<good days, old dream>
昼の日差しは優しく、そして時には鋭く俺の視覚を刺激する。体中に太陽の熱が篭り、自身が光になったかのような錯覚を感じる。屋上の日光浴は至極極楽、蝶最高だ。
「黒須先ぱ〜い、起きて下さい〜」
そんな気持ちよく寝ている俺の体を、何者かの手が揺さぶる。そんなソフトに触られると、違う意味で気持ち良くなってきてしまう。
「あ〜、あと五時間……」
「五時間も待ってられませんってば!」
「ひで子!?」
がら空きの俺の腹部に痛快にめり込むツッコミ、もとい踵落とし。俺の体はVの字に曲がった。
「ひで子って誰ですか……」
俺は仕方なくベンチから身を起こした。
「む、ミキミキではないか。何か用?」
美希はいつもの綺麗な花のような笑顔を咲かせ、敬礼をした。
「ミキミキです。皆が一生懸命作業している中、一人だけ寝ているチヌ野郎を起こしに参りました」
「むっ、そうなのか。ご苦労様」
俺も軽やかに敬礼。
「いえいえ。っていうか、他の方々に任せると、先輩が永眠しちゃうかもしれないので」
「それはありがたい。冬子なんかが来たら、寝てる間に首と胴体がセイグッバイしそうだもんな」
「うう……群青学院昼下がり首切り事件……」
美希は頭を抱えた。どうやら想像してしまったようだ。全く、想像力に富んだ娘っ子だ。
「将来はエロティマセブンだな」
「何かよく分かりませんけど、きょーしゅくです。それよりも、早く行かないといい加減わたしまで怒られてしまいそうなんですけど」
「そうだな。そろそろ俺の本気を見せとかないと」
「もう、その必要はないわ……」
突如、後ろから殺気と共に声が聞こえた。嫌な予感がする。
「は、はわわ……お代官様……」
美希は俺の後ろの何かと目を合わすと、脱兎の如く逃げ出した。
「お、おい。ミキミキ隊員、どこに行くんだ!」
「すいません、隊長ぉー。あっしは臆病者です〜!」
美希は俺の声に引き止められることもなく、アンテナの方へと逃げていった。逃げ帰るなり、霧に泣きついている。
気が付けば、アンテナの近くにいる皆が俺の方を見ていた。みみみ先輩、友貴、ラバ、お花ちゃんたち、曜子ちゃん……は、いないとして。
あれ?
あと一人足りない、よね?
もう一度、今度は指を指して数えていく。
みみみ先輩、友貴、ラバ、お花ちゃんたち――
――ザアァ。
「な、何だ!?」
数えている最中、突如、雨が俺の頭に降り始めた。だが不思議なことに、目の前の風景は快晴だ。
なんでこんな集中豪雨が?
…………。
……あ〜。なるほど。
一つだけ思い当たる節が。そう。こういう風にいつでもどこでも嵐を呼ぶことのできる人間がいたじゃないか。
勇気を振り絞れ。
後ろを向けば、いいんじゃない?
俺によって励まされた俺は、ゆっくりと振り返る。
「黒須太一ぃ……」
そこには、嵐の中に佇む伝説の剣豪、桐原冬子が。冬子はハラキリ丸の柄に手をやり、今にも刃を抜こうとしていた。
「いや、ちょっと落ち着こうぜ。な? 俺も心を入れ替えて――」
――シャキン!
俺の顔の一センチ手前を、ハラキリ丸が通過した。
「あんたがすうすう寝ている間にねぇ……」
「は、はい……」
「とっくに作業なんて終わってるのよぉ!」
冬子、爆発。
「あ〜れ〜! お代官様〜!」
俺は冬子の剣閃を転がるようにしてかわすと、冬子から逃げ出した。
「待てぇ! そこに直れー!」
「そんなことしたら、死んでまうやろー!」
何故か、大阪弁なツッコミ。
「痛みなんか感じないわよー!」
「やっぱり殺すんじゃねえか!」
なんて奴だ。警察がいなくなったからって、調子に乗りやがって。俺はこの無法痴態――否、無法地帯から生きて帰れることはできるのでしょうか?(ナレーション風)
俺は一直線に美希に向かった。お花ちゃんたちが叫ぶ。
「え、えぇ!?」
「な、何でこっちに来るんですか!?」
二人は動揺しながらも、俺(withハラキリ冬子)に背を向けて走り出した。
「俺たちは三人揃ってFlower’sじゃないか! 死ぬときは諸共だー!」
「一人で死んでください!」
「酷いなぁ〜、霧ちん。チミは僕の愛奴隷だろ〜?」
「いつ、誰がそんなものになったんですか!」
霧は手に持っていたペットボトルを、俺に向かって投げつけた。俺はそれを受け取り、蓋を開けた。
「霧ちんと間接キス〜」
「あぁ! 何をするんですか!」
俺がペットボトルに口を付けようとすると、霧が慌てて方向転換し、ペットボトルを取り上げようとした。
チャンス!
俺はペットボトルに手を伸ばした霧の腕を掴み、引き寄せると霧の後ろに回った。
「き、霧ちん!」
「ふっふっふ……止まれい、ハラキリ冬子よ」
「な、何をするんですか、放してください!」
霧が俺の腕の中でもがくが、俺は決して霧を放さない。冬子も俺が人質を取ったのを見て、足を止めた。
「この娘がどうなってもいいのかぁ?」
俺は霧の短い髪に顔を埋め、思いっきり鼻で息を吸った。イイ匂いだ。おなごのにほい。
「い、いやぁ……」
「セ、セクハラ魔人だ!」
美希が声を上げる。美希は近くにいた友貴と桜庭に駆け寄った。
「島先輩、桜庭先輩。黒須先輩を止めて下さい〜!」
「この前の格闘技、N-1とDynamites!?どっち見た?」
「おれはN-1だ。やはり、魔鎖斗の試合は見逃せなかった」
「き、聞いてないし……」
美希は頭を抱えた。アイツ好きだな、あのポーズ。
「ふふふ……俺に手を出そうとしてみろ。可愛い後輩がセクシャルでハラスメントでヘヴンへドライブだぜ!?」
「…………」
冬子は答えない。目許が何故か影で覆われていて、怖い。
「そうか。脅しだと思ってるんだな……俺がどういう人間か忘れたようだな」
俺は下卑た笑みを浮かべながら、霧のスカートへと手を伸ばした。
「ひ……っ」
霧の体が強張る。
「いやー、わたしの霧ちんがー」
美希が悲鳴を上げた。上げたが……。
「……なんで、棒読みなん?」
「いや〜、あっしとしても、霧ちんの濡れ場はちっと見たいかな〜、って……」
「でも、さっきは助けを求めてなかったか?」
「それは都合のいい体裁というか、なんというか」
あ、そうですか。
それなら期待を裏切るわけにはいかないな。
「――っ! 美希の裏切り者〜!」
霧が一層力強く暴れた。が、俺は決して霧を放さない。
「ふへへ……苦しゅうない、苦しゅうないぞ〜」
俺の手が霧の太ももへ。
「おー、いいアングルですな〜」
美希はいつの間にか俺たちの前に回りこみ、ビデオカメラを手にしていた。
ナイスだ、美希。
「ミキミキ一等兵! 後でテープをダビングしてくれ!」
美希は無言で親指を立てた。
「み、美希ぃ! 後で覚えておきなさいよ〜!」
霧は目尻に涙を浮かべていた。
「それでは、霧ちんの可愛いしましまぱんつぃを拝むとしましょうか」
「しましょう、しましょう♪」
最早、俺の目的は変わっていた。目の前に冬子がいることも忘れ、霧のスカートを捲り上げるのに夢中になっていた。
「おおぉ……いいぞ、あと少し……」
親父のような台詞を、美希が呟いた。
俺の手が、霧のスカートの裾を掴む。
「や――」
「さぁ、ご開帳〜!」
手に力を込めた。一気に上に上げる。
「……あれ?」
俺の手は、霧のスカートを掴んだまま動かない。
おかしい。どうして上がらないんだ?
何度も上げようと力を入れるが、霧のスカートはまるで鉄のように、ピクリと動こうともしない。俺や美希は勿論、捲られるはずである霧も、不思議そうにスカートを見ていた。
「な、なんで……?」
「教えてあげましょうか?」
今までずっと黙っていた冬子が、口を開けた。
「これはね。ハードが違うの」
「ハード?」
なんのこっちゃ。意味が分からん。
「これはね、抑止力なの。家庭版でそんないやらしい表現なんか、できないのよ」
「っ!?」
ま、まさか……!
「ト、トゥーザオールピーポー……!」
冬子がハラキリ丸を抜いた。
「その通り。あんたは佐倉を人質に取った時点で、既に負けていたのよ……」
冬子が一歩踏み込む。それに合わせるように、俺も一歩下がった。
「それにね……」
冬子の腕がぶれる。瞬間、俺の前髪がはらりと落ちた。
ば、馬鹿な……腕の動きが見えなかった……!
「人質なんか取られてもね、あんただけを斬り刻むなんてワケないのよ」
「くっ!」
恐るべし、ハラキリ抜刀斎!
もう、この人質は役に立たないか。
俺は霧を冬子に向かって突き飛ばした。
「きゃっ!」
冬子が怯んだ隙に、俺はみみみ先輩に向かって走った。
「みみ先輩、助けてください〜」
みみみ先輩の体に泣いて(嘘泣き)縋った。
「…………」
……?
みみみ先輩の顔を見上げる。眼鏡が光を反射していて、どういう目をしているのかよく分からない。
「……み、みみ先輩?」
みみみ先輩は無言で右手を俺に突き出す。
親指を立てて――、
――逆さに落とした。
「女の子にイタズラするなんて不届き千万。一度、その煩悩を桐原さんに斬ってもらうといいでしょう〜」
「何故にお告げ調!?」
これが神の意思だとでもいうのか!?
てゆーか、斬られるのは煩悩だけじゃ済まないだろ! 煩悩抱えた頭ごと真っ二つだ!
冬子が近付く。俺のピンチだというのに、曜子ちゃんの姿は現れない。なんて役に立たないヒーローなんだ。いつもはどうでもいい時に限って出てくるというのに。
「ミ、ミキミキ一等兵! 俺とキミは兄妹の契りを交わした仲じゃないか!」
笑顔満開の美希。
「そんな契りはしてませんし、霧ちんのパンチラすら見せてくれない先輩なんて役に立たないので要りません」
そ、そんな笑顔で酷いことを!
「と、友貴君に桜庭君!」
俺は二人の姿を探した。やはり、最後に頼れるのは親友だ。
「でさ〜、そこで朱仄がさ〜」
「ああ、あれはあまりにもあっけなかったな。残念だ」
だが、親友達は俺のことなど露知らず、二人で談笑に花を咲かせていた。
「この状況を無視かよ!」
大晦日の格闘技の話なんてしてんじゃねぇ! ってか、いつまでその話してんだ!
「今度も多分負けるんだろうな〜(米笑)」
「だろうな(米笑)」
「(米笑)じゃねぇ!」
俺の友情、崩壊。
「そろそろ覚悟は決まったかしら?」
冬子が近付いてきていた。
「なぁ、冬子。何で俺たちこんなことになったんだっけ?」
恋愛ドラマの主人公のような口調。
というか、元々俺たちは何をしていたんだっけ?
「そんなことどうでもいいじゃない。どうせ、ここであんたは死ぬんだから」
「そ、そんな時代劇みたいな!」
「覚悟!」
「俺たちやり直せないの〜!?」
「無理に決まってんでしょ!」
冬子がハラキリ丸を構えた。切っ先が太陽光を反射し、俺の瞳に差し込んでくる。
ああ。俺、死ぬのかな。
その光は異様に眩しくて。俺の意識は光の中に飲まれていった――。
◇
気が付けば夕方だった。俺は再びベンチで眠っていた。起きて屋上を見渡すが、屋上には誰もおらず、完成間近のアンテナが悠然と聳え立っていた。
そうか。そういえばあと少しだった。
もう大分、作り方も板についてきた。今では友貴の力を借りずとも配線は繋げられるし、重い資材も一人で持ち上げることができる。
そういえば、今日は何曜日だったか。土曜日か。
明日は祠に行かないとな。
俺は背伸びをした。屋上の扉を開ける。
今日の晩飯は何にしよう。カレーライスでも作ろうかな。そういや、いつだったか冬子と食べたことがあった。今では懐かしい思い出だ。
「よし。今日は思い出に浸りながらカレーライスと洒落込みますか」
一人で食べるより、皆で食べた方がきっと美味しいだろう。
今夜は、賑やかな夜になりそうだった。
END