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『大仏鉄道の歴史的近代土木遺構は木津川市の観光資源です!』
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| 大仏鉄道研究会公式ロゴマーク SINCE 2002 |
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大仏鉄道研究会活動のお知らせ |
● 更新日 2009年 1月18日
● 更新披瀝
What's New!
関西鉄道株式会社の絵はがき発見される!
5周年記念の機関車の絵はがきが見つかったことはすでに報告していますが、明治後期のこの時期では存在しないのではといわれていた写真入りの絵はがきが発見されました。どうやら2種類(以上?)シリーズで存在するようです。
「春日大社と猿沢之池」。この他に「法隆寺と笠置」を確認しています。

(2009/ 1/ 18)
大仏線の基礎知識
● 関西鉄道開設初期の鉄道網図
● JR木津駅橋上駅舎化工事の経緯
● 大仏線位置図(PDFファイル) 無断転用不可
● 通説の佐保川鉄橋の位置は間違っている!
● 歴史(経過)
● 史跡ウォーキングの模様(若草公民館講座)
● 点描
● こぼれ話集
アクロバットリーダーのインストールは
こちらからどうぞ!

up 2009/ 1/ 18
大仏線が危ない!
● ニュータウン開発と大仏線史跡の保全の課題
● 大仏線遺構の危機と提案 (PDF)
● 鹿背山大仏鉄道歴史公園の提案図(pdf)
● 我々に今何ができるのか?
● 梶ヶ谷保存ひと言署名コーナー
(メールでお寄せください)
up 2006/10/23
大仏鉄道研究会とは?
● 会の目的、目標と活動方針について
● 会則
● 会章(表彰章)
● 組織図
● 研究員募集 平成15編4月改正
● ウォーキングマップ1(京都編)
● ウォーキングマップ2(奈良編)
● 活動報告
● 大佛鐵道記念公園ネーミング活動報告
● 会報「赤橋」バックナンバー
● 第3回総会議事録(pdf形式)
● これまで取り上げられたマスメディア
産経新聞 | 京都新聞 | KBS京都 | 奈良放送 |
京都新聞の記事への直リンク
● 激励メールの記録簿
2007/11/27
資料庫
● 年表
● 時刻表
● 車両データ
● 土木構造学
● 大仏線廃レールの調査報告
● 時代考証(物価)
● 大仏線に係る新聞記事(明治)
● 関西鉄道5周年記念絵ハガキ(明治39年発行)
● 関西鉄道株式会社 絵ハガキ(二種) 近日公開
● 関西鉄道案内 (近日公開)
※ 勧業博覧会に配布したと見られる
● 関西鉄道(株)関連資料
● 参考書籍の紹介
    
2007/02/06
論文集と読み物
● 論文集(調査報告等)
● 読み物(フィクションとノンフィクション)
2002/11/13
掲示板とアンケート
● 大仏駅待合室掲示板(新)
11/7 メンテナンスを終了しました。
(旧大仏駅待合室掲示板 保管庫)
(会員非会員関係なくご自由に、ご発言ください。)
楽天の旧掲示板は、いかがわしい書き込みが多いことと、メールアドレスの自動収集により迷惑メールが多発したため閉鎖致しました。
※書き込みの際は、電話番号、住所などの公開にご注意ください
● 大仏線私が好きな風景アンケート
2005/11/07現在、87%の方が「赤橋」と回答されています。
2007/11/ 6
リンク集
● リンク集 |
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平成21年年頭のご挨拶
とうとう、都市計画道路の計画が変更されることはなく、赤橋と梶ヶ谷隧道の運命は決定的となりました。
これまで地道な活動を続け、なんとか行政やUR都市機構に、2つの近代歴史資産の重要性を訴え続けてきましたが、都市計画変更という大きな機会を逃し、おそらく、来年、いや、今年からでも取り壊し工事が開始されるのではと思っております。
長い間、当ホームページは更新がされない状況が続いておりました。HPを管理する私としては、木津川の子供たちに、赤橋と梶ヶ谷の隧道を残してあげることができなかったという、悔しさ、むなしさ、脱力感から、このHPを触る気力が失せている状況です。
地味な市民活動を続けてきましたが、ただ時間のみ過ぎていってしまいました。
長年続けてきて、よくわかったことは、奈良市の歴史全般を大切にしようとする姿勢と、我が市の木津川市の近代歴史資産に対する考え方の違いです。(結局は、言い換えれば市民意識の違いということなのですが)
(参考:明治期の鉄橋工事の様子)
先日、奇しくも木津中央地区で寺院跡の埋蔵文化財が発掘されました。これまで、赤橋等の保存に関して当局は「事業のスケジュールをこれ以上遅延させることはできない。だから、何があっても事業計画の中身を変更することはできないのだ。」という理由で、計画変更できないので、赤橋等も残せないと説明していました。しかし、今回の寺院跡発見で、関係筋は、おそらく事業計画の見直しをして、道路と土地利用を変更して遺跡を保存することと思われます。(まさか、記録保存で終わらすことはないでしょう。それこそ大変なことになります)
へぇ、やればできるんじゃないか。
そんなことは、百もわかっていました。歴史を塗り替える今回発見の重要性と、大仏線の鉄橋、トンネルでは、社会的、歴史的重要性が異なります。しかし、大仏線の近代土木遺構くらい、簡単に壊してしまって良いはずがありません。そう思うと、ますます空しさを覚え、活動にも力が入らないのが正直な気持ちです。
この8年間という膨大な時間を、いったい何のために費やしてきたのだろうか。とにもかくにも、我々の力不足ゆえ、結果としてたった1つの鉄橋、たった1つのトンネルを残すことができず、応援してくださった多くの方々、赤橋を見に遠くから訪ねてくださった方々には誠に申し訳なく思っております。私の力不足、努力不足故、心よりお詫びいたします。
平成21年1月18日 大仏鉄道研究会 会長
● 梶ヶ谷遺構保存の選択肢に移設保存がありえるのか
地元、「鹿背山の大仏鉄道遺産に親しむ会」の梶ヶ谷保全の申し入れに対して、朝日新聞はUR都市機構学研局事業部長は、遺構の重要性に疑問、都市計画変更手続きにおいてすでに縦覧済みで意見がなかったため、手続きは完了していると伝えています。また、現状保存ではなく、「移設保存」するというような内容も伝えています。
当会の試算では、赤橋、梶ヶ谷隧道の埋め立てと現道機能確保のボックスカルバート構造への変更と、上記都市計画道路法線変更による工事費は、変更案の方が事業費が約1億円弱程度安くなると考えています。(ボックスカルバート工事2箇所と、移設に掛かる部分移転工事、幅員確保のための築堤部分の盛り土工など)
工事費だけの問題ではなく、木津中央地区山あい公園に設置されたトンネル?らしき構造物を見て、移設保存の道が正しいとは、全く思っておりません。高いお金を使い、訳の分からない標本のように橋を移設しても、歴史を伝えることはできないと考えます。デザインをまちづくりに活かしていただくことは結構ですが、あるべき場所にあってこその橋、トンネルです。現役の赤橋、梶ヶ谷トンネルは梶ヶ谷にあってこそ意味があるのだと思います。
場所を変えてしまえば、ただの煉瓦と、コンクリートと砂の塊でしかありません。明治の我が国の土木技術の未熟な時代に生きた我が国の技術者の作品として見ても、先達のどりょくが偲ばれます。
● 『大仏鉄道物語』が国会図書館に登録されました
大仏鉄道研究会発行の「大仏鉄道物語』を国会図書館(東京・関西)に寄贈し、正式に国会図書館の蔵書として登録されました。今後は、東京の国会図書館、関西(精華町)第二国会図書館のどちらでも閲覧が可能となりました。
また、本書は木津川市公立図書館(木津・加茂)においても閲覧可能です。
● 大仏線歩こうマップ(奈良編・京都編)をご活用下さい。
「歩こう歩こうマップ」カラー両面印刷は、実際に歩くには不適であり、表面の大仏線解説は「しおり」作成によりその目的を終えたこともあり、「大仏線歩こうマップ」を、このたび全面改定しております。
マップにつきましては、大仏鉄道研究会の本『大仏鉄道物語』の巻末に収録されておりますが、配布不能により、このホームページにて一般に公開しております。
前回のマップの問題点を、アウトドア部会の役員が実際に歩いて考え苦労して作成し、非常に歩きやすい地図となっております。 版権は、大仏鉄道研究会が保持いたしますが、一般のハイキングでの使用は、無条件で承認いたします。また、各種団体等が開催するハイキング等で、コピーによる実費配布は基本的に承認いたしますが、必ず事務局宛お知らせ下さい。なお、印刷物として再販される場合、雑誌等への掲載をご希望の場合は事務局までご相談下さい。
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| 大仏鉄道ファンの皆様へお知らせ |
● 鹿背山不動尊のトイレはありません
地元のご厚意により、無償で使用させて頂いておりました、鹿背山不動尊内のトイレは、管理上の問題から閉鎖されました。従いまして、里山歩きにおいて、途中トイレは一切ございませんので、ご注意をお願い致します。
木津川市には、地区の方々とともに梶ヶ谷への公衆トイレの設置を強く働きかけて行きたいと考えて居りますので、しばらくご辛抱下さいますよう、お願い致します。
木津川市へ観光でお越しの皆様には、多大なご迷惑をおかけ致しますが、梶ヶ谷保存の大きな転機にあり、さまざまな状況が変化しております。どうか、ご理解をお願い致します。
● 入会のお誘い 当大仏鉄道研究会では、広く会員を募集しております!詳しくはこちらをご覧ください。
● 大仏鉄道のしおり(第2版)を配布しています
大仏鉄道、並びに、当大仏鉄道研究会の足跡、入会申込書などを記載した、大仏鉄道研究会の『しおり』(白黒印刷、A3版両面、変則八つ折り)第2版は配布中です(有償)。
● 大仏線遺構巡り希望者の方へ
大仏線遺構散策へのボランティア案内人に付いては、現在、諸事情により中止しております。なお、史跡巡りにはマップを作成済みですので、当ホームページの内容、木津川市ホームページのの観光案内等をご活用いただきますようお願いいたします。
● JR奈良駅の移転までの全記録CD-ROMお譲りできます
このほど、曳き家移転工事が行われた、現JR奈良駅駅舎のこれまでの全記録を収めたCD-ROMが、JR奈良駅舎の保存運動に携わった、JR奈良駅舎を生かす会により作成されました。直接販売はできないとのことですが、当会、会員を通じて、お譲りすることが可能です。1枚1,000円(別途送料が必要)です。
ご希望の方は、大仏鉄道研究会事務局までご連絡下さい。
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このホームページはリンクフリーです。
ただし、アングラ、ポルノ系とのリンクはご遠慮させていただいております。
また、相互リンクをご希望の場合は、ウエッブマスターあてご連絡ください。
2002/10/07 |
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大仏鉄道とは、現在のJR関西本線の前身である関西鉄道株式会社が、名古屋方面から
大阪への進展を目指して延長を急ぎ、「加茂駅」から現在の奈良駅の北約1kmの地点に
取り敢えず仮設的に作った「大仏駅」との間を結ぶ、距離約8kmの路線の通称です。
この大仏駅が開業したのは明治31年4月19日ですが、このお陰で伊勢や名古屋等
からの大仏参拝客が大勢利用し始め、一条通りから東大寺転害門近辺の通路は大いに繁盛しました。 翌32年5月22日には念願の大阪鉄道の奈良駅への延長・乗り入れにも
成功し、これで大阪への交通の便も大幅に改善されました。
しかしその結果、大仏駅の利用客は減り奈良駅からの利用客が増加するようになりました。
おまけに大仏線は急坂の黒髪山をトンネルで越える難所を持っている一方で、加茂から
木津ヘ新設した平坦路線も明治38年に奈良線と片町線と共に木津駅で直結する事に成功したので、大仏線の客は益々急減していきました。
その上に鉄道の国有化法が明治40年から施行される事になったので,遂に大仏線は
明治40年8月21日に廃線となり、9年という短い生涯を閉じた路線なのです。
このように大仏線は営業期間も9年と言う短い田舎の小路線であり,又、国有化直前に 消滅したため当時の資料に乏しく、その全容を知る事は中々難しい状態にあり、
正しく幻の鉄道といえる路線です。 |
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このロゴマークは大仏線を走っていた蒸気機関車と考えられている電光(いなずま)をモチーフにした大仏鉄道研究会の公式ロゴマークです。会員以外がこのマークを使用することはできません。また、その他の画像、音声、テキストデータ等についてもフリーデータを除き無断転用、使用について堅くお断りします。使用希望者は、事務局までご一報ください。
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