栄山寺オフの夜、すでに午前3時そこそこだったと思います。
長岡作品について色々と語り合っていた中で、「異聞竹取物語」が話題になりました。きっかけは、私(スズメ♂)が千尋さんに質問したことに始まるのですが、その場にまだ起きておられた皆さん(しをりさん、くぼやんさん、杜かじかさん/VATAさんと蒼穹さんはすでにダウンしておられたと思う)も加わって、お互いの思いつくことや考えを語り合う中で、あの物語に込められた意味が見えてきました。
そこで、栄山寺オフレポートの「余録」として、あの時のやりとりを復元して皆さんにも読んでもらおう、ということになり、言い出しっぺでもあり幹事でもある私が、その役を仰せつかりました。
時刻も時刻、ビールも進み、記憶定かならぬ部分も少なくありません。誰が何を言ったのかも確証がありません。そこで、あえて架空の人物3人の会話という形式で「創作」してみました(3人の名前は、5人のハンドル名から2音ずつとって組み替えて作りました(^^;)。クレセントオフの真骨頂ともいえる内容かと思います。拙い文章ですが、あの場にいた方も、おられなかった方も、お楽しみください。
(なお、会話のリズムを作るためにあえて関西弁にしました。不評でしたら標準語に戻しますです。)
すちか | ところで「異聞竹取物語」のことやけど、百枝は「何を意図して」竹取物語を書いたんやろ? |
くじを | 「車持皇子」のことやろなぁ、やっぱり。 |
りんひめ | 正史に真実があるとは限らない、という話やから。 |
くじを | 不比等が百枝と対面する前の場面の展開が、不比等が自分が「皇子」と呼ばれるいわれがないと言って、受けて麻呂が(不比等が席を立ってから)「不比等は天智の子」というウワサを話題にして、房前が「それがどうした」やんか。その流れからしても、「車持皇子」のことやと思う。 |
すちか | うん。それはそれでいいんやけど、それだけやないような気がするねん。それだけにしては話が大仰すぎるというか、なんか落ち着きが悪い。 |
くじを | 麻呂が言うてたように、かぐや姫は氷高なんやろかな? |
りんひめ | でも、その当時の帝は軽やから、弟が姉に求婚したことになるけど。 |
すちか | いいんちゃう。求婚を受け入れなかったんやから。 |
くじを | 同じコミックスに入っている「天ゆく月船」とのからみでも、その方が合う。氷高と不比等は結ばれることはないんやから。 |
りんひめ | でも、そのことを百枝が知ってたというのはありえへんと思う。 |
くじを | ああそうか。 |
すちか | あれは氷高本人しか知らないことやもんな。 |
りんひめ | かぐや姫のモデルが誰か、っていうのはいろんな説があるみたいやけど。 |
くじを | 不比等がかぐや姫、ということはないやろか。 |
すちか | え? |
りんひめ | あ!でもそれ、あるかも。 |
すちか | そういえば、百枝がいたのは竹林の中やった。 |
くじを | 最初のところで、竹割ってたで百枝。 |
りんひめ | あの場面で、百枝は不比等のことを非難するやん。あなたはいつの間にか手の届かない高みにのぼってしまって、労役にあえぐ下々の者の苦しみを理解しないって。それも、かぐや姫は天の衣を身につけてしまうと人間としてすごした記憶をみな忘れてしまって天に昇っていく、というのと重なる。 |
くじを | なるほど。いよいよ間違いないわ。 |
すちか | ということは、竹取物語には二重の意味が込められてる、ということやね。「車持皇子」という「史実の暴露」と、どんどん離れていってしまう不比等への悲しみと。 |
りんひめ | そうしてみると、あのラストの百枝ってムチャクチャ切ないね。 |
すちか | ふつうやったら発狂して死んでしまうかも。 |
くじを | 去っていく不比等が、まったく無表情やん。淡々と「伴の者がまちくたびれておりますでしょうから」って。 |
りんひめ | 冷徹やなぁ。 |
すちか | 不比等は、もう一つの意味に気づいてたんやろか。 |
りんひめ | うーん。分かってたと思うけど、やっぱり。 |
くじを | 分かってたと思う。そうでないと、百枝のところへ行く理由がない。 |
りんひめ | そういえば、何も自分で百枝のところへ行く必要ないもんね。 |
くじを | 「車持皇子」のことも、私へのあなたの嘆きも分かってますよ、その上で、でも私はあなたの意見には従えませんからね、と百枝に宣言するというか、伝えに行ったんやと思う。 |
りんひめ | 百枝との訣別か。 |
くじを | それも自分から突きつけに、とどめをさしに行くという。 |
りんひめ | 百枝かわいそ。 |
すちか | 百枝って、ずっと史を支えてきたやん。大隅はキツくあたっていったけど、フォローするのが百枝。 |
くじを | 娼子との結婚を勧めたのも百枝やったし、五百重との駆け落ちの時にも、史に同情的やったね。 |
すちか | 比喩的に言うと、大隅が父親なら、百枝は母親かなぁ。包み込むような感じ。史は早くに母親も父親もなくしてるし。 |
くじを | 不比等は、ああいう形で大隅を切り捨てたやん。言い争って昏倒しようと、その上を踏み越えていくぞって。あそこで、立ちはだかる存在としての父親を乗りこえたというか。 |
りんひめ | で、今度は百枝。母親を切り捨てた。 |
くじを | うんうん。分かる。まるで老いた母親の思い出話や繰り言を切り捨てるように。 |
りんひめ | でもそれってすごいと思う。これで不比等はホントに一人になってしまったわけやん。 |
くじを | それを、眉一つ動かさずに淡々とやってしまってる。 |
りんひめ | でも、そう考えると、去っていく不比等の背中に悲しみが見える。 |
くじを | 体に悪いからお酒飲み過ぎないように、っていうセリフもあった。 |
すちか | あそこで、不比等が後ろ姿なのは、顔を書けないというか..。涙を流しているというのも違うし。やっぱり、背中で語ってる。 |
りんひめ | 百枝の最後の「いっそあなたを憎めたら」も、ものすごく切ない。 |
すちか | うーん、これだけの意味が込められているなら、全然大仰やないわ。なんとなく感じていたひっかかりが解けた気がする。 |
くじを | 長岡さんって、ホントにむだなセリフや場面がないなぁ。 |
りんひめ | よく考えると、不比等はあれが事実上最後やね。 |
すちか | 不比等の物語の終幕、最後のケリをつけたのかな、長岡さんとしても。 |
こんな感じだったと思います(間違いや漏れ落ちがあったらご指摘ください)。
「深読みのしすぎ」というご批判は、長岡先生のファンの方からはきっと出ないと思います。これくらいの「含意」は、先生なら十分考えられる、それくらい長岡ワールドは深いのですから。
追記
オフから帰宅して、「異聞竹取物語」を読み返してみました。多少の記憶違いもありましたが(百枝自身は竹を割ってなくて、割っている若者の前にすわって語りかけていた、とか)、逆に見落としていた(あの夜に話として出てこなかった)箇所もありました。
例えばコミックス177頁で、史実を歪曲することを、百枝は「天をも欺く所業…!それは人間として犯してはならない領分です」と言っています。これは、不比等が「人間」でなくなっていく=かぐや姫である、ということを暗示(明示?)しています。また179頁には、「この腕の中にいた少年が 磨かれた珠がじょじょに光を発するように」という百枝のセリフがあります。ここも、竹取翁が光る竹の中からかぐや姫を見つけたこととにかけられているのかも知れません。
また、全体の構成を読み直してみると、178頁の「あなたは変わられた」をさかいに、それまでは百枝は「歴史の改竄」について不比等へ抗議していますが(これが「車持皇子」につながるのでしょう)、それ以降は主題が「変わってしまった不比等」への嘆き(つまり不比等=かぐや姫)に変わっており、私たちが考えた二つの含意がここできれいに切り替えられていることが分かります。最後に、これはフライングを承知で書きます。
最後の2ページで、長岡先生は漢文の「竹取翁物語」が和文体の「竹取物語」に書き改められたことを、ただ単に書き直されたというのではなく その人の人間に対する深い洞察と新しい工夫で豊かに肉付けされて
と評価しておられますが、私は、同じ言葉を「竹取物語」から「異聞竹取物語」を創作された長岡先生に贈りたいと思います。
(文責:スズメ♂ 2002年8月19日脱稿)