お望みとあらば、
  
   笑いものをご覧入れましょう




   そして 




   笑いものを交換しましょう。




   だって、我々は違うものでありながら、

      お互いを入れ替えて 

   生きて続けて、死ぬんだから。














 あたりを見回してそっと非常口の扉を開ける。  出た場所が高い階の所為か吹き付ける風が  全く一定ではないように吹きこむ。    正直高い所なんて怖くて仕方がないが  それでも、逃げるならそんなこといってられなかった。  とりあえず、持ち物一式を抱え込んで勢い良く  階段を駆け下りる。  建物のつくりが少し変わっているせいか、     広がる世界はいつだって見ていた世界なのに  それでもまるで未知で全く知らない所に思えた。  
  ◆        ◆    ◆        ◆    ◆        ◆    ◆        ◆  ◆ 十 一 番 目 の 道 化 師 ◆   ◆        ◆    ◆        ◆    ◆        ◆    ◆        ◆ 
窓の外ではいつも以上に騒ぎが聞こえた。 それもそのはず、私は私の一生に関わるイベントをドタキャンしたのだから 「で?…君は両脇に階段もないところからどうやって、  ここのテラスへやってこれたのかな?」    逃亡計画は一気に幕を閉じたと言っていい。  それが成功か、失敗かはわからないが。  非常階段を駆け下りていた私は、後一歩のところで知り合いに遭遇した。 平然とした態度を取っていればよかったのに、どうしてもそれができず 思いっきり逃げてしまい、追いかけっこが始まり、来た道を逆走して階段を 駆け上ったが、本日会場の用意をしていた業者が道をふさいで通れなく なっていた。  そこで腹をくくり、非常階段の手すりの上に立って隣のホテルのテラスに飛び移り、 ロッククライミング。後はひたすらテラス沿いに横に移動していったのだが 三つ目か四つ目のテラスに飛び移ろうとした所…。     ガッツ  テラスにいた人に思いっきり、エルボーを食らわせてしまった。  流石に打ち所が悪かったらしく  倒れたまま動かなくなっていたのでこちらとしては慌ててた。  そのところに、 「ルドルフ?どうし…」  部屋から一人誰かが出てきた。  黒スーツに蝶ネクタイをしめ、そして… 「君、どこから…?」    太陽の塔のような仮面をしていた。 「それに、君…」 「もうええやん、ユージーン」  延々とお説教が続きそうな予感がしたがそれは不運にも 自分の巻き添えを食らった男によって止められた。  いや、男と言うより…。 「わざとやないんやし」  腹話術によって動かされた人形が、と言うべきかも知れない。  その人形は3歳くらいの子供の大きさで道化師であった。  人形を操っている男も黒いスーツに蝶ネクタイをしている。  髪は茶色で長さは長いとも短いともいえず、纏めようにも中途 半端な長さで不可能らしい。  眼鏡かサングラスか良く解らないものをかけているので 目の奥は反射して見えない。 「わざとだと凄いね。一体何処の刺客だい?」  ユージーンと呼ばれた仮面の男は肩をすくめてお手上げポーズをとる。 「富士ーはらきりーちょんまげ-てんぷら-にんじゃー」  道化人形は昔の外国人にある、誤った日本文化を並べ始めた。 「ハロルド、せめて文章にしてから言ってくれ」  人形を操っている男がハロルドと言うのかと思ったら ユージーンは人形のほうを小突くと、人形を操る男へと顔を向けた。 「で?ルドルフ、君は大丈夫かい?」  ルドルフと呼ばれた眼鏡(?)男の方はわずかに両眉を上げただけの 反応を示す。 「ま、平気ならいい」  道化師人形を操っていると言うよりもその人形自体が話をしているように みえた。  もし、後ろの男が見えなかったら多分小さい人でも入ってるのでは ないだろうかと疑ったろう。 「そや、ユージーン!俺な、今日仕事終わったら忍者見に行きたいネン! 何処に言ったら見れるんやろ?」 「ハロルド、忍者って言う職業は今はないよ。 確かに忍者の末裔の話は聞いたことあるし、後継者を探してるって言うので 人材募集してたのも事実だけど…それでも、滋賀とか、三重に行かないと…」  不思議な会話が繰り広げられている。  流石は外人だが、妙なことに全て日本語で執り行われている。 「…どうして、二人ともそんなに日本語上手なの?」  もしかして日本人? 「何?英語で話して欲しいん?やってユージーン」 「そりゃ構わないよ。お嬢さんに俺たちの会話の内容が 解らないだけだし…とその前にまだ幾つも質問が残ってたね。 じゃぁ、ご希望どおり、日本語以外の語学で…well...」 そう言っていきなり英語で色々話し始めた。 「やめて!日本語以外で聞かれても解らないわ!!」 「ドイツ語が良かった?」  急に日本語に戻すユージーン。 「ドイツ語なんてしゃべられるン?」 「冗談。ドイツ人に馬鹿にされる程度しか無理」  guten tag とけらけらと声を上げながら笑った。 「フランス語は?」 「それもフランス人に鼻で笑われる」 「例えば?」 「オスクール、パッヒュメッ」 「なにそれ?」 「助けて、匂い」 「意味わからんわ」  完全に意味のわからない漫才になっていた。  これだから外人は…!!  しかし、それにしてもこのふたり。  怪しい…。  何が、と言われると、やはり格好がとか、仮面がとか色々。  本来見た目で人を判断してはいけないのだが  どうしても…。 「で?お嬢さん、さっきの話の続きだけど…」 コンッコンッ  部屋の扉を叩く音。  一瞬、仮面の男と道化人形使いがお互いを見合わせると ユージーンが扉に近づいた。 「はい?」 「すみません、警察のものなんですが」  思わず小さく唸ってしまった。  それに気がついた人形遣いの男と目が合う。 「…あ、あの…」  人形遣いの男は一瞬、道化人形を持っていない 手で言葉を遮り、すぐさま私の背中を押して部屋からテラスへ追いやり 窓を閉め、片方だけカーテンを閉めようとした。 「え?あの…」 カーテンを締め切る瞬間、人形遣いは自分の口に指を一本立てて、わずかに笑った。  どうやら、部屋に入ってきたらしく、途切れ途切れに会話が聞こえる  仮面をつけたまま、仮面の男はくすくす笑いながら何かを話している。   聞き取りにくい所を見ると、もしかして英語で話しているのかもしれない。  入ってきた男がなにやら困ったような顔をしながら賢明にゼスチャーで伝え ようとしている。  さっきまで自分に対して使っていた日本語を使えばいいのに…。  暫くして警察を名乗った男は出て行き、  自然な程度に閉められたカーテンと窓を今度は仮面の男が開けた。 「えーと、名前は十條 江璃さんでよかったかな?」  頷くだけの返事をすると、仮面の男は頷いてどうぞと部屋の中へと促した。 「"となりのホテル会場から女の子がこちらのホテルに飛び移りまして" って言われた…お嬢さんのことだろ?」  くすくす笑いながら、随分かっこいいお嬢さんだなと言った。 「ねぇ、どうしてかくまってくれたの?」  ほとんど通りすがりの人間で、おまけにルドルフに怪我までさせた人間を。 「ルドルフとハロルドが君を隠したから。否定しようとも同罪だからさ」  人形遣いを見ると、彼は僅かに困ったように眉毛を下げ、 ハロルドと呼ばれた道化師人形は 照れたように右腕を頭の後ろに回した。 「それとも、差し出して欲しかった?」  仮面の男は、もしよろしければ外にまだいるだろうからどうぞと 手を扉のほうに向かって広げた。 「それにしたって、無茶やるお嬢さんやな、危ないで」 「だって…今日しか、無理だと思ったから…」 「ここは13階だろ。一歩間違えば…とか、それは考えなかった? そんなに逃げたいことだったのかな?」  相手の話し振りはまるで、小さい子にモノを尋ねる大人のようなものに近い。 顔が見えないので年齢は解らないが、ルドルフと呼ばれた人形遣いを見る限り 間違いなく自分よりは年上だ。 「納得がいかないんだもの…」  こちらの表情は相手にわかるのに相手の表情は全く伝わってこない。  それがどうも納得いかずにせめてもの抵抗と思って下を向いて呟いた。  しばらくして、すぐ前からため息をつかれたのが判る。 「婚約発表会が?それとも婚約が?」 下に向けていた顔を 表情の読めない顔に向けてしまった。 「…どうして知ってるの?」 仮面の男が笑ったのがわかる。  さっき来た警察の人間がそれを言ったのだろうか。 「仕事ですから」  白い手袋をはめた両手をこちらに提示して裏表をひらひらさせると ぐっとその手を握った。 「さぁ、どっちだ?」  声の音を聞くだけならからかいの様子を感じたが、あえてそれに気が付かない フリをして左、と答える。 「はい」  左の手を広げると、小さなメモ用紙が手袋をはめた手に乗せられていた。  仮面で隠された男の顔を見上げると、彼の両肩が僅かに上がり、 どうぞ、と促された。  小さなメモ用紙を彼の手から受け取り広げる。 「お嬢さん、自分の婚約発表パーティーのパンフレット、貰わへんかったん?」  ユージーンの代わりにハロルドが言った。  手の中にあるメモは、本日の婚約パーティーのパンフレットの一部だった。 「我々道化師一同、本日十條家、及びその婚約家のご依頼を受け参上いたしました」  ユージーン、ハロルドとルドルフは大げさに両手を広げお辞儀をした。 「申し遅れました、俺の名は、ユージーン」  小さなメモを持ったまま、硬直し動けないのを放置されつつ、自己紹介が始められる。 「俺はハロルド、こっちはルドルフ。よろしゅーたのんまっせ」  ルドルフや、ユージーンが匿ってくれたおかげで完璧に逃げれたと思ったのだが、    これは…、一番まずい所に来たのかもしれない…。 BACK     next→