「序 章」
その日、あさぬぅは扉を荒々しく叩く音に起こされた。
貧乏長屋のボロ戸は、叩かれる度に悲鳴をあげている。壊されてはかなわんとあさぬぅは、慌てて布団から飛び出した。
「わかったわかった、今開けるからやたらと叩くんじゃない」
非難がましくいいながら、あさぬぅは戸を開けた。
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「伝説の会計コンビ」
「起きてください!ヌゥさん!!ひゃーひゃひゃひゃひゃ!」
「・・・またあいつだ・・・やれやれだぜ・・・」
そう、浅沼利之進の愛称はヌゥさんなのである!!ヒネリはないがこれでいいのだ。そしてヌゥを叩き起こしたこの人物は・・・
「なんだ、会計監査はまだ先だぞ?」
「何を言ってるんですか、ヒャハッ!今日は決勝戦の日ですよ!ヒャーヒャヒャヒャ!」
「ああ、そう言えばそうだったような・・・」
ヌゥは全国の猛者の集う江戸城御前試合に腕試しのつもりで参加している。決勝までは、はっきり言ってヌゥの敵はいなかった。しかし!?
「今日の相手はいままでと違うんでヒャハッ!ヌゥさんそんなに悠長に構えていていいんですヒャハーーーッ!!・・・ゴハッゲハッ!!」
落ち着け俊之介。興奮しすぎて語尾まで変わっているぞ?
「そうは言っても今更ジタバタしても仕方ないだろう?」
「ゲハッ・・・フゥ。今日の相手は江戸に二人の剣客ありとうたわれた、あの安・斗仁夫ですよ、ひゃ。ヌゥ先生もその剣客の一人でしょうが、僕は心配でなんですよ。ひゃひゃひゃ・・・」
さも不安げに弱々しくひゃひゃっている俊之介。しかし彼が心配しているのはおこぼれにあずかろうと思っていた賞金の事である。
「相手は怪鳥・留須加(ルスカ)、熊殺しの宇伊里伊(ウィリーウィリー)、 虎噴射の晋、極めつけは爆発家の蟻、全国レベルの猛者を倒して勝ち抜いて来た筋金入りですよヒャハ。晋なんて腕まで叩き折られたんですよヒャハー。」
うれしそうにしゃべり続ける俊之介。いつもの事だが。
「それに比べせんぱ・・いや、ヌゥさんの場合は剣客と健脚を間違えて参加した蛇津・九太郎やビビッて試合を棄権するような弱い相手ばかりじゃないすか。本当に大丈夫ですかー、ヒャ?僕なんか心配しすぎて、大八車の助手席部分が大破するような事故を起こしてしまいましたよ!!ヒャハッ!」
そんな事実は確認されていないのだが・・・俊之介は妄想壁が強い。
「この前も咳をした時に喉を○%×!△・・・」
−シャカシャカシャカ−
「ヌゥ!」
−ゴロゴロ・・・・−
「ピポーゥ!!」
−・・・・・ −
「んあ?」
リミッターの外れた俊之介をよそに、勝利後のお立ち台で決めるパフォーマンス選びに迷うヌゥであった・・・
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「 安 ・ 斗 仁 夫 」
利之進が試合上に着いたのは正午過ぎで、とっくに決勝の準備は整っていた。到着に遅れた利之進には控え室に入る時間もない。本来なら切腹ものである。
「遅かったじゃないか。ガーチ失格だな。」
「すいません。」
声をかけたのは論・大悟、町ではダイゴロンで通っている。彼は利之進の出身道場の先輩なのだ。俊介、大悟と出てきたが某少年誌の鬼退治漫画とは一切関係ない。
「おっと、ペリカン野郎のパフォーマンスがはじまったぜ・・・早く行って来い。」
「ぬぅ!!」
「ヌゥさん!早く!!」
パフォーマンスの言葉に反応し、自分の準備したパフォーマンスを確認する利之進。早く行くんだ利之進。
「んあ〜」
−ヌゥ移動中−
「ぬーぅ」
−まだ移動中−
「ぴぽ?」
−会場に入り−
「ぴぽーぅ」
−野次馬をかきわけ−
「!?」
−あそこに見えるは安・斗仁夫−
「・・・」
−こっちに気付く安・斗仁夫−
「元気ですかーっ?!」
「ぴぽーーーーっっっ!?」
「人は歩みを止め闘いを忘れたときに老いていく。今こそ格闘ロマンの道を突き進め。オガワー!」
利之進が試合場のエプロンサイドに現れたのに気付き、名前を呼ぶ安・斗仁夫。しかし利之進の名前はオガワではない。無論、橋本でもない。
「ぴぽっ!ぴぽっ!」
−ドカッ、バキッ−
「おいおい、道はどんなに険しくとも、笑いながら歩こうぜ。」
花道に群がる野次馬を跳ね飛ばし、強引に突き進む利之進をたしなめる安。入場テーマはサンライズである。
「安とんよ、ずいぶんと余裕じゃの〜ぅ。」
そう、御前試合なのだ。当然目の前で将軍様も観ているのだ。隣に座っているのは芝田アナウンサーか?
「利之進とやれば、片手で3分ですよ。彼は本当なら10年もつ剣客生活が1年で終わってしまうかもしれない。」
「ほ〜う。大した自信じゃのぅ。」
目を細めてうなずく将軍殿。イメージは津村さんか。
「日本チャンピオンになって、ブラジルへ行くのが夢ですから。」
「いよいよ念願が叶うかもしれんとゆう事じゃな?」
「NWA道場を超える道場を作って旗揚げし、誰もが認める世界タイトルを争ってみたいとゆう夢は叶ったので。」
「いやはや、お見事。この試合、そちに分があるかも知れんのぅ。」
「しかし、その長いアゴが仇にならなければいいんですけどね!ヒャハッ!」
このやりとりを聞いていた俊が強引に会話に割り込む。それにしても笑いながらいきなり失礼な発言をする男である。
「大丈夫。私のアゴの筋肉は常にビルドアップされ、鍛えられています。」
「そーなんですか?ひゃははは?」
「弱点どころか卍固め斬りを掛けると同時に俺のアゴが相手の肩に突き刺さる、アゴを引くと手が掛からず、スリーパー斬りが決まらない、すぐに顔を覚えてもらえるといった利点の方がむしろ多い・・・」
「なるほど、ひゃひゃひゃ。」
−−−中略−−−−
「それで今、大○電気○信大学で(中略)すよ。ヒャハハハ!!」
「俺も電気には強い方だから」
「それは、すごい。ひゃははははは・・・ひゃ?」
彼は何故、笑うのを止めたのか!?それは試合場とゆう名の四角いジャングルに今、上り終えた利之進がものすごい形相で俊をにらんでいたかである!!
「俊之介!敵と和みやがって!おまえ、帰ったらカボチャワインの刑だ!覚えてろ!!それから・・・っ!?」
よそ見をしていた利之進にいきなりの右ストレート!!立てるか利之進!?
「リングに上がっているのに、なぜスキを見せるのか」
「・・・」
「長州は紙一重の差を破れなかった」
「・・・」
「おまえはどうなんだ!このヤロー!」
立上がる、利之進。
「誰でもいい、俺の首をカキ斬ってみろ!!」
「ぴぽーーーぅ!!」
銘刀「敵威羅」で斬りかかる利之進
「1・2・3・ダーーーーーーーー!!!」
−ガキィィィン!−
それをあっさり返す安・斗仁夫。
「テメエの力で勝ち穫ってみろ!」
−ガキィィン−
安・斗仁夫の延髄斬り!しかしそれを受け止める利之進!!そのまま刀をしこんだ右足を捉える!!
「藤波、俺の足を折ってみろ。」
利之進は藤波ではないが、もはやどうでもいいのである!!
「ピポッ!!」
−ガシッ−
アキレス健を極める!利之進!!しかし!!
「極める角度が違う。」
安・斗仁夫は平然と指さしながら、こう言い放った。安・斗仁夫の関節はルーズジョイントといわれるもので関節技が極まり難い。
「ポゥ!?」
大ピンチだ!利之進!!初っぱなから現れた最強の敵「安・斗仁夫」!はたして利之進に勝利はあるのか!?
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「 も ち ろ ん 」
「ヌゥさん!しっかりして下さい、ヌゥさん!!」
俊之介の悲痛な声が、医務室にこだました。
御前試合の決勝戦は、試合開始54分、卍固めで安・斗仁夫の勝利に終わった。
血の泡を吹いて悶絶したあさぬぅは、すぐに医務室にかつぎ込まれ、今も生死の狭間をさまよっている。
「あさぬぅ!おもえは、こんな所で死ぬべき男ではないはずだぞ!?」
論・大悟も枕元で激をとばすが、あさぬぅはピクリとも動かない。
「目を覚ませ!あさぬぅ!!」
「ヌゥさん!」
二人の必死の呼びかけも虚しく、あさぬぅの体は徐々に温度を失っていった。
医者がうつむいて首を横に振った。
「心の臓の動きが止まりました。これまでですな・・・」
「・・・・・・!!」
「ヌ、ヌゥさーーーーーん!!」
窓から差し込む夕日が、まるで眠っているかのようなあさぬぅの姿を真っ赤に照らしていた。
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に○たに○た朝よ
「ピポーーーーー!!」
あさぬぅは、目を開いた。
最初に視界に入ったのは、屋根。大雨が降ると、ひどく雨漏りのするボロ屋根ではあるが、慣れ親しんだ我が家の屋根である。つまり、ここは診療所ではない。
いつにもまして呆けた頭でそこまで考えてから、あさぬぅは上体を起こして自分の体を見回した。どこにも以上はない。
「ぬぅ、夢か・・・・・・。恐ろしい夢だった。」
夢の中でくらった安・斗仁夫の卍固めを思いだし、身を震わす。
その時、
ドンドンドン!
ドンドンドン!!
立て付けの悪い戸が、激しく叩かれた。続いて耳障りな声が響く。
「起きてください!ヌゥさん!!ひゃーひゃひゃひゃひゃ!」
声の主はすぐに判った。
「ぬぅ、俊之助か・・・・・・しかし、これは・・・・・・?」
あさぬぅは、この状況に強烈な既視感を感じていた。悪い予感がする。
そうしている間にも、外の男は容赦無しに戸を叩き続けている。ボロ戸はもうすぐ限界を迎えそうだ。あさぬぅは慌てて戸を開けた。
そこにいたのは、やはり俊之助だった。地球上であの笑い声をだせるイキモノは、この男しかいるまい。
「騒がしいぞ俊之助。戸を壊すつもりか?」
「確かにこのボロさなら壊れるかもしれませんね?ひゃーひゃひゃひゃ!!ひゃーひゃ・・・・」
いよいよ最高潮に達しつつある俊之助の高笑いは、唐突に止まった。
「で、何か用なのか?」
俊之助の眉間に愛刀「敵威羅」 を突きつけ、あさぬぅは静かな声で尋ねた。
「ひゃ・・・ひゃ・・・・・。
じ、実はですねぇ・・・あ、新しい茶店ができたらしいのでヌゥさんと一緒に行きたいなぁ、なんて思ったりして・・・ひゃひゃ」
震える声で答える俊之助。その眉間から赤いモノが一筋流れている。
「ぬぅ、そんなことか・・・・・・。
よし、行くぞ朝飯代わりだ」
「どうしたんですかヌゥさん、ほっとした顔して?」
「ぬぅ、何でもない。グダグダいうと連れていかんぞ!」
「いや、何でもないならいいんですよ。ごっちゃんで〜す。ひゃははは!」
そうだ、夢は夢だ。現実とは関係ない。
出かける準備をしながら、自分に言い聞かせるあさぬぅであった。
「あ、あそこですよ」
俊之助が示した先には、いかにも茶店らしい小屋があった。『茶屋「徒我老怒」(トワロード)』 『名物100銭団子』などと書かれたのぼりが、数本立てられている。
店の前に置かれている、むしろを引いた長椅子に腰掛けると店の娘が注文を取りに来た。
「ぬぅ、団子2皿と茶をもらおう。俊之助、おまえは何にするんだ?」
「えーと、団子3皿と特製ぜんざいと一番高い玉露を。
ごっちゃんですヌゥさん、ひゃーひゃひゃひゃ!!」
このとき、あさぬぅの心に確かな殺意が芽生えた。しかし、
(ぬぅ、だめだ、ここで殺るのは得策ではない。そのうち事故に見せかけて・・・・・・)
そう考える事で、敵威羅に伸びようとする右手をなんとかとどめる。
そうしているうちに、団子が運ばれてきた。あさぬぅは、まるで殺意を消化するかのように団子をがっつき始めた。俊之助は団子を食べながら、店内を覗いている。
「ヌゥさん、あのチラシみて下さいよ」
俊之助が発見したのは、店内に張られていたチラシだった。促されるまま、そちらに目を向ける。
「・・・・・・ぬぅ!・・・ぬ!!」
そのチラシを見たあさぬぅは、がっついていた団子を壮絶にノドに詰まらせた。
「ヌ、ヌゥさん!?大丈夫ですか?」
そのチラシにはこう書かれていた。
『江戸城御前試合開催!
出場者募集中、集え全国の猛者達!! 』
一度は姿を消した悪い予感が、猛烈に大きくなってゆく。そして、それに比例してあさぬぅの顔からは血の気が失せていった。
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にっ○にっ○朝よU
「ぬぅ・・・」
団子をノドに詰まらせ失神したあさぬぅが目を覚ましたのは、またしても自分の家だった。
体を起こして辺りを見回す。今にも、戸を叩く音が聞こえるのではないかと身構えていると、台所から女の声がした。
「大丈夫かー?」
声の主は、会計道場第36期門下生の先輩だった。
「ああ、先輩が運んでくれたんですか?」
「まあ知ってる奴やし無視すんのも何やと思って、じゃあ帰るわ。団子には気ぃつけや」
それだけを言い残して、先輩は去っていった。あさぬぅは、がしがしと頭を掻きながらその姿を見送った。
(そういえば御前試合はどうなったんだ。広告を見たときには締め切り間近だったが。)
不意に御前試合のコトが思い出された。その時、
「号外、号外・・・」
町に大きな声が響く。同時に、戸の隙間から一枚の瓦版がねじ込まれた。
どうやら御前試合は寝ている間に終わっていたらしい。その号外は決勝戦の結果を報じるものだった。勝者と敗者の名前がでかでかと乗せられている。
『ほっほ敗れる!!優勝者は・・・』
その名前にあさぬぅは驚愕を隠せなかった。
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二人のあさぬぅ
『ほっほ敗れる!!優勝者はあさぬぅ!!』
「ぬぅ?俺が優勝?」
あさぬぅは首をかしげた。さっぱりワケがわからない。
「ぬぅ・・・・・・。寝ている間に何かが起こったというのか?
・・・・・・そういえば、俊之助はどこだ?」
耳をすませても、あの怪鳥のような笑い声は聞こえない。どうやら、この近くにはいないようだ。
あさぬぅは、俊之助を捜すべく家を出た。
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ほっほの弟子入り!?
「あさぬぅ殿、お待ちを!」
背後から掛けられた声に、あさぬぅは振り向いた。家を出てすぐのことである。
「捜しましたぞ、あさぬぅ殿」
「んぁ?どなたかな?」
そこにいたのは、見覚えのない大柄な男だった。身なりからすると、同業者のようだが。
「ご冗談を、先程決勝戦を競った、この前畑 彰三郎をお忘れか?」
「前畑・・・彰三郎・・・・・・。ぬぅ、聞いたことがある。お主が居合い抜きのほっほか」
居合い抜きの達人、ほっほこと前畑 彰三郎。あさぬぅとともに、江戸で5本の指に数えられる剣客である。
「決勝戦での貴殿のお手並み、拙者、ほとほと感服致しました。
そこで、未熟な己を鍛え直すために、あさぬぅ殿の元で修行をさせて頂きたく思い、こうして参った次第でござる。
なにとぞ、よろしくお願い致しまする」
深々とお辞儀をするほっほを前にして、あさぬぅは困り果てた。
「いや・・・しかし・・・・決勝でのお手並みといわれても・・・・・。決勝で戦ったのは、間違いなく俺だったのか?」
「なにをおっしゃる。そのお顔はこの世に二人とおりますまい。見間違うはずがございませんぞ」
「ぬぅ・・・・いや・・・・・しかし・・・・・んぁ・・・・・ぴぽー・・・・・」
どうやら、あさぬぅの名を語るニセモノの仕業ではないらしい。では、もう一人の自分とは何者なのか?
「ぬぅ・・・。やはり、俊之助に会うべきであろう」
思考の迷路から抜けだし、あさぬぅは当初の目的を思い出し、歩きだした。
「どこかへ行かれるのですか、ぬぅ先生?」
すかさず、後を追うほっほ。どうやら彼の中では、弟子入りは確定しているようだ。
「んぁ?誰がぬぅ先生だ!ついてくるな、弟子入りを認める気はない!」
「そう冷たいことを言わずとも良いではないですか、ぬぅ先生」
一向に諦める気配の無いほっほに辟易しながらも、見え隠れするもう一人の自分の影にただならぬ不安を感じるあさぬぅであった。
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