デートをしよう。デートをね。





「手っ塚ぁ、あしたの日曜練習休みだろ。どこか行こ。お誕生日デートしようよ」
 練習後のロッカールーム。不二がスキップなんぞを踏みながら、満面の笑みを浮かべて手塚に近づいてきた。
――きた、きた。
 手塚の帰り支度を待っていた大石は、不二の直接攻撃に肩を竦める。
 とっぷりと陽の暮れたそこには、彼ら三人しか残ってい なかった。新生青学の管理職と青学ナンバー2の三人は、きちんと施錠を確認し、部室を後にする。
「誕生日プレゼントなら、当日にリストバンドをもらったが?」
「うん、平日だったしね。あれで我慢したんだ」
「何の我慢だ? 生憎、午前中しか空いてない」
――ひゅー。
 そう告げられた不二の足元で枯葉が一枚、舞って落ちるのを大石は嫌な予感と共に見つめていた。
「どこか行くの?」
「ラケットを見にいこうかと」
「へえ、新調するのかな。だれ? お母さんと?」
「いや、真田と」



 もし大石が修験道や陰陽道に通じていたのなら、間違いなく自己防衛の護身結界を張る印を組んでいただろう。しかし、哀しいかな 一般教養しか持ち合わせていない彼には、後ろに飛びのくほか身を守る術はなかった。
 そのせいで不二の足元に集っていた木の葉が、怒気に煽られてふわりと舞い上がる空恐ろしい瞬間を目撃することとなる。


「今、だれって言った?」
「立海大の真田」
「神奈川にはスポーツ用品扱う店、ないの?」
 大石、もう二歩後ずさる。
「いつそんな約束したのさ」
「この間会ったとき」
 ――手塚! いい加減にしろ!
 大石は、不二の質問にほいほい答えている手塚が心底憎らしくなった。
「この間って、いつさ。ちょっと待って! いつからそんなふうに会ってるの! まさか部活が休みのたびにってことないよね!」
「互いの休みが重なることが少ないから、そう頻繁というほどでは」
「重なったら会ってたってこと!」
「そう、かな」
「何回会ったの!」
 手塚、小首をかしげて指を折る。
「片手で数えられないの!」
 大石にははっきり見えた。三日間精進潔斎した白装束の不二が、髪をふりさばいて西の空に向かって呪いをかける姿を。 ちなみに中国の古典に習って、必須アイテム七星壇を築く役目を負わされるのは自分だったりする。
「不二、あのな」
 立ち入りすぎだと文句を言おうと思った手塚の肩を、がしりと掴んだ不二のなんと男らしいこと。
「君には答える義務がある」
 お説ごもっともと、大石は頷いた。



 ついてきた。
 結局不二は「僕も行く!」と言って聞かなかった。大石に助けを求めるが、自業自得とばかりの笑みを返された。
 天下の日曜日、午後一時少し前。街ゆく人々の足は速い。真田が指定した商業ビルのウィンドーに顔をつけて、不二はなにやら 百面相をしている。瞬殺笑顔攻撃の練習を横目に、信号の変わったスクランブル交差点をぼーっと見ていた。
 寒くはないが、自身の左肘にそっと手を添える。前回会ったときの別れ際に、不調を癒すように両手で包み込まれた暖かさがほのかに残っている。
 全国大会が終了しての夏休み、初めて二人きりで会った。優勝の賛辞の言葉を口にする手塚に、真田は開口一番言い放った。
「医者には行ったのか」



 翌日、どう連絡をつけて、どんな説明をしたのか、少し怒りをあらわにした大石が、部活に出ようとする手塚の前に立ちはだかった。
「どうして言ってくれなかったんだ。俺たちはそんなに頼りないのか!」
 部長になってしまったという責任感が手塚を追い詰めている。それは分かりすぎるほどに分かっていた。なにもナンバーワンが トップに就任する必要なんかない。手塚には責任感のないところで高みを目指してもらいたかった、とそのとき大石はそう言った。
 それ以降、他の部員には内緒で週に一、二度、部活を休んでの医者通いが続いている。



 横目で確かめると、不二はまだ笑顔の確認をしている。おそらく、どういう顔でどういう科白を吐くかのダメ出しなのだろう。 対決が怖くもあり楽しみでもある。ただ欺瞞であることを承知で言えば、穏便に済ませてもらいたい。
 手塚には不二の不安が理解できない。来年の夏、引退するまで彼は青学の部長、手塚国光であり続ける。すべて青学の チームメイトと共にあると言っても不二は信じない。



――まるで誰かに攫われるかのように。



――だれに。



 信号が変わる。
 いっせいに吐き出された人の群れ。
 ぼーっとあらぬ方向を捕らえていた手塚の視線が引き絞られた。
 なぜか、いるなと感じた。
 ウィンドーに預けていた手塚の背が離れた。
 まろぶように前のめりになった手塚の手を不二が押しとどめようとする。
 視線が重なり合った。



 なぜ、と思う。なぜそんな顔をするの。君ともあろうものが。
 だれのもとに急ごうとするの。



 手塚の腕を抑えていた不二の指が、宙をかく。
 ほっとしたように鉄面皮が揺れる。
 自身の行為に意味なんか見出せず浮いた手に力が入らない。
 離れていく。
 それを見送ったのは少し冷たくなった指先。
 伸ばしていた腕がぽとりと下ろされた。
――止められないよ。
 だれに向けられた言い訳なのか不二には分からなかった。


手塚くん、お誕生日おめでとう記念で、らぶらぶ目指してみました。
甘いのってこれくらいが限界かも。
ごめんね、不二くん。いっつもこんな役目ばっかで。