<真逆>

 

 

 

 

 

 ――まただ。

 またアイツが俺のことを見ている。

 日曜日、喫茶店で由紀と待ち合わせをしている最中だった。

 こんな所まで、アイツは俺を追いかけてきた。

 よりによって、大切な由紀とのデートの日にまで――

 

 

――高校に入学して間もない頃だった。

 ストーカーに付き纏われるようになった。

 朝起きて家を出る時も。

 通学のために電車に乗る時も。

 学校の休み時間、友達とふざけ合ったりしている時も。

 時間や場所に関わらず、アイツはひっそりと俺の姿を覗き見ていた。

 そいつの名前は知らない。姿形は、気が弱くて暗そうな女に見えた。同じ学校でも、いてもいなくても変わらない、幽霊のような奴――それが、俺のアイツに対する印象だった。

文句を言ってやろうと思ったこともあったが、その度にアイツは巧妙に俺の手から逃げた。外見通り、影のように掴み処のない奴だった。

時には由紀と一緒にいる所を見せ付けたりもしたが、それでもアイツの行動は一切変わらなかった。休日、祝日関係なしに、一日中、俺のことを物陰から眺めているのだ。

由紀はアイツの存在に気が付いていないようだが、いつ、間違いが起こって由紀が危ない目に遭うかも分からない。

 我慢の限界だった。

 自分が追い回されるだけで精神的に参ってしまうのに、その上、由紀までが危険とあっては気が気でならない。

 窓から外を見てみたが、アイツの姿はどこにもなかった。また巧妙に隠れているに違いない――

 ――喫茶店のドアが開いた。

 ――そこからは、アイツの姿が。

 驚きと恐怖と怒りが絡まりながら一気に込み上げてきた。アイツはさも、偶然店に入った、という感じを繕おうとしていた。そして、こともあろうに俺のいる席へと向かってきた。

 この野郎――

 その様子を見ている内に、並々ならぬ怒りが胸の奥から湧き上がってくるのを感じた。俺は、無意識に拳を握り締めていた。

 ――こいつ、何を考えてやがる――!

ソイツは、心底吐き気がするような笑いを浮かべて、ついに俺の席に辿り着いてしまった。相手が何か言おうと口を開いた直後に、俺の怒りが理性を吹き飛ばした。

「ごめんなさ――」

「いい加減にしろ!」

 突然の怒号に一瞬で店の中が静まり返った。それでも、俺はその状況を汲み取れるほど冷静ではなかった。

「お前はなんで俺に付き纏うんだよ! いい加減にしろ!」

「え、なにを……言ってるの?」

「お前みたいな奴に付き纏われる身にもなってみろ! 二度と俺の前に現れるんじゃねぇ!」

 止まった時間の中に怒鳴り声が響く。ソイツは、何も言えなくなっていた。涙を溢れるのを堪え、何一つ喋らないまま一目散に店から逃げ出していった。

 清々した。恥ずかしい行動を取ってしまったが、長い間溜まっていた鬱憤が最高の形で晴らされたのだ。人前で怒鳴り散らしたことなど忘れてしまうぐらい、その静かな高揚感は心地の良いものだった。

 もう邪魔者はいない。俺の生活にも、由紀との恋愛にも。

改めて由紀を待とうと、再び席に着いた。そして最後に――決別の意味をこめて――、窓越しに走り去っていくストーカーの姿を見つめ――た。

 その瞬間、全てが凍りついた。

 我が目を疑った。

 泣きながら去っていく女の後姿。

 それは、紛れもない由紀のものだったのだ。

 そんな由紀とすれ違うアイツの姿が、俺の目にははっきりと映った。

「――まさか」

 俺は席から立ち上がった。急いで店から出ようとした。

 その時になってようやく気付いた。

 俺は動けなくなっていた。

 

 ――店の中にいた女が、全て『アイツ』になっていた。

 

 

END

 

 

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