前から不思議に思ってたことが一つあるんだよね。 あ、ども。俺が立海大附属の二年生エース切原赤也ッス。 自称じゃないよ。周囲にも認めてもらえてるからね。実力者揃いのうちで、この呼称が 与えられるんだから、我ながら凄いと思う。 うちの学校強いよ。何せ二年連続全国制覇だからね。中学テニス界じゃ知らない者はいないんじゃない。 校風は堅っ苦しのかおおらかなのか、上下関係ウザイっていうより実力主義で、その強弱のはっきり したところは弱い者にはきついかな。 一旦練習ってなると吐くまでさせるの好きだし、容赦なく殴られるし、一昔前の暑苦しい体育会系を 地でいってる。 でも、その勝利に向けて貪欲なのが気に入ってるところ。 そうでなきゃ、二年の俺にエースなんて名乗らせないよ。先輩後輩に煩い学校ならね。 そうだな。そんなに不満はないけど、OBとの交流も盛んで、暇があれば練習を見に来るとこ。 附属だから高校は同じ敷地内にあるから出入り自由。結構ウザイ。 恒例なんだけどさ、あれ止めて欲しいよ。 まぁ、高校生を 叩くいいチャンスだし、何人もの相手と連続して試合できる貴重な機会だけど、 試合の前にきちんと挨拶しろだとか、終わったら一言頂きに行けだとか、そのあたりあの人は煩い。 この俺に負けた相手に何アドバイス貰えばいいのさ。OBもちったぁ困ればいいのに、負けたくせにエラソウに 講釈垂れるんだ。 やってらんないよ。 同年代で俺に勝てる相手は限られてんの。そう、あの人とかね。 けど、向上心があるなら、誰の話でも聞けるだろうって、言われる。 そんなうちだからさ、練習試合だの、合同練習だのって名乗り上げる学校は幾らでもあるわけで、 引く手数多? 選り取り見取り? お相手には事欠かない状態なのに、なんか多いんだよな、柿ノ木中。 柿ノ木中だよ。全国区でもなんでもない。聞いたことないッスよ。 大した選手いないから練習にもなんないし、準レギュラーでも余裕じゃん。 はっきり言って時間の無駄。 部長たち、一体何を考えてるんだろ。 一年を出してうちの底上げでも狙ってるのかなとか、格下の相手にも隙を見せない精神的 修練かなとか、移動疲れも考慮に入れてるのかなとかって勘ぐるぐらいで、きょうの練習試合も 大した成果はなかったと思う。これならあのウザイOBたちとやってる方が全然いいって。 あんまり不思議だから帰りのバスの中で聞いてみたんだ。 「ねぇ柳先輩。柿ノ木となんか裏取引でもしてるんスか?」 「裏取引?」 いつも瞑目してる不思議な先輩がちょっとだけ眉を顰めた。 よくこれでテニス出来るよなって思うけど、見えてるみたいだ。この人も相当強いから。 「だっておかしいッスよ。あんな学校と百回練習試合したって、うちのためになんないよ。 何か裏金でも動いてるのかなって」 「そんな陰謀めいた話が実際にあるものか」 「じゃあ、どうして」 重ねて聞く俺に、分かりにくいかも知れないけど、柳先輩の表情がちょっとだけ揺らいだ気がした。 何かあるな。 直感でそう感じた。 ここで追求を緩めるほどお人好しには出来てないんだ、生憎。 「納得いかないッスよね。他のメンバーも言ってますよ。俺たちはもっと強くなりたいんだ。こんなところで 時間の浪費してる暇はない。みんなの不満が貯まって終いには爆発しても知りませんよ」 「そうか、みんなが。あれは弦一郎が――」 「副部長?」 いや、と柳先輩はさらに言い淀んだ。板ばさみっていうか、とにかく分かりにくいけど、 困惑してる感じ。 立海大の影の支配者の名前が出て来て、やっぱりなと思った。 「副部長が決めてるんスか? 柿ノ木との練習試合。なんでまた。あんな合理的な人が」 疑問形だけどあの人が首を縦に振らないと立ち行かない所あるから、うちって。それが分からないほど 俺は世情に疎くない。 ただ、理由が分からない。 「副部長の意図はどこにあるんスか? 理不尽なことはしない。しごくなり殴るなり、きちんと理由が ある人なのに」 そう言えばと俺は車内を見回した。 副部長がいない。 いつからいないのか。気づきもしなかった。 察した柳先輩が答えを先回りしていた。 「あいつは別行動」 「はい?」 どこへ行ったんスかってしつこく聞いても、それ以上先輩は答えてくれなかった。 いいよ、別に。そっちがその気なら、こっちも勝手に探り入れるからね。 興味あることには執念深いんだ、俺って。 次の日、部室に顔を出したら、時間に余裕があるのか、先輩たちはビデオを見ていた。 去年の関東大会の試合らしい。 どうせなら全国の決勝戦でも見ればいいのにって聞くと、当面の敵は関東の強豪だって返された。 確かに言えるかもって思ったから俺も覗き込んだんだ。 「何処との試合? あぁ青学か」 「関東で要注意なのは青学の手塚と氷帝の跡部だからな」 当然だろうと言い放ったのは、腕組みをして椅子に体を預けた貫禄体勢の真田副部長だった。 この年でこの格好が似合うって、どんな将来がこの人を待ってるのか、心配するのは俺だけじゃないと思う。 とにかく、右に出る者はいない、うちの場合。 っていうか。全国何処へ行っても。 「三年の先輩が二年の手塚に一敗した試合だ」 くふんと生返事をして俺はビデオの中のプレーヤーの動きを目で追った。 遠目から撮影されたカメラでも一目で分かる線の細さ。また、うちの先輩体格いいから、まるで大人と 子供の試合を見てるみたいだ。 けど、歴然と開いてくる技術の差。 王者立海大の、正レギュラーの、その前年に全国制覇を成し遂げた先輩が、あんな華奢な相手に 翻弄されガクリと膝をついている。 つい、試合をしている気になって、決め球の球種や方向を予測したけど、確立低い。あり得ない。 俺的にかなりショックだった。 なんか肌寒く感じる。見る者に恐怖を与えるプレーヤー。 こんな所にもう一人いたんだ。 実際対戦してみたい。 そう、めったとあるもんじゃない。恐怖と歓喜は紙一重だからね。 みんな同じように感じたんだろうな。手塚攻略を語り出した先輩たちの中で、副部長だけが寡黙だった。 座ったままでじっと画面を見つめていた。 それは弱点を探ろうとか攻略とかの、監察する目じゃなかった。食い入る訳でもなく、興味がある訳でもなく、 上手く言えないけど、見ていたい? この人のこんな表情が。 「副部長?」 「このテニスを崩すのは相当困難だ。勝利云々よりも相対することに価値がある。一目見ただけで 強いと感じる。そんな選手だ」 よく分からないけど。 それを聞いて、俺の中で何かが弾けたね。 次の柿ノ木中との練習試合。間違ったフリして青学で降りてやった。 副部長が評した手塚さんを、ファインダー越しじゃなく 生で見てみたかったし、引っかかりもあったし、強引かなとも思いつつ、敵情視察も立派な戦略だし。 ふんふん。環境はまずまず。練習風景もそこそこ。活気もなかなか。 で、手塚さんを探そうとウロウロしてたんだけど、手間かからなかった。凄いよ、あの人。オーラ放ってる。 ただ、立っているだけであの存在感。うちの副部長が見せる苛烈さとは違って、さざ波一つ立たない湖面って 表現がぴったりだった。 嬉しくなって近づいていったら、吃驚するくらいの美人さんで、上背はあるけど華奢そのもので、こんな体から あのショットが生れるのかと思ったら、どうしても打ち合いたくなっちゃった。それを正直に言うと、 一言、部外者は出ていけだって。 「そんな〜手塚さん、ワンセットでいいッスよ。硬い人だな。うちの副部長とは打ち合ってるんでしょ」 適当にカマかけたら、綺麗に寄っていた眉間の皺が気持ち、解けた気がした。ちょっと目には 分からないくらい無防備な表情を見せられて、舌打してる俺がいた。 「副部長絶賛してた、手塚さんのこと。相当入れあげてるって言うか。他所んちの部長とさ、何してんの あの人」 更に露骨に言葉を重ねたけど、それ以上は無反応を貫かれちゃった。でもさ、手塚さん、否定も肯定も してないけど、ここで待ってたら絶対副部長、姿現すと思う。賭けてもいい。 あの親父、東京に来るたびに手塚さんと会ってたんだろうか? なんでかな。ざわざわする。 あんたよく見てるよ。一目見ただけで確かに肌が粟立った。 突っかかって、冷静に斬り捨てられて、喉が鳴ったよ。 興味なんて生易しいものじゃないな。 副部長。うかうかしてたらさ、手塚さんの全部を俺が潰すよ。 end
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手塚者の皆さま、覚えておいででしょうか? 柿ノ木中。 あの、あろうことか、手塚の腕に手をかけた 狼藉者九鬼の学校ですよ。地区大会で不動峰にコテンパにやっつけられたとこ。 今回、切原視点で書くのに単行本読み返して、あたしも思い出しました。完全に当て馬みたいな扱いです。 酷すぎます。 で、そんな学校と二年連続王者の立海とが、頻繁に練習試合をしている? 以前、師匠とおかしいよね〜、妄想するよね〜って話したのを思い出し、書かせて頂きました。 |