宮崎へ行こう! |
「何やってんスか。先輩たち?」 一日の練習も終了しリョーマたち一年が後片付けを終えて部室に入ると、普段なら部長の手塚の定位置である机に、 他のレギュラー達が顔をつき合わせて何やら密談めいた様子。いるべき場所にいる筈の人物がいない座り心地の悪さに、 倣岸不遜なルーキーが顔をしかめた。 「よ、お疲れ。おまえも一口乗るか?」 桃城の笑顔につられて、リョーマは口を尖らせたまま近づいた。 関東大会一回戦、氷帝戦を勝利したと言っても浮ついていられないのは、二回戦の相手がどうとかではなく、 レギュラー陣の怪我の多さだった。とりわけ部長であり、チームの支柱の手塚の戦列離脱は周囲に及ぼす影響は大きい。 一人一人がその穴を補う気概は十二分だが、ふとした瞬間にその存在の大きさを実感させる日々だった。 副部長の大石を中心にチームは纏まっている。だれが見てもその頑張りには頭が下がる。周囲に気を配る人だけに、 手塚がいたとき以上に雰囲気はいいかも知れない。 だがほんの些細なミスさえ許さない厳しい視線が、どこかで見ていてくれるという緊張感が欠けている。ふとした 瞬間に振り返った先に手塚の姿はない。ミスをしてその場で苦笑いしている他の部員の姿に、手塚不在を嫌というほど 実感しているリョーマだった。 苛ついている。 だが、あの人が居てくれる抑圧感は甘えなのかも知れない。誰が見ていようが居なかろうが、 ポテンシャルを上げて試合に臨む。それはレギュラーたちに課せられた精神的な試練。和気藹々とした馴れ合いなどごめんだ。 それなのに、この人たちは。 腹立たしげな態度を隠そうともしない一年レギュラーに反応したのは不二だ。 「そんな怖い顔してないで、こっち入りなよ。手塚が居ないのを肴にちょっと盛り上がってさ」 乾が手にしていたノートをリョーマの前に差し出した。レギュラー陣の名前のあとに、何やら金額が書き込まれてある。 クエスチョンマークが脳内を充満した。 「なんスかこれ。お小遣い帳?」 「みんなの自由に使える金額が書き込んである。ちなみに一番高額は予想どおり不二だ。二位は俺」 「だから――」 「一番少ないのが英二と桃ってわけ。百円単位なんだよ」 「あったり前だよ。いつまでもお年玉を持ってる乾とか、毎月お小遣い残してる不二たちが変だって。な、桃」 「そうッスよ。自宅で手伝いしてるタカさんの、バイト代が貯まってるって話なら分かりますけど」 「いやぁ、貰ってないよ。ただの修行だもの」 「ですから――」 「えっタダ働きなのか?」 「そうなんだ。大石。でも本当に修行させてもらってるからね」 「エライ! タカさん。言えないよ。そうゆうこと。見習え、桃」 「英二先輩こそ百八円って、ジュースも買えないっスよ」 「煩悩みたいだね」 「百二十円に言われたくないぞ」 「どっちもどっちだろうが」 「あんだと、こらっ!」 「そうだぁ。海堂、おまえ生意気過ぎ! おチビみたいじゃん」 バン――。リョーマが机に両手をついた。 「くだんない話はいいから、本題を」 「くだんないまで言わなくたっていいんじゃん」 「確かに、なかなか本題にたどり着かないのがみんなの悪いところだ」 「その肝心の本題も相当くだらないッスよ」 「くだらないけど、涙ぐましい。でしょ」 乾が書き込まれた金額の合計を指差した。 「越前を除いたレギュラーの所持金合計十万円弱。三人分って言えばなんのことだか分かるか?」 百円単位の二人を除いての四人での合計とも言える。別の意味で凄いことだ。 それはさておき、リョーマはさっさと言えとばかりに下から睨め上げた。 「宮崎までの往復航空運賃。もとい。青春台から青学医学部病院まで、だな」 「それもチケット屋さんで買っての場合だね。正規だと二人分だよ」 「ネットのオークションで競り落とす方法もあるが、まぁ似たりよったりの金額だろう」 「さて、次の問題だにゃ。これを七人分に増やすにはどうすればいいでしょう?」 「英二や桃が人数の頭割りに入るのは図々し過ぎないか?」 「おーいし! おまえとペア組むの嫌になってきだぞ。そんなセコイヤツだったのか?」 勝手にやってなさいとばかりに離れようとしたリョーマの襟首に、長い手が伸びて掴まれた。長身の乾はふつうに 手も長い。 「ところで越前の所持金は?」 「答えなきゃなんないの?」 「越前は絶対俺や英二先輩より下だって賭けてたんだぜ」 「普段あれだけ炭酸飲料を買っていればね。持ってるわけないだろうだってさ」 当たってるでしょ、とニコニコされるのが癪に障った。 「どうだっていいでショ。そんなこと。プライバシーの侵害」 「うん、確かにそうだな。そこまで聞くのは行き過ぎかも知れない」 「でも一番初めに、宮崎まで幾ら掛かるかって言い出したのは、大石だったじゃないか?」 「そうだっけ? でもみんなのお金をかき集めてって言い出したのは、確か乾」 「足りないから、どうやって増やすかって言ったのは菊丸先輩ッス」 「サマージャンボだとか、株に投資だとか言ったのは不二だにゃ」 「河村寿司でアルバイトっていう意見もあったな」 「うちはそんなに雇えないよ」 結局みんなでワイワイやりたかっただけのようだった。 「ねぇ、不二センパイ。ほんとにセンパイたちは宮崎に行こうって思ってるんスか?」 話は発展して、部活に影響なく、どのアルバイトなら出来そうか論で盛り上がっている先輩たちを尻目に、リョーマは 根本的で純粋な疑問を口にした。不二の両目が少し見開かれた気がする。 「思ってるわけないじゃない。学校は平日だし、二回戦はもう目の前だしね。第一苦労して旅費をかき集めて、 会いに行ったとしても、手塚が喜ぶとでも思う?」 「「何しに来た」」 二人の言葉が重なった。仏頂面が目に見えるようだ。 でも一体毎日何をしているんだろう。 みんながそんな想いを馳せたとしても不思議はない。 ラストボールが思い通りに決まったとき、届かないと思ったボールに届いたとき、休憩の合間や綺麗に染まった夕暮れを 見たとき。そして部活中でなくてもふとした瞬間、授業中に見上げた窓の外の大気の乱反射。刷毛で書いたような軌跡 を残す飛行機雲の行方を目で追って、あの人の日常を思う。 だれも口に出して寂しいなんて言わないけれど、それぞれが胸に秘めて全国大会への道程を歩む。 会いたいなんて言わないけれど。 「手塚、早く治るといいね」 「そうッスね」 言わないけれど、その声だけでも聞かせて欲しい。 |
わたしは元気な姿が見たい〜。毎日なにしてるんですか? 部長。 今回のお題は地の文での説明なしで、いかに各キャラを書き分けられるかだったのですが、 大石難しい〜。 アニメの氷帝戦が終わって、ある意味タイムリー。本誌的には相当時期はずれ。 (いつものことです) |