真田一族の大祓 ――よく朝








 結局そのあと、用意されていた豪華な夕食にはありつけなかった。



 目覚めたのはあまりの空腹感から。起き出すには早過ぎると、邪魔な男の腕をどけて褥の中で丸くなった。
 そのままトロトロまどろんでいると、同じように真田も目覚めたようだ。どけていた腕が元の場所に戻された。 後ろから抱くように拘束されて、窮屈だとその腕から逃げる。眠そうな目を瞬かせた真田の腕がまた伸びてきた。 邪険に払っても辛抱強くかき抱く。
 キリがないからやめることにした。真田は満足そうに眠りに落ちる。つられて手塚も二度寝することにした。



「ええ若いもんがご飯も食べんと何しとったん。せっかく用意しといたのに、外食でもしてきたんか。 それとも夜中にほっつき歩いとったんと違うやろうな」
「そんなことしてませんよ」
「頼むで。手塚くんに変な真似教えんといて。ご家族に申し訳ないわ」
 翌朝食堂で会った真田母から開口一番小言を食らった。真田は疲れていたから食べなかったの一点張りで、 余裕の様相で味噌汁をすすっている。 なぜかニヤける惣一郎の横で、所在ないのは手塚の方。ここは合せるしかない。
「折角のご好意を申し訳ありませんでした」
「何言うてんの。どうせあのアホにつき合わされてんやろ。弦一郎がわるさしてへんろうか。そやったら言うてや。 しばいとくから。けど、手塚くんも嫌やったらはっきりと突っぱねなあかんで」
 ある意味もの凄く意味深な発言を小さく頷いてやり過ごしていると、惣一郎がふふんと鼻で哂った。
「通訳してあげるとね『しばいとく』は殴るって意味だよ」
 惣一郎のサワヤカな笑顔は目に痛い。しかし内面はその範囲ではないと知っていた。短い付き合いではない。
「でも、まあ、母さんの言うとおりだ。何してたのかは知らないけど、弦一郎なんかと真面目に付き合ってると体が持たないよ。 適当にあしらいなよ」
「惣一郎。あたしは夜遊びの話をしてんねんけど?」
「僕もそうだよ、お母さん」
 次兄、にっこりと笑顔を送る。よう分からんわ、と真田母は立ち上がった。
「ごめんな。せっかく来てもろたのに、また出かけなあかんのや。手塚くんと話できるの楽しみにしててんけど、 弦一郎にはきつう言うとくさかいに、これに懲りんとまた泊まりに来てな」
「ありがとうございます」
 食堂を出てゆく真田母を手塚は立ち上がって見送った。
「やっぱり手塚くんはええ子やわ。なんか世の中の息子が全部うちの子らみたいやと思っとったけど、 おるとこにはおるもんやな。清々しい男の子が」
 大仰に肩を竦めた真田母に惣一郎はテンションも高く挨拶を送った。
「気をつけていってらっしゃい。お母さん!」
 心底嫌そうな顔をして真田母は出て行った。



「そんなことだから嫌味だとか言われるんだ」
 それまで黙って食事を続けていた長男の恭一郎氏が咎めるように言い放った。どうしてというふうに 惣一郎は食卓に肘をついている。
「親を見て子は育つんだよ。そう言ってやりたいじゃん。現実を見極めなさいって。人様に癒しを与えるような 家系じゃないよ」
「それでもどこの親も希望を捨てないものだ」
 手塚くん――と恭一郎はあまりの空腹感からかえって食欲の出ない手塚の名を呼んだ。
「ちょうど東京へ行く用事がある。よければ途中まで送って行こう」
「はい」
「いい。俺が送る」
 答えるまでもなく側から即答が返った。そう言うだろうなとは想像できたが。
「どういう訳だか、辛そうじゃないか、手塚くんは。お前が送っても電車だろ。それとも何か。年齢を詐称して免許を 持っていたか」
 途端に弾ける火花。また、始まったよと惣一郎だけが何やら楽しそうだ。
「車だと余計に時間がかかる」
「かかっても休んでいればいい」
「手塚は車に酔いやすい」
「そんな話は始めて聞いたな。そうなのかい?」
 勝手に体質を変えないでもらいたい。しかしそれでも合せるしかないのかと、溜息が出た。
「ええ、まあ」
「そういうことだ。さっさと出掛けろ」
 そう言うと当然とばかりに真田は誇らしげだ。少しカチンときた。どうせたまにしかできないのだから、 ここで思い切り反撃を、だ。心底疲れきっている。
「あ、でも途中までで結構ですので、送って頂けますか」
 真田三兄弟の表情が、見事に三様に変化した。恭一郎氏は見惚れるくらいの微笑をたたえ、惣一郎は 口笛をふく形で尖がらせ、真田は――見なくても分かるだろう。
 恭一郎氏は背広の袖を少しめくって時間を確認した。ただのそれだけの仕草が様になる。
「急がせて悪いね。時間だから行こうか」
「はい。真田、じゃあまたな」
 多少視線が痛くもあるが、ほんのささやかな反撃だ。真田の剣によって災厄を祓ってもらえたかも知れないが、 それをなかったことになんて、神さまもケチ臭いことは言わないだろう。加護よりも被害の方が甚大。
 いつも。
 袖引かれることもなく出て行った二人を総一郎がいいのか、と顎でしゃくる。それには真田は腕組みのまま 動かない。
「どうなっても知らないよ、僕は。別に弦一郎の味方って訳じゃないしね」
「手塚を送り届けて、帰りに兄貴と二人きりなのが嫌だ」
「ケツの穴の小さいことを。帰りは電車にすりゃいいじゃん」
 古式騒然、泰然自若、唯我独尊を地でゆく末弟が、少し顔を綻ばせた。目線を下げ口元を上げ、表情を 気取られないように、そそくさと立ち上がるとそのまま二人の後を追った。
「分かり易いヤツ」
 真田家次兄は一人残された食堂で、クフンと笑って最後のほうじ茶をすすった。







いつもお世話になっている美濃上総さまのお誕生日に捧げます。
美濃さんお誕生日おめでとう。遅れて遅れてごめんなさい。

WJの衝撃のシーンより、真田の太刀さばきが書きたくって、和風にしようと思って。ちょうど秋祭りの季節だし、 手塚のお誕生日SS書いてなかったしで、このようになりました。
確かに一度手塚はお祓い受けた方が いいと思うんよ。
相変わらすらぶらぶまでの道程が長いわ〜。でも、「血が滾る」って言うか中学生?