vanish like a dream








――結局、俺はあんな戦い方しかできねぇし。



 関東大会一回戦が終了したばかりの試合会場。
 青学と氷帝の死闘が演じられたコートの観客席に、前のめりのまま 腰掛けた跡部の姿があった。先ほどの勝利の余韻に浸っているわけではなく、そうかと言ってその戦い方に悔いが 残っているわけでもない。ただ、身の内に放熱しきらない疼きを持て余して、他のメンバーから一人離れてこの場に いた。
 未だ昼間の余熱が冷めやらないここに居座ったところで、頭が冴えてくるとは思えないが、身体的なものより 心のクールダウンといった感じだ。
 その姿に気づいて立ち止まる姿があった。不動峰中の主将、橘。自身の試合のため、 世紀の試合を見逃したことから、何気にこのコートに足が向いた。もう一人、別の感慨から出向いてきた選手がいる。 王者の風格がこれ以上似合うキャラも他には探せない、立海大副部長真田だ。
 橘の姿を最初に認めた真田が声をかけた。
「橘。何をしているんだ」
「あぁ、あんたか。いや、跡部のヤロウ、エラく黄昏てるなと思ってな」
 指差す先に氷帝軍団二百人を率いる男がいる。だが遠目には橘の言うとおり萎れているように見えた。 真田の瞳が不審も顕わに引き絞られる。
「いい試合だったんだってな。跡部、手塚戦。歴史に残るだの、事実上の関東決勝戦だのと、みんな絶賛だったぜ」
「いい試合、か」
「へぇ、王者の目にはそうは映らなかったと?」
 思うところがあってか、言葉を濁した真田に構わず橘は続けた。
「タイブレークのスコアを見て目を疑ったぜ。まるでラクビーかバスケのスコアじゃねぇか。あの二人のことだ。高い ポテンシャルを保ったままで戦ったんだろ。周囲が固唾を呑んで見守ったってぇのも容易に想像できる。まったく、 惜しい試合を見逃しちまった」
 ふんと一つはき捨てて真田は今一度跡部の後姿に視線を送った。



 練習中や試合でのハイテンションはなりを潜め、普段の跡部は存外思慮深い男だ。勢いだけで相手の弱点を 掴む眼力は養えないし、発揮もできない。
 試合とは勝利するために総てのプレーヤーが尽力する。だからあの場合、 つけ込む隙を与えた手塚に非がある。方法は間違っていない。だが持久戦に持ち込む試合運びをするなら、それはスタミナ に問題がある相手選手への戦略だったのではないか。その方向性に跡部が苛立っているのだと真田は思った。
「手塚の腕をへし折る勢いで挑んだ試合だ。勝利したところで気が昂ぶってどうしようもないのだろう」
「別に後悔はしてねぇんじゃないの」
「それは手塚も同様だろう」
「一旦コートに入ったら卑怯もヘチマもないだろうし」
「あぁ、それもひっくるめての試合巧者だ」
「なぁ、あんたなら手塚攻略をどう考える?」
 さやと流れた少し冷えた風。隣の男は視線を前方に遣ったままで、その答えを強要する素振りは見せない。 だから真田もひとり言のように続けた。
「バックが弱いだのロブが浅いだのと、あからさまな弱点を持っている相手ならいざ知らず、全国に名を馳せる プレイヤー相手にピンポイントな攻略法など存在しない。自分のテニスを貫く。それでねじ伏せる。あとは試合中に 対応を迫られるだけの話だろうが」
「優等生的な答えだな」
「ならばおまえならどう攻める」
「初っ端から手塚ゾーンをぶっ潰す」



 真田はニヤリと口の端を上げた。
「橘。おまえは一つ失念している。おまえたちが青学と対戦する可能性はないということだ。まず、準決勝でうちと 当たるのだからな。手塚攻略は考えるだけ無駄だ」
「勝負は時の運。あんたのその矜持の高さを、準決勝でぶっ叩いてやる自信くらい俺にだってあるんだぜ」
「裏づけされた自負であることを祈るばかりだ」
 つまらん相手とのつまらん試合などに、割いている時間はない、と王者は吐き捨てた。そんな真田に一瞥を与えて 橘は続けた。
「手塚がかける微妙な回転を利用してヤツの逆をつく。スライスさせるか、それともカットさせて変化を変えられる か……」
「基本的スタイルを崩して心理的優位に立とうという算段か? それだけであの鉄面皮が揺れるのかが見ものだな」
「動揺する様を見せる可愛げはないだろうな。けどよ、手塚は自分から仕掛けるタイプじゃないが、いつだって 主導権を握って試合をする。すべてアイツの範疇の中なんだ」
「たしかにあの試合もそうだったな。跡部が確実に握っていた主導権は、いつの間にか手塚に移行していた。 決定打も決め技も軽くいなす。跡部の思惑のさらにその上をいく。手塚ゾーンは思った以上に懐が深かったようだ」
「そのようだな。まぁ、なんだ。初戦敗退のヤツの弁を聞いてみたい気もする。ちょっと揶ってみるか」
 あんたはどうする――と視線で訴えられた。真田の返答を待たずに橘はぐるりと観客席を回って行った。
「酔狂な輩だ」
 それになぜか真田も従う。



 二の人男の出現に跡部は煩さげに顔を上げただけだった。人を寄せ付けないオーラ発散中の跡部を見守るように、中学超級 のパワーを誇る二年が距離を置いて控えている。その他のメンバーの姿はなかった。
「何の用だ」
「無敗の男に一敗地をお見舞いした感想を聞きに来た。そう邪険にしなさんな」
「ヤツの状態が万全じゃなかったって言いたいんだろうが。回りくどい嫌味には反吐が出らぁ」
「おやおや、ご謙遜を。だが、そこまで追い込めたのも実力のうちだと、今も真田と話してたところだ。 見事だったんじゃねえの」
「手塚の情熱とやらを読み違えた」
 跡部は両方の掌を見つめながら続けた。
「試合時間を気にして焦って攻め急ぐ。よくよく考えりゃ、アイツがそんなチンケな策に乗るようなタマじゃねぇよな。 だがよ、俺はその攻撃に転じた手塚と試合したかったんだ」
 跡部の苛つく理由はその辺りにありそうだった。
「なるほどね。聞いていて思ったんだが、仮によ、跡部の挑発に乗ったとして、百パーセントの確立で手塚が負けるなんて 保障はどこにもねぇんだ。試合展開なんざ、どう転ぶか分かったもんじゃねぇ。だったらよ、あの場合試合時間のことも 考慮に入れて、跡部に煽られてもよかったんじゃねぇの。そこんとこどうなんだ、立海大副部長さんよ」
「それは違うな。それこそ心理的優位というやつだ。確かに跡部の範疇で我武者羅に戦ってもよかっただろう。 だが、手塚はそれを踏まえた上で自らのフィールドを作り上げて、持久戦に賭けた。跡部の思惑を外す。それだけのことで、 勝利の確立は僅かでも上がると読んだのだろう」
「自分の状態には目を瞑ってか?」
「あの試合を続けて肩がイカレるかどうかは、やってみないことにはだれにも分からん。ヤツはイカレない 方に賭けた。途中から激痛に襲われたとしても、ラストの零式までもっていれば勝利していたのだからな。意外と 博打打ちの片鱗があったと いうことだ。氷帝戦さえ乗り切れば、己が不在でも、全国の切符が手に入るとまで計算したかどうかは疑問だがな」
「何にせよ、手塚はしばらく戦線離脱だ。関東の決勝にも間に合うかどうか」



 まだまだ風は生暖かい。跡部が伏せ気味だった視線を少し上げると、その先には何時までも同じ場所を動かない樺地が 佇んだままだった。何も口を挟まない。気遣うふりもしない。ただそこに居る。命令という名の束縛。服従という名の 拘束。何の配慮も意に介することもなくつれ回し、それでもヤツはそこに居た。
 顔は上げているべきだと――気づかされた。いつもの俺に戻ると。
「ところでおまえら、何の用だったんだ?」
「別に用なんかねぇよ。ただ、手塚の無敗にケチをつける役目は俺だったのに、と思ったら足が向いた」
 多分この御仁も同じだぜ、と橘は真田を指差した。
「けっ、そりゃ、ご愁傷さまだ」
「関東が無理でも全国がある」
 俺たちにはな、と橘は口の端を上げた。そんな冷笑も悠々とかわせる余裕も出てきた。 「結局それが言いたかったんだな。ムカつく野郎どもだぜ」
「おまえにだって機会はある」
「あん?」
 ざけんなよ、と跡部の眉がこれ以上ないというくらい寄る。しかしそれを受け止めた真田の視線も真摯だった。
「機会はあるだろう。来年も去来年もその先も。次は手塚だけでなく学校ごと叩きのめす貴重な機会が」
「分かったような口利くんじゃねぇ。何時までも余裕ぶっこいてると、手塚不在の青学に敗退する憂き目を見るぞ。 そのときは高笑いしてやっからな! 樺地!」
 佇む他校の二人を押しのけた。少し遅れて樺地の声が聞こえた。跡部は振り返ることなく片手を挙げてその場を立ち去る。 あとに残された二人もそれぞれの方向へと進む。
 その場には巻いた風の軌跡だけが残された。

end





アニプリ見てたら書きたくなった第二弾。
どうにもこの副部長は 理屈っぽ過ぎます。こんなに丁寧に解説しないでしょ。乾先輩にすればよかったかな?でも乾先輩まだよく 分からなくって。
どうにかして手塚も交えて四者会談に持ち込みたかった んですが、試合後はさっさとお医者に行って頂きたかったので、姫不在。
結構、真田と橘の会話って 好きなんですよね。
でもこれ、微妙に樺×跡入ってない?