思い出の朝寝坊                                    2003.6月


私はめっきり朝が弱い。
寝ることは結構、体力がいる事なので
今は若くない分、 だんだん早起きにはなってきたが・・。
嫁に来た頃は おじいちゃんに「・・低血圧なんです・・私」と言ってたが
10年以上も一緒にいると「夜更かしのせい」とか 「性格のせい」って
もしや見破られているのではないかと 思ったりしている。

子供が小学校に上がってから 三回ほど寝坊してしまい
学校へ車で送ってやったことがある。
二回はギリギリセーフだったが 一回は授業も始まった九時過ぎ・・。
ひとりひとり教室へ連れて行き 先生に謝った。
(弁解の余地なし)
心優しい先生は 皆にこう説明してくれたらしい。
「リュウくんの家の時計が お寝坊したみたいですよ」
・・・ありがとう、先生。
でも低学年で良かった。高学年なら冷ややかな笑いを浴びていただろう。

でも今までの人生の中で 笑えない朝寝坊が一回ある。
もう話してみようかな・・
それは私が小学六年生の時。
最高学年だけが味わうことの出来る メイエベント!広島への修学旅行。
秋の宮島、平和公園、原爆ドーム・・お決まりのコースを回るのだが
何よりも 仲良し同級生でお泊りが出来るのだから
その興奮は ハンパではなかった。
前夜、やっぱり眠れない・・。
忘れ物はないかな・・・もう一度カバンの中をチェックする。
おやつ二百円分は全部袋に入れたな・・ひとつでも忘れていって
お姉ちゃんに食べられたりしたら大変だ・・またチェックする。
おふとんに入り やっとうとうとした頃・・・

「Mちゃ〜ん、い、こ、う〜」・・私を誘う声で目が覚めた。
・・・ガバッと飛び起きる。母も姉も飛び起きる。
・・・うそ・・・まさか・・・時計を見る。真っ白になる。
その日、バスは校庭に入らず 私の家の前の空き地に止まり
出発時間を待っていた。
友達やお母さん方の声で すでにざわついていた。
平静を装い 母が玄関に向かった。
「・・の、のりこちゃん、おはよう。すぐ行くけ、先に行っといてくれる?」
「うん!」 のりこちゃんの足音がはずんで駆けていった。

私は泣きそうになりながら 制服を着た。
母と姉は急いで台所へ行った。
・・・お弁当は・・?平和公園で食べるお弁当は・・?
いくらなんでも 母が後で「はい、持って来ました」って来れる場所ではない。
顔も洗った事にして リュックを背負った。

・・・「はい。」
その時、姉が私にお弁当を持たせてくれた。
「こんな事もあるかと思って ゆうべ私がおかず、つくっとったけん。」
ゆうべの内に姉がおかずを作り詰めて 
朝炊きたてのご飯を入れるだけにしておいてくれたのだ。
「・・・・・」本当に泣きそうになった。
みっつ違いの姉だった。

平和公園で食べたお弁当は 姉手作りのおかずと白ごはん。
普段のお弁当は白ごはんでも 運動会や遠足という特別な日、
母親達は決まっておにぎりを作ってくれる。
H美が私のお弁当を見て 「やっぱ おにぎりは食べやすいな〜」とニヤリと言った事も
大人気ないが今でも覚えている。
でも私は自慢とまでは言えないけど恥ずかしくはなかった。
胃袋も心も 満たされていたから。

何年か前に、母と姉に話してみた。
「そんな事、そう言えばあったな〜」二人は笑った。
母よ、あなたは笑えない・・私だったら一生 十字架を背負って生きていくだろう。
だいたい私の朝が弱いのも 母親譲りなのだから。

私が母になり 初めての修学旅行の朝に死ぬほど緊張した。
そして、送り出した後、ほっとした。

ちなみに今 私は、毎朝二人分のお弁当をちゃんと作って送り出している。
一応 コレだけは言っておかないとね、名誉のために。

マサムネ


今日6月7日リュウが長野県白馬村に修学旅行に出かけました。
楽しい修学旅行になりますように・・思い出たくさん作って帰ってくるかな。