不登校体験記  


 偶数月発行の『クロスロード通信』には「不登校体験記」を掲載しています。ご本人やご家族の方に書いていただいているもので、現在までに40名以上の方が「体験記」を寄せて下さいました。「不登校体験記」はホームページには載せていませんが、その一つ さんの「体験記」をご本人のご了解を得てご紹介させていただきます。

 わたしは現在41歳の女性です。仕事は、社会人を対象とした人材教育、学生を対象としたキャリア教育、そして個人を対象としたライフコンサルティングをしております。家族は夫と二人です。

「今のあなたを見ていると想像もつかない」と、人には言われるのですが、中学2年生〜3年生にかけて不登校をしていた時期がありました。きっかけは中学2年生のときのクラブ活動中の怪我。片腕をギプスで固めていたことで、これまで当たり前にできていたことが同じようにできなくなり、「大きな失敗をしたらどうしよう」という不安を感じるようになりました。小学生の頃から何でも完璧にやらないと気のすまないようなところがあり、学校生活ではかなりストレスを感じていたようです。怪我をきっかけにしばらく学校を休んだり早退して通院したりし始めると、「わたしが学校に行っていなくても同じように世の中は動いている!」ということにショックを受けたのを覚えています。年の離れた弟がいたこともあり、今まで甘えたことのなかった母のそばにいられるのも何だか嬉しく感じてもいました。それでも、わたしが「学校を休みたい」と言うと「行きなさい!」と両親は激しく叱りました。毎朝「学校に行かない」「行きなさい」で激しいバトルになりました。その頃のわたしは、ただ学校を休んでゆっくり家にいたいというだけではなく、実際に学校に足を一歩踏み入れると心臓の鼓動が激しくなり手のひらに汗を握り、頭が真っ白になるという状態でした。腹痛で下痢を繰り返すようにもなりました。学校に行くのは辛い、家にいると「学校さぼってるねんから、部屋で寝てなさい!」と言われ、(一体わたしはこれからどうなってしまうのだろう)と一人部屋にこもり、気持ちはどんどん沈みこむ一方でした。

 現在大人になったわたしには広い視野がありますので、何がなんでも学校に通うという以外にも選択肢があることがわかりますし、またそのような状態は永遠に続くことではないということもわかるのですが、中学生だったわたしには、自分にはもう生きていく世界がなくなってしまったように感じられ、まさに暗闇の中に一人で立ちつくしているような感覚でした。

 当然、両親も悩んでいたのでしょう。特に母は毎日のように友人、知人に私の不登校について相談をしていました。まだ不登校という言葉も概念もない時代でした。そんな中、光が見えてきたのは、母の知人が心療内科の先生を紹介してくださり、両親と共にカウンセリングに通い始めたことがきっかけでした。

 ある日、朝起きると母が「今日は一緒にドーナツでも作ろうか」と言ってくれたひとことを今も忘れることができません。もう自分には居場所がない、と思いつめていたわたしにとって、ぱーっと目の前が明るく開けたような言葉だったのです。学校に行かない娘を責めていたところから、その娘を受け入れ、同じ場所に居てくれるところまで親が成長してくれたお陰で、わたしはだんだんと元気を取り戻していきました。

 振り返ってみますと、わたしにとって最も大きな救いだったのは、両親がそのままのわたしを受け入れてくれたこと。そして、そのことのきっかけになったように、母がその苦しみを家族の中だけで抱え込まず、人に助けを求め、広く情報を集めてくれたことでした。

 今のわたしにも毎日の生活の中で大変だと思うこともいろいろありますが、あの時、暗闇の中にいた中学生の自分に比べると何も苦しいことはない、と感じられます。そのくらい、「子どもが悩む」ということは本人にとって深刻なことだと思うのです。周りの大人たちの広い視野と豊かな情報がきっと多くの子どもたちを支えていってくれることでしょう。

クロスロードさん、応援しています。                       by  K.I