大仏線関連新聞記事録集


 1.大仏線開通の式典が興福院で催されたことを伝える記事(M31.4.16)
 2.大仏線開通から五日間、運賃を二割引とする広告記事(M31.4.21)
 3.明治34年の新聞記事の広告(発行期日は不明)
 4.●關西鐵道事件の落着(明治34年の新聞記事(発行期日は不明))
1.明治31年4月16日 大仏線開通の式典が興福院で催されたことを伝える記事

 〈原文〉

●関西鉄道の新線開通  関西鉄道の加茂大仏(奈良)間六哩の工事竣成せしに因り未だ其筋の監査を経ざるも前号欄外略記の如くいよいよ一昨日午前先ず奈良興福院に祝宴を催し夫れより列車を出して線路を一覧せしめたり招待を受けしは水野奈良県知事、井上警部長以下沿道の郡町村長等其他五十余名にして宴席に於ては白石社長工事の顛末を述べて挨拶をなし水野知事は関西鉄道の奈良迄延長したるは奈良市に取りて便益大なりとて其祝意を述べ此他有志の演説あり 右加茂大仏(奈良)間の線路は昨日西逓信省技師出張して監査をなせる筈にて運輸開始は来る二十日頃ならんと云う此新線路には中間に夫の鹿背山駅あり運輸開始の上は加茂駅にて官線に乗替へ当地より伊勢、名古屋地方への旅行に便なるべし

〈現代仮名遣い〉

●関西鉄道の新線開通  関西鉄道の加茂〜大仏(奈良)間、6マイルの工事竣工せしにより未だその筋の監査を経ざるも前号欄外略記のごとく、いよいよ一昨日午前、まず奈良興福院に祝宴を催し、それより列車を出して線路を一覧せしめたり。招待を受けしは水野奈良県知事、井上警部長以下、沿道の郡町村長その他50余名にして、宴席においては白石社長、工事の顛末を述べて挨拶をなし、水野知事は関西鉄道の奈良まで延長したるは奈良市に取りて便益大なりとてその祝意を述べ、この他有志の演説あり。右(上記)加茂〜大仏(奈良)間の線路は昨日、西逓信省技師出張して監査をなせるはずにて、運輸開始は来る20日頃ならんという。この新線路には中間に、かの鹿背山駅あり。運輸開始の上は加茂駅にて官線に乗り替え、当地より伊勢、名古屋地方への旅行に便なるべし。

 大仏線の全通を報ずる記事です。特筆すべきは、興福院で水野奈良県知事ほか周辺郡長村長(当時は郡役場というものがありました)約50名が集まって祝宴が催されたようです。その後、列車に試乗したようです。
 さらに、最後の方に「この新線路には中間に、かの鹿背山駅あり」とあります。
 当会の会員がこの記事を発見するまで、鹿背山(今の赤橋などが散在する地域)に駅があった事は、全く知れられていませんでした。しかし、「駅」というのは、江戸時代は郵便や荷物の中継地を指していますので、そのことか、または、煉瓦や資材を運ぶために鹿背山地区に臨時の工事用の駅を開設していたのか、その辺りはまったく不明です。地域の長老にお聞きしても、鹿背山に駅があったということを知る人は誰もいません。
2.明治31年4月21日(開通から5日間全線2割引の新聞広告)

関西鉄道

名古屋奈良間全通

加茂大仏間4月19日ヨリ開業ニ付名古屋奈良間聨通ス

大仏駅ハ奈良市ノ中部大仏殿ニ接近ス

開業ノ当日ヨリ五日間全線各駅ト大仏駅ソノ間乗車賃銭総ベテ二割引

大仏駅発車時刻

前 五、五五    後 一、〇〇
  八、〇〇      三、〇五
  九、五五      五、〇五
 一一、三〇      七、〇〇

総テ名古屋及山田〈伊勢〉行キ

関西鉄道

名古屋 奈良間全通

加茂 大仏間4月19日より開業につき、名古屋 奈良間聯通(れんつう)す。

大仏駅は奈良市の中部、大仏殿に接近す。

開業の当日より5日間、全線各駅と大仏駅、その間(の)乗車賃銭(運賃)すべて2割引。

大仏駅発車時刻

(午)前 5:55   (午)後 1:00
      8:00         3:05
      9:55         5:05
     11:30         7:00

すべて、名古屋および山田〈伊勢〉行き
3.明治34年の新聞記事の広告(発行期日は不明)
関西鐵道
大阪名古屋間近道
奈良見物伊勢参宮京都遊覧に便利
○九月一日全線時刻變更と同時に湊町(大坂)名古屋間を本線とし加茂網島間を支線と定む
○本線には日々双方より五回宛の直行列車を發し列車付「ボーイ」及行商人(辨當、すし、和洋酒類、菓子等を鬻ぐを乗込ましむ
○右の内双方より各一回宛の準急行及び急行列車を發し急行列車は僅々五時間以内にして達す
○大坂市内線は三十分間毎に列車發着し梅田にて官線との接續都合宜し
○湊町(大坂)奈良間双方よりの賃銭は片道及往復共官線に比して餘程低廉なり往復は切手通用十日間にて平常三割引
○伊勢参宮旅客御便利の爲め毎月一日、毎土曜、日曜日には大坂市内各驛(梅田を除く)草津、名古屋及愛知より山田行き二、三等往復割引切手發賣す
関西鉄道
大阪名古屋間 近道
奈良見物 伊勢参宮 京都遊覧に便利
○九月一日全線時刻変更と同時に湊町(大阪)名古屋間を本線とし、加茂 網島間を支線と定む
○本線には日々双方より五回宛の直行列車を発し、列車付「ボーイ」及行商人(弁当、すし、和洋酒類、菓子等を担ぐ(本文中は粥ぐ〈かゆぐ〉))を乗込ましむ
○右の内双方より各一回宛の準急行及び急行列車を発し急行列車は僅々(きんきん)五時間以内にして達す
○大阪市内線は三十分間毎に列車発着し梅田にて官線との接続都合よし
○湊町(大阪)奈良間双方よりの賃銭は片道及往復共官線に比して余程 低廉(ていれん)なり往復は切手通用十日間にて平常三割引
○伊勢参宮旅客御便利のため毎月一日、毎土曜、日曜日には大阪市内各驛(梅田を除く)草津、名古屋及愛知より山田行き二、三等往復割引切手発売す

4.●關西鐵道事件の落着(明治34年の新聞記事(発行期日は不明))
同會社に關する紛〃は愈〃去十日鶴原社長より一部株主の建議せる意見案を重役會に提出せし結果左の如くに落着せし由
第一 梅田名古屋間を幹線とし梅田に單獨の停車場を置き乗客荷主に便利を興ふる事に就きては此を可と決せしも、爲めに三十万圓の経費を要すべきを以て此の際成るべく經費の嵩まらさる方針を取りて其目論見及び計算を立て來月十日の重役會議日に提出して協議する事
第二 列車の時間を正確にして發着の回數を増し進行時間を短縮し乗客取扱上に一大改良を加へ従前の悪評を一洗する事に就きては目下客車及び荷車とも不足するがゆゑに十分の設備をなす事を得ざるのみならず混合列車の爲め自然に發着の時間を後るこの傾向なきを保せず故に此れ等の事は將來成るべく改善を施すの意向にて調査を遂ぐる事
第三 山陽鐵道と聯絡して互ひに適宜の驛まで直通し同梅田に於て官線西成坂鶴等の諸鐵道と連絡の實を擧げ大いに利益を吸敢する事にに就きては己に山陽鐵道會社と協議成り乗客荷物の列車を共通せんとするも果して幹線を梅田名古屋間と決定したる上ならでは豫め決定するを得ざる事
第四 湊町停車場の未完成工事を速に完成し相應の便法を設け地方の乗客荷主に便利を謀ることに就きては最早や殆んど該工事竣成を告げんとしつ〃あれば別に決議するの要なき事
第五 現任社長は交際家又は政治家にて社外に奔走する事多かるべし其際社務に澀滯せざる様相當の方法を設くる事に就きては鶴原社長か如何にも上京する事もあるも今や電信電話の開通するあり決して社務の鞅掌上に差支へなくし併し一身上の事に渉れば他の重役に於て協議を乞ふと云ひ種々協議せし所別に目下此れと云ふべき事もなしと云ふに締着せし事
同会社に関する紛々は、愈々(ゆゆ)去る十日、鶴原社長より一部株主の建議せる意見案を重役会に提出せし結果、左の如くに落着せしよし
第一 梅田名古屋間を幹線とし梅田に単独の停車場を置き乗客荷主に便利を興ふる事につきては、これを可と決せしも、ためめに三十万円の経費を要すべきを以てこの際、なるべく経費のかさまらざる方針を取りて、その目論見及び計算を立て来月十日の重役会議日に提出して協議する事
第二 列車の時間を正確にして発着の回数を増し、進行時間を短縮し乗客取扱上に一大改良を加へ、従前の悪評を一洗する事につきては、目下、客車及び荷車とも不足するがゆえに、十分の設備をなす事を得ざるのみならず、混合列車のため自然に発着の時間を後るこの傾向なきを保せず、ゆえに、これ等の事は将来成るべく改善を施すの意向にて調査を遂ぐる事
第三 山陽鉄道と連絡して、互いに適宜の驛まで直通し同梅田において、官線西成坂鶴等の諸鉄道と連絡の実(じつ)を挙げ大いに利益を吸敢(きゅうかん)する事にに就きては己(こ)に山陽鉄道会社と協議成り。乗客荷物の列車を共通せんとするも果して幹線を梅田名古屋間と決定したる上ならでは予め決定するを得ざる事
第四 湊町停車場の未完成工事を速に完成し、相応の便法を設け、地方の乗客荷主に便利を図ることにつきては、最早や、ほとんど該工事竣成を告げんとしつつあれば、別に決議するの要なき事
第五 現任社長は、交際家又は政治家にて社外に奔走する事多かるべし。その際社務に渋滞せざる様、相当の方法を設くる事につきては、鶴原社長か如何にも上京する事もあるも、今や電信電話の開通するあり、決して社務の鞅掌(おうきょ)上に差支へなくし、しかし、一身上の事に渉れば、他の重役において協議を乞うと云い、種々協議せし所、別に目下これと云ふべき事もなしと言うに締着せし事

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