スタジオの扉を開けた瞬間、容赦なく目に入ってきた太陽の光。 かなり眩しくて、目が慣れるまでぼんやり戸口に立っていた。 今日もいい天気だなぁとのんびり思いながら、ジャンケンで決まった鍵当番の任務を果たす。体は疲れているが、 妙に気分はすがすがしい。 徹夜がこんなに体にこたえるようになったってことは、そろそろ俺もオヤジの域に達してきたってことかななどと 考えて歩く。 徹夜の結果は散々で、思ったように曲が出来ずに煮詰まったまま。 それでもこうして、1日のはじまりの朝陽を見ると気持ちもすっきりするみたいだ。 どうせならこのままアパートまで歩いて帰ろうと、ごそごそとウォークマンを取り出す。一晩中音を鳴らしまくって、 聞きまくっていたのにと頭の中でもう一人の自分が呆れる。好きだから仕方ない。 …ただ最近、好きだけじゃ駄目なんだなと気付かずにはいられなかった。 ジャカジャカとリズムを心地よく感じて、ぼんやり歩く。 まだ早朝だから、すれ違う人もいない。 目に入るのは朝陽とまだ起きだしてない街の風景。 少し歩くと曲と曲の合間にダンダンと外からの音が聞こえた。 人が居る、と思って目を向けた先にはフェンスに囲まれたストバスコート。 ダンダンと聞こえていたのは、オレンジ色のボールが跳ねる音だった。 見事な体格だがたぶんまだ高校生だろう2人は当然俺には気がつかずにボールを追いかけていた。 フェンス越しに見る風景は、俺たちが暇つぶしとか気分転換にするものとは天と地との差があるレベルのものだった。 学生の頃、周囲の友達が野球やサッカーに夢中になっている時俺は何故かバスケットばかり見ていた。 野球などとは違い、テレビでの放送はよくて深夜放送。オリンピックの試合は録画だったり結果だけだったりと 口惜しい思いをしていた頃を思い出す。何度もビデオにとった貴重な試合を見ていた。だから少しは分かるこの2人の 実力がすごい事が。 フェンスにかじりつくように見つめている自分に苦笑した。 疲れているはずなのに。 自分とは正反対に規則正しい生活をしている2人が眩しく見えた。 どちらかというと、ツンツン頭の方が少し力が上に見えた。 キツネ顔の方が表情もなく冷静に見える割に、時折食って掛かっている様子が微笑ましかった。奇妙な空気を 持っている2人だと思う。 相手をたまに飼い犬をみるように優しく見ているかと思えば、もうひとりは飼い主に噛み付く勢いで相手を 見据えている。ただ反発する強さが大きい分繋がっているものは力も大きい気がする。 リズムよい音と、繰り広げられる高度な技と、不思議な関係に見える空気に気圧されして、帰ろうと思う足が動かない。 体に反して意思はもっと見ていたいとそう思っていた。 「休憩するか」 「まだだ」 いつの間にかウォークマンは充電切れで止っていた。 2人の声がはっきり聞こえてハッと我に返った。 まだだと言った方は休憩した方が傍目からもわかるほど汗を流して肩で息をしている。休憩しようと言った方は 汗はかいているものの飄々とした表情でボールをダンダンとついていた。 「ぜってー今日はお前に勝つ」 「へぇ、そうなんだ?じゃあ負けたらどうする?」 「てめぇの言うことひとつだけ聞いてやる」 「いいの?そんな事言って。最初に言っておくけど俺のリクエストはお前だから」 ああそうなのか。これでようやくこの空気に納得がいった。 繋がりを感じたのは間違いではない。 なかなか悪くない。 そして多分お互いになくてはならない存在なのだろうと確信する。 それを気がついている方と気がついていない方がいるのもおかしいが。 勿体ないがそれも面白いのだろうな。と他人事を楽しむ。 これ以上見ていては目に毒だ。疲れた体には応えるというものだ。 目に映るものをフェンス越しのコートから並木道に移す。 今日あたり何かいい曲が浮かびそうだと思った。 数ヵ月後、仙道と流川が集まるいつものストバスコートのベンチに1枚のCDが置かれていた。 「なんだこれ?」 先に見つけたのは先にベンチに座った仙道で、汗を拭きながらCDを手に取った。隣で特に興味なさそうにタオルを 頭から被っている流川に差し出されるジャケットのないCD。流川は無言で受け取ると、ごそごそと自分の荷物の中から CDウォークマンを取り出した。 「何?聞いてみるわけ?ヘンなもん入ってたらどうすんだよ」 「だからてめぇに最初に聞かせるんじゃねぇか」 「はいはいそうですか」 「ほら」 差し出されたイヤホンを耳に突っ込むのを確認して流川はPLAYボタンを押す。 耳に聞こえたのは今流行のどのメロディとも違って全く聞き覚えのないものだった。シンプルなメロディに歌詞が ハマって聞いていて引き込まれた。 無言の仙道をみていた流川は、目の前で手をヒラヒラと振る。 仙道は我に返って、イヤホンをはずす。 「結構いい曲だよ」 「ふーーん」 「どうする?聞く?」 「後で。てめぇからボールとってからだ」 「そう?今日も賭けする?」 「しねぇ。もうあんなの嫌だ」 あははと笑った仙道は流川の手からボールを取り上げコートに走る。 流川もタオルをベンチに放り投げ仙道の後を追った。 end
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