麒麟の舞





 突然、海を挟んだ大国・立海の附王(ふおう)から宴の招待状が来た。



 青春国の都・蒼天(そうてん)にある王城。
 青春国禁軍左軍大将を務める手塚 国光は、主君である越王(えつおう)に呼ばれ、 馳せ参じていた。
 敬々しく立礼した手塚に、早速越王が口を開く。
「手塚、附王どのから宴の誘いが来たってんのは知ってんな?」
「はい」
「突然なんだがよぉ。リョーマの護衛も兼ねてあいつと一緒に行ってくんねぇか?」
「はい。・・・・え?」
 勢いで承諾の返事をしてしまったことに気付いた手塚に、すかさずかの王は話を進 めていく。気付いたも後の祭りである。
「よっしゃ決まり!早速、附王どのにれんらくしなくっちゃな」
「王!」
「あ〜大丈夫だって、この国は。お前が留学でも何とかなっからよ。少しは気晴ら ししてこいや。なっ?」
 そう言われてしまうと手塚は何も言えない。ひとつため息をついた後、結局手塚は 主君の言うことに従うことにしたのだった。



 青春国王子リョーマと異例の護衛指名を受けた手塚たち一行は、「青海(せいか い)」と呼ばれる真っ青な海を渡り、立海国から正式な案内を受けて迎えられた。山 海共に豊かなこの国は、青春国の上をいくほどの国力を持つ大国である。当然、その 国の中心地である都・朱天(しゅてん)は活気に満ちあふれていた。
「あ!手塚さんだ!」
 国賓であるリョーマや手塚たちが、王城の一角にある宮殿に通される時だった。回 廊の向こうから場違いなほどに明るい声が聞こえたかと思うと、一人の若い将軍が駆 け寄って来た。手塚はその相手を見て目を細める。
「切原か。久し振りだな」
 声をかけられた切原の方はへへっと頭をかく。そこで初めてリョーマに気付いた。
「あ、そっか。明日の宴には青春国の殿下も来るって柳さんが言ってたな」
「・・・・・・」
 無礼極まりない切原の言葉に、官吏が慌てる。切原に実質おまけ呼ばわりされた リョーマは不機嫌そうに黙っていた。
「切原将軍!」
 官吏の叱咤を含んだ声に、「悪い、悪い」と全くその気のない様子で謝る切原に、 手塚の眉が寄せられる。
「切原。いくら親しい仲とはいえ、お前も禁軍中軍大将軍の身。他国の王族に対す る礼儀のひとつも知らねば、附王さまの名誉に傷が付くぞ」
「それはいただけないっスね」
 さすがにまずいと思った切原は、リョーマの前に立つと、跪礼(ひざまづいてする 礼)をして言った。
「先の無礼をお許しいただけますよう、お願いいたします」
「別にいいよ。あんたらしい失礼だし」
「王子・・・」
 礼には礼を返すべき、という考えの手塚の声に、リョーマは振り返る。
「いいじゃん。今更でしょ?・・・・・あんたもいいよ」
「殿下の寛容に心より感謝いたします。・・・・ってね」
 立ち上がってにやりと笑う切原に、手塚もそれ以上言わない。王子であるリョーマ が許すのなら、余程のことがない限り強く反対しないところ、手塚がリョーマを甘や かしている点である。



 この時、切原とリョーマが手塚に対して秘密事を持っていたことを、手塚は知らな かった。



 そして、宴の行われる当日。それは宴がたけなわになった頃に、附王によって明ら かにされた。
「気になるのか?真田がいないから」
「附王さま・・・っ!」
 上座から自ら移動してきたらしい立海国主と彼の言った言葉に、珍しく手塚は動揺 する。人の良い附王は「驚かせてすまないね」と苦笑して言うと、そのまま手塚の横 に座ってしまった。
「今日の宴に何故私が招待したのか、わかるかい?」
「・・・・・何故とおっしゃいますと・・・・?」
 優しく微笑む附王の顔を見つめたまま、まるでわからないといったような顔をする 手塚に、かの王は答えを素直に出してやることにした。
「今日は、五月二十一日は真田の生誕日。この宴は真田のために私が催したんだ よ」
「・・・・・・っ」
 ゆっくりと手塚の目が見開かれた。
「真田はどうやら恋人に自分の誕生日を言ってなかったようだ」
 まったくあいつらしい。
 何も言えなくなった手塚を宴の舞台の方へ注目させて、附王はそっと言った。
「越王や王子にもご協力いただいた。・・・・手塚将軍。皆、貴女と真田の仲を応 援している。さぁ、見てあげてくれ。・・・・最後に真田が剣舞をしてくれるらしいから」



 満天の星を天井とし、壮麗な宮中の舞台の上に一人の男が立つ。
 四方には激しく燃えるかがり火。
 楽の音もない空間は、澄みきっていた。
 その中に男が一人。



 手塚は舞台に一人立つ男を見つめた。



 ゆっくりと楽が流れ始める。その流れに合わせて男は一振りの剣を抜いた。



 剣舞。



 ゆっくりと、だが、研ぎ澄まされた空気に、人々は酔いしれた。



「・・・・手塚将軍?」
 横で揺らいだ空気を感じて、附王はそちらに顔を向け、そのまま驚いた。



 タンッ



「・・・・!手塚・・・・・」
 舞台に上がってきた相手を見る男に、手塚は自らの剣を抜いて言った。
「俺も参加させてくれ。真田」



 お前がこの日に産まれたことを俺にも祝わせてくれ。



 舞台の男――真田は黙って剣を手塚のものに合わせた。
 それは、了承の意味。
 それを見た楽士たちが顔を見合わせて微笑み、演奏を再開した。



 打ち合わせも何もしていない、突然の舞い合わせ。
 二人の剣舞は、それを否定するかのように素晴らしいもので・・・。
 人々は動くことも、息さえしているのかわからない状態でただただ、その舞いを眺 めていた。



 猛々しい、けれどこの世のものではないかのように美しい舞い。



「麒麟の舞い・・・・かな」
 ぽつりとそう二人の剣舞を称したのは、真田の友人でもある禁軍右軍大将軍を務め る柳 蓮二だった。



 麒麟――この世に聖人が出る前兆として現れるという雌雄の瑞獣。



 “麒麟の舞い”と称されたこの二人の剣舞は、これ以降、毎年五月二十一日にされ るようになったのは、言うまでもない。


〜終わり〜



木島様、お誕生日おめでとうございます!そして、真田もおめでとう!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

美濃 上総



また美濃さまから頂いちゃいました。それもお誕生日のプレゼントにと。
しかも真田のお誕生日のお話でもあったりします。
大好きな十二国記のパラレルで、二人でラブラブ剣舞なんて! 美味しい!
読ませて頂いて幸せになりました。美濃さんありがと!