派寺院の組織)の学習会。
 だめたけの寺が会場なので、朝から準備をしなければなりません。しかし、体がだるくて起きる気にならない。昨日までの福祉施設の勤務でちょっとバテ気味。
  
 テレビでは早朝から小泉総理の再訪朝のニュース。
  
 なんとか着替えて、本堂に立てる花を買いにいつもの花屋へ。
 自分でバケツから花を取って、90歳のなじみの女性店主に示します。
 店主が「これは○円、これは○円・・」と言っているのを、疲れから「フム、フム・・」と生返事で聞いていると「ちゃんと計算してくださいよ!」と声をかけられました。セルフサービスがこの店のルールです。  
  
 学習会の講師は、神戸で同派の住職をしている、だめたけの実弟。嫁さんと昨年末に生まれた赤ん坊を連れてやってきました。
 甥と私は実質的には初対面。しかし、少しもむずがることもなく、私に抱かれます。弟と義妹が昼食をとる30分ほどの間、私が独占できました。
  
 学習会の内容は、ハンセン病の問題。
 弟が療養所に何度かおじゃましたときに、「元患者」にお聞きした話が中心でした。問題の深刻さを再認識しました。
  
 学習会が終わり参加者が帰ってから、弟の家族と食事。
 主役は、お膳に着かず横に敷いた布団で転んでいる赤ん坊でした。かわいい笑顔を楽しませてもらいました。
  
 夜は、総理再訪朝のニュースに見入りました。
 家族の苦悩に胸が痛みました。
  

5月23日(日)
  
 朝、早起きして、地域の溝掃除。しかし、私は1時間ほどで抜けさせてもらいました。
  
 シャワーを浴びて、法衣に着替えて、親戚の法事にいきました。
 国道で行けば50分。でも山道を行けば30分で行ける祖母の実家。本願寺派の寺院です。私にとって、顔かたちの似た人が一番多い親戚。ゆっくり話をしたかったのですが、読経と法話の後、早々に失礼しました。本当に残念でした。
  
 寺にもどると、聞法会の準備を当番のご門徒がはじめてくださっていました。私の代わりにご門徒の法事へお参りしていた母も帰ってきて、みんなで大急ぎ。電源がショートするなどのトラブルはありましたが、なんとか時間に間に合いました。
  
 学習会の終了後、お参りの約束があったのですが、私はバテバテ。明日の夕方に変更していただき、今日は休養することにしました。
 朝から茶菓子しか食べていないことに気づき、親戚でいただいてきたお膳を夕方5時ごろに食べました。
  
 テレビで小泉訪朝の各方面の評価を聞きました。
2004年03月21日

聞法会日記
 特別な話題ではないのですが、それなりに充実した土曜日、日曜日でした。
 ちょっと嬉しい知らせに春を感じました。前号で目標にした「立ち話」もできました。
  

  
3月20日(土)
  
 朝から初七日のお参り。最近は葬儀の日に続けて勤めるお宅が増えましたが、今日は「亡くなってから一週間」に即したお話ができました。
  
 いつもの花をくださるお宅から帰ると、ご門徒でもある自転車屋さんが来られました。この春、中学に進学する長男の自転車の件だったのですが、関係のない話題で立ち話となりました。
 本堂の立花が終わるころには、新しい自転車を持ってきてくださいました。今度は母と腰痛治療についての情報交換をしておられました。
  
 陽が傾きかけてから月忌参り。テレビでの相撲観戦を中断してお内仏に座っていただく家が何軒かありました。
  

3月21日(日)
  
 朝、高校の吹奏楽部の定期演奏会に遅れそうな長女を会場まで送りました。とても今日が本番とは思えない、緊張感に欠ける娘です。

  
 帰宅すると若い女性のご門徒から電話。
 福祉職をめざしていた彼女。無事就職が決まったとのこと。私の勤務先と同地区の障害者施設だったので「これからは職員同士としてヨロシク」と伝えました。
 ちょっと嬉しい気分になりました。
  
 本堂の準備をしていると、昨日、初七日を勤めたご門徒があいさつにみえました。「悲しみがこみ上げてくるのは、これからですよ」と話しました。
  
 その後、再び自転車屋さん。防犯登録の件でした。娘の自転車のパンク修理もたのみました。
  
  
 聞法会まであと1時間30分。当番のご門徒が来てくださいました。  
 今日は日曜日ということで、若い人(といっても40歳台ですが)も準備に来てくださいました。そして、ほぼ全員がそのまま聴聞してくださいました。嬉しかった。
  
 休憩時間には、91歳の女性が講師と話したいと座敷まで来られました。自分が作った詩が真宗の教えに副ったものか意見を聞きたいとのこと。「これは若い頃に作った詩です」といわれるものは72歳の時の作品でした。
  
 終了後は、後片付けも手際よく・・ 高齢の参加者を自動車で送ってくださるご門徒もありました。 
  
   
 今日も陽が傾いてから月忌参り。
「孫が無事に出産しました」といった話題にも出会いました。赤ん坊の話題は人を幸せな気分にさせます。
 小さなのころからよく知っている娘さんが、お母さんになったことにショックを受けましたが、冷静に考えれば彼女も25歳。私がそれだけ歳をとったということです。
   
  
 7時半ごろになって、我が家では今日は外食しようということに・・
 でも、私は疲れていて家に残ることにしました。この時点で昼ごはんを食べていないことに気づきました。
2004年01月02日

年末年始日記2004
 今年の勤務先(障害者施設)の休暇は、曜日の関係で例年より3日長い12月27日から1月4日まで。毎年こうだったらいいのに・・
  

12月27日(土)
  
 今日は一日お参り。
 私自身も、ご門徒もまだ正月準備に追われる雰囲気ではなく、ゆっくり話ができました。
   
 今年は「年忌繰出表」(年忌の当たっているご門徒を本堂に掲示します)を毛筆ではなく、パソコンで書くことにしました。夜、なんどか試行をしてフォームを決めました。
  

12月28日(日)
  
 溜めていた寺関係の事務仕事をいっきに・・ 肩がこり、目が疲れました。
 本堂や境内の掃除は、母と長男がはじめました。
  
 夕方、ご門徒から「ちょうど妹が関東から帰ってきたので、お参りに来てほしい」と電話。ふれあいのあるお勤めができました。帰りに見た澄んだ空に浮かぶ月が印象的でした。
  
 夜、年賀状を仕上げました。今年はプリンタの調子がよく、ノンストレスでした。
  

12月29日(月)
  
 朝、岐阜県まで実家のおばあさんを見舞いに行く妻や子どもたちを新幹線の駅まで送りました。
  
 その後、私は自分の部屋の掃除。けっこう大変でした。
 枕元や本棚を整理し、紙袋3つ分ほどの本を大型古書店に引き取ってもらいました。
  
 夜、新幹線の駅に妻子を迎えに行き、おそい夕食をファミレスでとりました。
  

12月30日(火)
  
  昼過ぎまではお参り。さすがにどこも正月準備中でした。
  我が家も母を中心に掃除などの追い込みです。次女と長男もちょっと手伝いました。
  
  私は「年忌繰出表」をパソコンで作成。また、修正会の法話の流れをメモ書きで確認しました。
  

12月31日(水)
  
 いっきに本堂の荘厳。
 雨が降ったり、花立に手間取るなど、トラブルもいくつかありましたが、夕方には終了。歳暮勤行(大晦日のお勤め)は予定通り勤めることができました。
 今日は老人ホームの勤務が休みの妻は、「アッ、忘れた」と買い物に何度も出かけていました。
  
 除夜の鐘には、例年以上に中高生など若い人が集まってくれました。  
  

1月1日(木)
  
 修正会(新年のお勤め)。息子にも法衣を着せました。
 お勤めと私の20分ほどの法話の後に、みんなで抹茶をいただきました。
 今年は和服姿の若奥さんや、女子大生など、若手のご門徒が大活躍。華やかなお正月でとても嬉しくなりました。
  
 昼過ぎからは、子ども3人を連れて買い物。
 特に女の子は洋服選びには時間がかかるので、厳しく制限時間を設けました。
  
 小泉首相の靖国神社参拝は、先輩からのメールで知りました。重い気分になりました。
  
 ちなみに妻は、朝の御節での祝いの後、法要までに出勤しました。
  

1月2日(金)
  
 パソコンでの仕事があるのですが、あえて「今日は完全OFF]と決めてゆっくりしました。年賀状の返事を書いたり、本を読んだり、テレビを観たり、昼寝をしたり、メルマガ書いたり・・
  
 妻は今日は夜勤です。おだやかに正月の夜は更けていきます。
  

1月3日・4日(予定)
  
 3日は来客があるものの、まだゆっくりできます。
  
 4日からは、ご門徒の報恩講のお参り。早朝から夜まで予定が入っています。 
 いきなりの本格稼動です。


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