寝起きの悪さに定評のある流川を、イチオウなりとも目覚めさせた言葉に特別なものはなにもない。
こんな状態の流川にチョッカイをかけて、いつだって無事でいた試しはないのだけど、ラウンジの
脇に寄せてあったソファと桜木の足に迫られてあまりに窮屈そうだったから、「こんなとこで寝てると筋を痛めるぞ」、
とささやいただけだ。
続けて「部屋へ上がるか」と聞けば、起こせとばかりの甘やかな態度だったから、腰からすくって連れ出した。
至って常識の範囲で、その行為に他意はない。ほんの少しそれ以降に思惑を潜めてだけで、無理強いしたわけじゃないし
流川も自分の足で階段を上がったのだから、堂々としていればいい。
それでも正直なところ諦めが先にあって。
ノタノタとベッドにたどり着いてダイブした流川が、片頬だけ晒して瞳をこじ開けるものだから。
仙道は、なにかがブチ切れる音を耳奥で聞いた。
こんなに性急な衝動に突き動かされるとも思わなかった。
うつ伏せの流川に覆いかぶさるとベッドが泣き声を上げる。髪に耳朶に首筋に肩に、執拗に唇を押し付け舌先で
まさぐって官能を叩き起こせば、投げ出されていた流川の指が宙を流離った。節の高い確かに男の指。関節ひとつひとつ、
辿ってなぞってそこから熱を灯してやると、枕の下から聞こえるくぐもった声はひとのいいお兄さんを凶暴なオスに変え
る威力がある。
いつも封印してきたもっと苛烈なもの。身の内で巣食うそれが出口を求めてのたくっていた。
その蠕動を知ってもらいたくて、「怖いか」とからかえば、弾かれたように躰を返す気質を愛しいと思う。ただ、この
行為の続きは愛しいだけじゃ済まなくて、クチュリと音をたてて口づけをひとつ落とし、仙道は流川の瞳を覗き込んだ。
「おまえにさぁ、すげぇ痛い思いを強いると思うんだ」
いつもなら腕の中に取り込まれた段階で息が上がるほどの執拗な口づけを仕掛けてくる男が、羽根が触れるように
言葉を載せ、ついばみ、また離れてゆく距離に流川は目を瞬いた。
「なんで?」
「オレがそうしたいから」
「痛い?」
「うん、相当」
へぇ、と切れ長の瞳を丸くしてまったくの他人事だが、流川がいままで経験した中での痛みとは、練習中の捻挫や
突き指――いや、それでも靭帯が伸びきるのだからその瞬間は脳天まで突き抜けるほどの激痛が走るのだが――
想像できる範囲は知れている。知れているし、試合中だったら尚のこと、テーピングで固定してプレイを続行できる
痛みだ。
あと思いつくのは殴りあったときくらいか。なぜか周りから疎まれ喧嘩を吹っかけられる気質らしく、学校側に知られ
なかっただけで、ボコったこともボコられたことも数多い。アレはその瞬間よりも翌日のダメージの方が大きかったか、と、
まぁ、その程度だった。
だから仙道の言う痛みの種類が理解できなかった。いままでこんなふうに肌を重ねて何度も解放しあって、総てを持って
いかれる凄まじい快楽に委ね、それだけで満足だったのに、この男は少し困った顔をして甘くささやく。
「厭って言われてもすごく、困るんだけど」
「あんたはどーなんだ。オレだけがそうなんかよ」
「オレ? オレだって辛いよ。流川が痛いと、ここんとこが鷲づかみされるみたいに痛い」
心臓の位置に手を置いて、痛いけど、欲しいと壮絶に凄む。
触れて、流川の中で、鋭い電流のようなものが一瞬にして駆け抜けていった。抱き込まれ、凄まれて、
ムクムクと湧き上がってくる衝動が確かに存在する。この男とマッチアップして駆け引きするときにも似ていて、けれど
異なるもの。仙道だけが知っていて、流川の知らないもの。
だから瞬発的に撥ねつけるしかなかった。
「やんねー」
「そう言うな。いままでとは、ちょっと違うだけ」
「ヤだっつってる」
はっきりとそう言い切るとまた触れるだけのキスが落ちてきた。けれどすぐに離れてしまうから、自ら喉元を
さらして続きを請うてしまう。仙道のうなじを引き寄せ躰を起こし、舌から先に絡め合った。それだけで全身が蕩けそうに
なる。キスが、コイツとのキスが本当に好きで、ずっとこのままがいいのに、なにが違うんだろう、なぜ変えたいんだろう
という想いがまた蘇った。
「あんたは違うのか」
「違わない。けど、足んねーんだ」
意味をなさない言葉足らずの言いようにも、ちゃんと的確に読み取るくせに、これ以上なにを求める。なにが足りない。
ただ、困ったなぁと下げた眉の先、瞳の中に映る自分を見つけ出し、流川は激しく飢えた。直に中心を弄る愛撫でしか
補いきれないオスの衝動だ。
いつだって取り込まれ翻弄され、先に飢えを覚えさせられる。そう思った瞬間、牙をひそめて仙道は舌先で優しく
語った。
「じゃあさ、先に痛くて後から気持いいのと、先にヨクって後から痛いのと。どっちがいい?」
「?」
「どっちか選ばないとダメなんだ。例えば、大嫌いなピーマンのソテーとエビフライが一緒に出てきました。
さぁ君ならどうする」
「ピーマン、避けて、エビフライ」
「あはは、そうきたか。でもさ、ピーマンも慣れたら結構味わい深いもんだから」
の、はずなんだけど流川の気持いいことを先に済ませちまおう、と有無を言わせずTシャツとジーンズを剥ぎ取り、
手繰られた指は、火傷しそうなほどに熱かった。ちょっとチガウと反論する間も与えてもらえず、仙道の指はダウンライト
に晒された肌膚に点々と熱を灯す。そこだけ線を引いたようにズクズクと疼き、呼吸が喘ぎへと変わるのに
時間はかからなかった。
気持いいことと仙道は言う。ただふわふわと快楽だけに流されているとこの男は思っているのだろうか。鎖骨の辺りに
吸い付かれチリリと感じる痛み。耳煩いほど早鐘のように打つ心臓の痛み。疼きに耐えられなくて仙道の手を待つ己
自身の弾かれそうな痛み。
そしてなにより、もっと早く強く欲しくて足が宙を蹴り、腰を押しつけ強請る痛み。
いつだって付きまとう。
何事につけ聡い男がそこだけ気づかないのか、気づかないフリをしているのか、それとも、こんなもの、痛いうちに入らない
のか。なぜかきょうはそんな覚束なさが過ぎる。それでも絡み取られた流川の中心は加速度をつけて
昇り詰めてゆく。喉を晒して空気を貪り、抗えない奔流に身を委ね、ぎこちない動きで同じような波を仙道に与えれば、
ベッドがさらに激しく軋んだ。
不規則で代わる代わるに打ち付ける互いの波。先走りで滑る下半身が気持悪いなんて感じる暇もなく、淫らにうごめく仙道
の指の動きを覚えるように流川も倣った。
だれに聞かれるか知れたもんじゃないこんな場所で、抑えきれない嬌声を飲み込んで溢れて喉を裂く。ひそりとした闇に
落ちそうになったその声が自分だけでない事実に安心して、いつもこの男の手のうちで達してしまえる。習い覚えた快楽の海。
溺れてしがみ付き、底を見つけ出すように尾を引いて共に絡まって失墜した。
自分だけじゃなくなった。それはひとつのターニングポイントだったのだ。
いままでの流川にとって。
だから、
「オレとこういうことするの、好きか?」と問われて素直に頷いた。
「バスケするのとどっちが好き?」
「どっちも、両方」
「おまえの皿にはエビフライだけだな」
「?」
「ピーマンも添えて彩りをよくしようよ」
そんな言いように、なんだかむしょうにムカついた。
ピーマン、ピーマンと、なに勘違いしてやがる。好き嫌いなんかほとんどない流川だ。
死ぬほど空腹のとき、他に食べるものがなかったら、それこそ皿いっぱいだって食ってやる。好き好んでないだけで、
それも『テロメア』でバイトしていたときの賄いに出て、ちょこっと残しただけじゃないか。それをいつまでも、
いつまでも。
シツコク覚えてんじゃねーと、叫ぶ言葉が、先を促す仙道の指の動きに封じ込められ、まずは頭がついてゆかなかった。
「せん――」
「深呼吸して、流川」
解放の熱も冷めるようなヒンヤリとしたオイルの感触。大きく割り広げられた下肢のさらに奥、そこから波及するむず
痒さに腰が引けた。そんな弱々しい抵抗なんて、いまの仙道を前にしてひとつも効果はない。
なぜそんな場所を執拗にまさぐらなければならないのか。抱き合った最中にいままでも何度か経験したことはある。
流川が目を見開くと「準備な」と、かすかに微笑んだ意味と痛みと羞恥とが蘇り、そうか、
そういうことかと、流川の中でつながったそのとき、内部から引き裂かれる激痛で夢の淵から放り出された。
「いっ――」
拒絶の声も出なかった。あられもない格好を晒し、押しつぶされるあまりの圧迫感にただ躰が逃げを打ち、なのにその
肩先を仙道の両手が押し留める。何度もかぶりを振って押し返し、それでも密着の度合いを深めてゆく男には怒りしか
感じない。
呼吸もままならない。酸素を貪って止めろの言葉が形にならなくて、ただ悔しくて瞳をこじ開けたのに、優しく
「ダメだ」と微笑む男。
こんな顔ひとつで拒絶を封じる男の腕を、跡がつくほどの力で握り締めた。
「ヤめろっ」
「ダメだ」
「離せっつってんだ! 痛てーんだよ、このクソヤロー!」
「我慢しろ」
「仙道っ!」
蹴り上げるつもりの足も抱え上げられさらに繋がりが深くなった。抉る動きに悲鳴を上げそうになる。吐き気
がこみ上げ、激痛からの血圧の低下で意識が朦朧としてきた。こんなものを、こんな行為をこの男はいままで我慢して
きたというのか。これが欲しいの答えか。許さない。絶対に許さない。一生、我慢してればよかったのに。こんなヤツ、
この手で絞め殺してやる。いや、同じ目に、もっともっと痛い目に合わせてやると、叫びだしそうになった間隙を縫って、
ただ呼吸の継ぎ目に力を抜いたその瞬間――。
「ん――っ」
苦痛以外の何かがジリっと肌を焦がした。
その声を拾って笑んで、腰を打ち付ける仙道の動きが獰猛さを増す。痛みも容赦がない。ただ、冷や汗でぬめった額に
熱い雫がひとつ、ふたつと落ちてきた。
瞳をこじ開ければ、そこには見たことのない切羽詰まった表情の仙道がいた。ココが痛いと言ったのはほんとうだったのか、
辛さと陶酔とをない交ぜにしたような。だからこれは、流川が仙道から奪った余裕だ。
コート以外で。
なんでこんな顔をしてんだろうと気を許すと、痛みで意識が反転しそうになった。絶対にそんな無様な真似はするもんかと
歯を食いしばると、ヘラっと哂った仙道の腰が複雑な動きを見せる。ポイントが変わって軋みに根を上げそうになる。けれど同等
以上のものを仕返すためには、コイツが与えた行為総て、細部まで覚えてなくちゃならない。
来るなら来い。
そう思って呼気を吐き出せば、今度は先ほど以上の疼きで腰が跳ねた。
「う、ぁっ」
「捕まってろ」
痛みがかき混ぜられる。揺さぶられて爪先が宙を蹴る。持っていかれそうな意識の下、ただ、ちくしょう、と何度も
唱えて取り戻そうとする自分。それが、ただ耳元で吹き込まれる融点の高い男の呼び声に負けそうになった。
「これがオレ、だから――」
「んなん、知るかよっ」
「オレだから」
「ちくしょうっ」
「流川っ」
流川は。
その声に、彼から与えられる名に、呼び続ける声にすがって、意識を保っていたと言ってもいい。
ズルリと自分の内部から仙道自身が引き抜かれるおぞましさに、一度だけきつく目を閉じた。圧迫がなくなって躰じゅうの
緊縛が解け、ベッドの上に四肢を投げ出すにも痛みが伴った。
寝返りひとつ打てない。上手く息継ぎが出来ない。ハラの中になにかいる。痛いなんてもんじゃない。なんなんだ、
コレは。けれどそれ以上に弱みも吐けない。この暴挙を重ねた目の前の男をただ睨みつけていると、呼吸が整わないままの
仙道は唇で耳朶を甘噛みしながら、何度も流川の髪をすいた。
なにか呟いたようだけど聞き取れなかった。
「――な、かったぞ」
先にそうはき捨てると髪をすく仙道の指が止まった。
「ん? なんつった?」
「んなくらいで、気ぃ、失わなかったぞって言ったんだっ」
「そっか。偉かったな」
「るせー、どこがいつもとちょっとチガウだっ。なにが痛いだっ。てめーもいっぺん経験してみやがれっ!」
「オレだって痛かったんだって。流川、力、抜かないから、ナカで、喰い千切られるかと思った」
「てめーのなんかチョン切ってやるっ」
「そんなことしたら、流川と二度とデキないじゃないか」
「ぜってーしねー!」
「無理。会ったら押し倒しちまう」
「だったら会わねー」
仕返し出来ないけど、二度と顔、見せんなと凄んでも、「それこそ無理だよ、流川」と頬に何度も口づけられた。
そうなるといつもの条件反射でまどろみが深くなる。ひとがこれほどのダメージを被っているというのに、悪びれない男は
シレっとしたまま謝りもしないで、「寝ていいよ」と許可を出す始末だ。
「寝ていいよ」だと。
この流川楓が寝入るのに、なんで許しを得なければならない。なんで一発も殴れないまま、腕に抱かれて子供みたいに
安心している。そのうえこの暴漢の裸の胸に頬をすり寄せ、逸る鼓動を聞いて安心している。
大暴れしてやりたいのに躰はピクリとも動かない。
なんで、こんなヤツに。
そう口籠もったら余計に強く抱きしめられた。
もう限界だ。夏合宿の比じゃない疲労と経験したことのない痛みで、これがブラックアウトというヤツ。どあほー、
死ね、ヘンタイ、エロジジイ、腐れアタマ、外道、覚えてろ、と、思いつく限りの悪態は悔しいことに、たぶん、仙道
には聞き取れなかっただろう。
”宿泊者代表名・仙道彰、他一名さま”の貸切状態だった『ホテルテロメア』の朝は、厨房で働くスタッフが立てる
物音が聞こえるくらいに閑散としていた。そんな中、やや気だるさの残る躰と、どうしても緩んでしまう口元を押さえながら
仙道が階段を降りると、まぁ、都合が悪いというかお約束というか、ダイニングから出てきた藤真とばったり出くわして
しまった。
昨夜の宴会の名残なんか微塵も感じさせない美貌のパティシエは、そんな彼をチラと一瞥するとぞっとするほどの
冷えた声音で言い放った。
「当ホテルの朝食は九時までとなっております、お客さま。ちなみにチェックアウト時間を超過しておりますが、
連泊のご予定ですか?」
アレっと時計を見ればすでに十時半前。不機嫌まっ逆さまな流川を起こして身繕いさせるのに結構時間がかかった
計算だ。あれははっきり言ってスリリングだった。殴るわ蹴るわの仕返しくらいなら甘んじて受けましょうの体勢だった
のに、そこまで元気を回復していないらしく、目の焦点も合わなければ躰の支点もぐらついている。なのにピリピリとした
怒気だけをまとって、ノロノロと着替えを済ませた流川がちょっと可哀相になった。
そんな事情、藤真さまは忖度しない。内角を抉る速球で「流川はどうした」と聞いてきた。
「起きてるんですけどね。ぼーっとしてるって言うか、動けないって言うか」
「動けない?」
「はは。ま、そんなわけなんで、気つけにフレッシュジュースでももらえたらなって、思って」
答えて仙道は真正面から藤真を捉えた。人間、怒りも度を越すと不気味なほど静かになるのいい例がいまの藤真の状態で、
けれどどうせばれるんだから言い繕っても仕方がない、が仙道の言い分だ。
「おまえ、ホント、いい根性してんな」
「そうすか?」
「堂々としてられるだけでも立派だよ。好きになったらそうなるのは当然の結果だって言いたいんだろうけど、オレには
どうしても同意とは思えない」
「確かにね、きのうは強姦みたいなもんでした」
「おまえっ」
正直も正直。だれもそんなことまで聞いていないは、的が外れている。あんぐりと開きそうな口を藤真は慌てて引き
締めた。
「仙道彰ともあろうものが、節操のない真似をするなよっ」
「節操も理性もないですよ。そりゃそうでしょ。でも、藤真さんだって、男が男のどこに惚れるか知ってるじゃ
ないですか」
「喩えそうであっても、オレは牧を抱きたいとも抱かれたいとも思わない」
「ふつーはそうかも知れない。けどオレと流川との間にたまたまそういう瞬間が訪れただけのことです。好きの種類
がちょっと違っただけでしょ」
オレはそう納得してますと開き直るからなにも言えない。常識が通用しないからではなく、分が悪いのは藤真の
方だ。それは分かっている。分かっていてもなぜ苦言を挟んでしまう。男がだれかに惚れるとどうなるかなど、そこには
性別を越す強い繋がりがあると、藤真が知っていても、だ。
「好きの種類の度を越している。流川は理解してないだろ。おまえだけの思いだから、だから、無理を、強いることに
なるんだ」
「いまは、ね」
「流川はどうなる? おまえの思いを一方的に押し付けられた流川の立場は。ずっと受け入れさせるつもりか」
「もし将来、アイツの雄の部分が目覚めて、オレをどうこうしたいって話になったら、要相談です」
「そんなことを聞いてるんじゃない。一生を決め付けたみたいな言い方をするから。一過性の麻疹だったらどうする?
アイツだって、おまえだって、変わっていって当然なんだ」
斜めから睨みつけて言い切ると仙道は、それより一層の壮絶さをまして正面を切った。
「半端な覚悟でアイツに惚れたわけじゃない。だからオレの正直な部分でアイツに向かいました。それをアイツが心底
毛嫌いするってなら、キレイすっぱり諦めますよ。けどそうじゃない。流川は分からないんだ。ただ答えを出せない
だけなら、この思いが入り込む余地はある。オレはオレの欲望を優先させますよ。厭だとゴネても抱き続ける。
分からないなら分からせる。そう思ってる。確かにそれはいまだけの気持ですよ。だからって、なんで将来のことまで
心配しなきゃならないんです?」
「あんなガキに、なに言ってんのか分かってんのか、おまえっ」
「オレたちが思ってるほど流川は子供じゃない。本能だけで生きてるわけでもない。ちゃんと、考えようとしてる。
こんな関係の理由づけを得ようとしてるんだ。それはオレも同じで、ふたりして手探りで確かめてくしか方法はないん
です」
――喩え、だれに誹られても。
藤真が目を瞬くほど、仙道は穏やかだった。
ふと気配に気づいてふたり同時に顔を向ければ、階段の踊り場に白皙をさらに青くさせた流川が立っていた。
手摺に全体重を預け、自分のものとは思えないほど重い躰を引きずって、ゆっくりと降りてくる状態を目にして、
冷静でいられる男の神経が分からない。
「流川」
この場にいる仙道と藤真の存在を見えているのかどうかも怪しい少年を、藤真は呼び止めた。
「おまえ、ちゃんと自分を強く持って、仙道に流されないようにしろよ」
「流される?」
「それ。躰。辛いんだろ。そんな目に合わないように用心しろってこと」
「大丈夫っす。次はヤられる前にヤり返す」
「なんで次があるとか思うんだよ、このバカっ。おまえに太刀打ちできるわけがないだろうっ」
「二度とこんなヘマしねー」
秀麗な容貌を歪めて流川は凄む。力が入らないからどうしてもフラつく。その躰を支えて、「次はもっとヨクなるよ」
なんて、白昼堂々、厚顔無恥、唯我独尊の男がささやき、全部丸聞こえなんだよ、と藤真は背を向けた。なのに、
「バスに乗るのは辛そうだな。牧さんに頼んで、麓の最寄り駅まで、車、出してもらおうか?」
さらに厚かましさに拍車がかかるから、
「牧の手を煩わせるな」
ついついそう叫んでしまった。
「藤真さん」
「牧に、そんな状態の流川を見せるんじゃない。オレが送っていく」
「でも、挨拶ナシで帰るわけには――」
「寝ぼけてるから車に放り込みましたって言えばいいじゃないか。おまえも、そのくらいは気を利かせろ」
こんならしくもない配慮は、心底流川を可愛がっている牧のため。牧のため。牧のため。藤真は三回呟いて、
目に痛いほど幸せヅラを下げている男と、絶対にその手の内から逃げ出そうとはしない少年に背を向けた。
「よかったな、流川。藤真さんが送ってくれるって」「てめーが、荷物、持て」「オッケ。後ろの座席で寝てていいからな」
「たりめーだっ」「おまえんち着いたら、腰、揉んでやるよ」「いらねー」「遠慮しなさんな」「どこまでついて来る気
だっ」「おまえのベッドまでに決まってんじゃん」
やってられない。
背後で繰り広げられる繰言にはきっちり耳栓をした。
これから運転する身で悪酔いなんかしていられない。さっさと来いと流川を促し、仙道は挨拶に行ってきますと走り出す。
ホテルを一歩出て、ほっとするほど冷たい風に身を任せ、どうにか冷静さを取り戻した。
静謐な朝の光に照らされた山間部に、あぁ、もう二度と関わりたくないと呟いた藤真の言葉が木霊して、消えていった。
continue
久し振りにバスケするふたりを書けた(それもどうかと思う)楽しいシリーズでした。仙流のエロ(強姦やけど)も書けたし
(って、お初をちゃんと書いたの
って、アタシ初めてかも知れないっ)アセアセっ。 でもこのふたり。お初よりも次の方が困難ですね。流川は絶対に
厭がるだろうし。 お気に入りなんで、このふたりの今後を、また別の形で書けたら
いいなと思ってるんですけど、これ以上進めると設定に無理があるかな。(自分で自分の首を絞めちゃった)
読んでくださったみなさま、ほんとにありがとうございましたv
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