夜香木                              2003.8
 

今日私は思わず泣いてしまった。
TVを見ながらは よくあるのだが PCの前では久々だった。

話は この夏の帰省に戻る。
いや、つきつめたら 母が元気で生きていた頃の話になるのだろうか。
この間 帰省した時 田舎にある「香木の森」というハーブ園に行ってみた。
田舎に住む三才上の姉も一緒だった。
その姉が 以前、母を連れてここへ来た時 
母がとても喜んだ話を 懐かし気に語ってくれた。
ふと見ると 主人と息子は遠くで走り回っている。
私と姉とCOTOは 花を見るというよりは 
お喋りに花を咲かせながら ゆっくり歩きはじめた。


姉が言った。
「あんねぇ、やっと夜香木が手に入りそうなんだ。」
「どがして手に入れるん?」
「それが、新聞に投稿して 夜香木についての情報を聞いてみたんよ。
 そしたら 2件だけ電話がかかってきてね。
 もっとかかってくるかと思っていたけど やっぱ少なかったわ。」
「へぇ〜。」
「その内のひとりが うまく挿し木できたら あげるって言ってくれちゃってね。
 あれってなかなか 冬越すのが 難しいらしいんよ。」
「ふぅ〜ん。」
・・・・3人は春には満開だったろう花の公園をぐるりと一周した。


夜香木は 私達京都組にとっては 最も母との思い出深い花だった。
私達は 毎年一回、お盆前に帰省していたが
必ず 家の窓辺で咲いてくれた。
優しい香りは 実家の香りそのものだった。
その花は夜にしか咲かず 真夜中になればなるほど 香りは増し
きつく感じるほどになった。
開け放った窓からは 小さな虫も入り込み
主人と母のお喋りは 私と子供が寝た後も 夜中じゅう 続いた。
朝になると地面に ぽつぽつとたくさんの白い花が落ちていた。

夜香木は 私達にとって印象深い花であっても 
姉は覚えがないという。
母の近所に住んでいた姉は いつもそばにいる分、
特別な花などなかったのだろう。
無理もない。
母が亡くなった後 
姉が母の残した草花をすべて引き取り 育ててくれている。
しかし 皆がよく口にする夜香木と月下美人が
未だに見つからないと言っていた。
毎年 白い花がポツッと咲いてるのを見つけると
「これがあの夜香木だろうか?」と 期待してしまうらしい。
冬越えしにくい木だけに 母が亡くなったあの冬に
だめになってしまっていたような気もする。
姉は見たことのない木を探しに 花屋や園芸品店を よく覗くのだと言う。


「夜香木、どうしても見たいんだ。」
姉がポツリと言う。
「そうか、手に入るといいなあ。」
ふたりがまた歩き出した時 思い出したように姉が言った。
「そうだ。あんた、パソコン持っているんだから インターネットで調べてよ。
 こがな時こそ インターネット使わないと・・・」
パソコンを持っていない姉は 「HPにばかり熱入れずに」と少し言いたげに 
私を見た。
COTOがそんなふたりのそばで 
レンガの上を ひとつ飛びで跳んでいた。


今日、私は姉との約束をふと思い出し
姉の言いつけ通り 「夜香木」を検索してみた。
2件しか電話情報が得られなかったという
アナログな作業をした姉に申し訳ないくらい 一瞬に
実に1490件もの結果が出てきた。
「夜香木について」クリック。
3年前の夏に見たきりの その花が写し出された。
「香りがお届けできなくて残念」と書いてあった。

もう一箇所クリック。
そこは掲示板になっていて 夜香木についての情報のやり取りがあった。
ふんふんと 読んでいくうちに ある書き込みに目が止まる。
 

「 投稿者:COTO

初めまして。こんにちは。COTOです。
夜香木は私も大好きです。
夜になると とてもいい香りがしますよね。
私はあの香りが大好きで とてもしあわせな気分になれます。
しかしどこを探しても売っていないのですが
どこに売っているのでしょう?
貴重な花なのでしょうか?
皆さん、教えてください。」


日付は田舎から帰ってきた次の日になっている。
我娘と気がつくまで少し時間がかかった。
愛しいという感情が 胸のいれものから たらたらと溢れはじめた時
涙がしばらく止まらなくなっていた。

その書き込みをした「COTOさん」は
清楚で穏やかで 優しさに満ち溢れ 品があって少し大人の
お嬢さんだった。
少なくとも バスケで 体操服をずくずくにして帰ってきて
一番に 冷蔵庫に顔をつっこんで 
その後アイスをペロッと食べるCOTOのイメージではなかった。
そして 夏休みの宿題のほとんどを 
残り5日間でしてしまうCOTOのイメージでもなかった。
私は泣きながら 笑ってしまった。

でも、もしかしたら 何年かしたら
私の知っている おてんばなCOTOも 
まさしく夜香木の白い花のような
愛らしい香りある女性になってくれるかもしれない。

今日、COTOがバスケから帰ってきても
今日見た書き込みについては 触れずにいよう。

でもいつもより早くCOTOの顔が見たくてしかたのない私なのだ。

マサムネ

2003.8.29

みんなをしあわせにしてくれた「夜香木」の話が入っている絵本

「夏の思い出」
もう少しで夏休みも終わりです。