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epilogue
晴天に恵まれた全豪オープン初日。
男子シングルス一回戦、第一コート。
歓声が一際高く沸きあがり、セットポイントをコーナーギリギリのノータッチエースで
決めたその日本人プレーヤーは、ニコリともせずにネットに詰めた。
格下の東洋人に翻弄された相手選手はネット越しに
何か賞賛の言葉をまくし立てているが、適当な相槌で挨拶を済ませた。
英語が通じないと誤解されれば勿怪の幸いと
ばかりの態度だった。
そのまま素っ気無い態度で身づくろいを済ませると、早々に控え室へと引き上げた。
手塚は試合後のケアとミーティングを申し出るコーチを制して、一式だけ持って控え室を出た。
出場選手用の室内練習コート。
一方的なスコアで勝利したもののサーブのコースが気に入らない。ストロークもぶれている。
決め球を拾われたと微調整に入った。
鉄は熱いうちに打てではないが、修正は体が覚えているうちに行ってしまうに
限るとばかりだった。
コート内に黄色いボールが溢れかえり、ラケットを握る手が少し緩んだその束の間、手塚は背後に佇む人影に
漸く反応した。もうかなり前から気づいていた。それでも振り返ることなく練習を続けた。得心いかず休息
するのを許す人物でもない。それを互いが理解していた。
軽く上がる息を弾ませて手塚は佇む男、真田を振り返る。
別れたままの静かな瞳だった。あの日あれ程遠かった真田が手の届く傍にただ佇んでいる。一歩近づき躊躇い、
怖気づいて更に近くなった。そういう心の帳を真田は斟酌しない。手塚が踏み込めない垣根をいとも簡単に
飛び越えてくれた。
「初戦突破おめでとう。しかし、おまえらしい。試合後即こんな所にいるとは。満足のいかないプレイではなかったと
思ったがな」
手塚はタオルで汗を拭い呼吸を整えてから、コートに散らばるボールをラケットで掬う。その動作を真田はじっと見ていた。
「もうあの家には帰ってこないと思って、おまえが残した荷物は実家に送ってやったぞ。感謝しろ。渡豪を前に結構な手
を煩わせてくれたな」
吐き捨てるようなぶっきら棒さに苦笑が漏れた。彼の意図を的確に読み取って最良の対処をしてくれた。容赦なく
崖っぷちへと追い込む。全身をかけて守ってくれた大きな両手はもうない。
済まないとつい本心からの言葉が零れた。それに反応して真田の眉根が、
手塚の知っているどの場面よりも深く寄せられる。
「越前のヤツには感謝の言葉で、オレには謝辞か。解せんな」
「越前に会ったのか?」
それには思い切り肩を竦めた真田の言葉が返った。
「あのヤロウ、聞いてもないのに、おまえとの会話の一部始終を実況中継しやがった。越前の最後の科白とやらも丁寧に
拝聴仕ったさ」
あれで宣戦布告した気でいるから笑わせると、口の端を上げた。
「これから始まる越前の猛攻とやらが見ものだな。自分で蒔いた種だ。育てるなり掘り起こすなり、一人で対処しろ。
おまえは俺とテニスを同列で扱って、テニスを取った。俺の掌では狭すぎると羽ばたいた。今度どこへ着陸する気かは
知らんが、おまえを待つような真似はしない。舞い降りてきたくば、今度はおまえの方から探せ。俺も勝手にさせて
貰う」
それも愉快かも知れんと見惚れるような笑みが零れた。
揺らぐ。足元から。懸命に堪えたものが崩れそうになるのを耐え、きりっと口元を横に引いた。
「おまえこそこんな所に居ていいのか。すぐに試合だろう」
「だからここへ来た。そうしたらおまえが先に居ただけの話だ。折角だからアップに付き合え」
言葉と共にジャケットも脱ぎ捨てて真田はラケットを構えた。そこには他の感情の入る隙などない。真田の性格にも拠るの
だろうが、こういった場合斬り捨てられた方が得てして潔い。つけた踏ん切りの境界線を、朧にさせている自分の煮え切らなさ
を吹っ切れるのか、真田の足元にサーブを叩き付けた。難なくそれをリターンされる。
クロスへストレートへ。脇を抜き頭上を越えて互いが互いを翻弄する。インパクト音と次第に荒くなる呼気だけが溢れる
空間。正面からぶつかり合い、肩先を掠め、重なり合う。
彼らとの出会いを誰に感謝すればいい。
まずこの手に存在するテニスに。
愛した自分に。
愛された自分に。
そして、より大きな懐を広げた羽根の元。
殻を破り孵化を遂げた少年たち。
濡れた羽を痙攣させて広げよう。
end
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ど、どこがリョ×塚なんだ? 強引王子が結構お気に入りで始めたのですが、こんな扱いで
申し訳ない。きっと真田がいないお話で純粋なリョ×塚をリベンジしたいと思います。(希望)
結局お約束の展開で申し訳ありません。一度別れさせてその後手塚の方から希う展開を希望したんですが、
これではスパンが短か過ぎ。リョーマ出番なさ過ぎ。(苦笑)
それにしても、彼らを少年と呼ぶ私って……。
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