<ティラミスの謎>
最近、気になることがある。
近所のケーキ屋に置いてあるティラミスのことだ。
置いてあるといっても、私は一度もそのティラミスを見たことがない。私が行く時はいつも売り切れていて、ケーキが並んでいるショーケースの中のぽっかりと空いた空間に、ティラミスと書かれたカードが寂しそうに立っているのだ。
私はここ数ヶ月、このケーキ屋に通っているのだが、一度もティラミスを見たことがなかった。勿論、食べたことも。
なので、ずっと気になっていた。
何とかして食べたいと思った。
私は何としてもティラミスを食べようと、頑張ることにしたのだった。
学校が終わると、真っ先にケーキ屋へと向かった。私より早く学校を出た者はいない。私はケーキ屋に駆け込むと、真っ先にティラミスのある場所を探した。
しかし、ティラミスはやはり売り切れていた。私は、違うケーキを買って帰宅した。
月曜日から通うこと五回。どれだけ急いでもティラミスは売っていなかった。
やはり、学校が終わるような時間では駄目なのだ。きっと、近所の主婦達が挙って買い漁っているに違いない。
だから、休日である土曜日。私は開店と同時に店に行くことに決めた。
開店時間の少し前、私はケーキ屋の前に立っていた。私より先に入る客はいない。なら、今日こそは買えるはず――
開店時間が過ぎた。私は、高鳴る鼓動を抑えて店に入った。
――だが、やはり、何故か、ティラミスは売っていなかった。
「――ねぇ、おかしくない? あの店、いつ行ってもティラミスが売り切れているのよ」
その日の夕飯、私はそのことを家族に話した。
すると、母親が訝しそうな顔をした。
「ティラミス?」
「うん。ここ最近、買おうとずっと通ってるんだけど、一度も売ってないの。今日なんか、開店と同時に行ったのになかったのよ。これって、幾らなんでもおかしくない?」
母親の顔が更に渋くなった。
「……おかしいわねぇ。あたしも結構あの店には行ってるけど、ティラミス置いてるところなんか見たことないわよ」
一瞬、呆気に取られてしまった。この母親は、何を言っているのかと思ったのだ。
「そんな筈ないわよ。それこそ何かの見間違いよ」
「見間違いじゃないわよ。あの店にティラミスなんて売ってないわよ」
「私はこの一週間、ずっと通い詰めて見てるのよ? 見間違うはずないじゃない。お母さん、ボケてきたんじゃないの?」
間違いを認めない母親に少し腹が立った。だから、自然と声に嫌味が入っていた。それを聞いた母親は、あからさまに腹を立てた。
「馬鹿言うんじゃないよ。嘘だと思うなら、明日もう一度行って、よ〜く確かめてみてごらん。絶対に、ないから」
次の日、日曜日の朝から私はあのケーキ屋へと足を運んでいた。店に入ってすぐ、ショーケースを見渡した。
「――あれ?」
すると、ティラミスは本当にどこにもなかった。売り切れている訳ではない。ないのだ。スペースも、カードも、何もかも。
「すいません。ちょっといいですか?」
化かされているような気分だった。私はレジにいる店員を呼んだ。
「なんでしょうか?」
「この店に、ティラミスは置いていないんですか?」
私が聴くと、店員は何事もないような顔をして、
「――はい。ティラミスは当店では置いていませんが」
と言った。
END