徒然なるままに
〜月落ちて番外編 に
だれかの髪が頬をくすぐる感触で目覚める朝というのは大層気分がいいものだ。
しばらく続いた放浪の果てに見つけ出した温もりだったらなおのこと。
喩え抱き込む肩や背が多少骨ばっていようが、掌に当たる胸が扁平であろうが、おはようの口付けをかまそうものなら、
痣のひとつやふたつ覚悟しなければならない乱暴者だろうがそれはそれ。やはり惚れてんだなと再認識させられる
瞬間だ。
再会の激情のまま押し倒せるような甘さは微塵もなく、だがこの位置を許されている実感が、朝日の差し込む室内
をほの温かくさせている。排他的というより断層の違い。受け取るものも吐き出すものも一段下っていたり、上がって
いたり。呆れるくらいにニブイ反応を見せるかと思えば、こちらがたじろぐほどの執拗さで相手の内面を抉る。
かみ合わないなどとタカを括っていると、突然爆発的な真摯さで脳天を直撃されるのだ。
「ぶっ殺すぞ」なんて何回言われたか分からない。実際殺されかけた。腹だの顔面だのいいように殴られ、
こめかみに銃まで押し当てられ、射るように睨まれ。そしてあのギリギリの瀬戸際、ひっそりと名を囁かれた。
――せん、ど……
この手によって命が途切れかけ、この存在によってつなぎ止められ。
いまさらながら感じるのはいつの間にか囚われていたそんな理由。
「――?」
自分は分かった。では流川は。流川は自分のどこに囚われて抱き込む腕を許しているのだろう。そう思いながら
流川の躰に回しこんでいた腕を上げクリクリと頭を撫で回した。
「へえー、」
つくづつ育ちのいい証拠だなと形のよい後頭部に笑みを漏らした。
生まれたての赤ん坊の頃、あやす手がひっきりなしに抱き上げないとこんな綺麗な丸みを描いた形にはならない。
仰向けに放って置かれたら柔らかい赤子の頭の骨はあっという間にまっ平らに固まってしまうからだ。両親のみならず
だれもかれもが忙しくて手一杯で、乳飲み子にかまけている暇がないというのが一般的な家庭だ。きっと、泣いては
抱き上げられ、むずがってはあやされして手をかけてもらったんだろう。
「ひとりで大きくなったみたいな顔してんじゃねーよ」
そしてなにも受け取っていないみたいな顔をするのも。そう口の中でくぐもらせると、
「なに、ひとの頭にごちゃごちゃと話しかけてんだ」
と、不機嫌そうな声がかかった。少し驚いたものの体勢はそのままで、流川の後頭部に額をくっつけ、うなじ辺りに
言葉を返す。
「あれ、起きてたのか?」
「妙な殺気で目が醒めた」
「なんでこれが殺気なんだよ。綺麗な頭してんなって褒めてたんだ」
「んなもん、褒められて喜ぶヤツがいんのか?」
聞くや仙道は、横向きのままの流川に覆いかぶさるように両手をついて囲いをつくった。その中に閉じ込めて、
まだ覚醒しきっていない、瞼を薄っすらと揺らしたままの顔を覗きこんだ。
「じゃあさぁ、顎から頬にかけてのこの線がそそるとか、睨みつけられるだけで勃っちゃいそうとか、何処が弱いのか
想像しただけで一、二本は抜ける――」
つったら喜ぶ?――なんて最後まで言えるはずもなくやっぱり拳が来た。そのまま天地がひっくり返り、ドスドスと音を
立てて寝房を出てゆく流川の背中を見送って、モノにするまで自慢の顔が原型を留めているんだろうかと、密かに心配する
仙道だった。
塩だけで味付けされた高梁粥と少しの野菜と干物のような肉片といった質素な朝餉で、牧場の一日は始まる。
孫翁を交えた三人の間には、昨夜と同じようにモノを食む音だけしかなく、砂を噛んだようとはまさにこのことだ。
かえって慎ましやかな献立でよかった。これで宮廷料理みたいなのを並べられたら、味気なくて涙が出るかもしれない。
朝餉が済むと休む間もなく馬の世話だ。寝床の掃除から食事の世話。そそくさと片付け、馬たちを囲いから追い立て
放牧させる。仙道なら一日で飽きるような単調な
仕事を流川は黙々とこなしていた。人手が足りないと言っていたのは事実のようで、牧童をひとり雇ったつもりの
流川はまったく容赦がない。顎でこき使ってくる。サボって寝転ぼうものなら、どこからともなく桶が飛んでくるし、
のんびりこなしていたら、尻に蹴りが入る。
オレには任務がある。国境付近の視察だとか、地図や報告書の作成だとか、それが本職だ。れっきとした肩書きだって
あると抗議しても、言い逃れだと許してはくれない。相当我侭な雇い主だった。
そして夜は昼間の疲れを持ち合い身を寄せ合って眠る。実は仙道をこき使う流川の真意はその辺りにあるんじゃないかと
踏んでいる。クタクタにして身の安全を図ろうという姑息な魂胆だ。大人を舐めんなよと言いたい。疲れで欲が撃退
されるほど落ちぶれちゃいない。いまはただ遠慮してるだけだ、どあほう。
そんな穏やかで魂が抜けるほどの平和な日が幾日か過ぎた頃、
馬たちが放たれている間に馬房の掃除を、と段取りも理解できるようになった仙道を、珍しくも翁が呼び止めた。
三日経って、躰は慣れたかと声をかけて来た。
「おかげさまで。日の出と共に起床して日の入りと共に就寝っていう、奉天にいたときからは考えられない
規則正しい生活を送らせていただいてます」
モロモロの事情が絡み合って多少避難じみた色が隠せないが、それに対して「喜ばしいことだ」と返した翁は気づ
かないのか、分かっていて煙に巻いているのか。後者なら相当のクワセモノだ。
時候の挨拶程度の問いかけなんだろうと礼を送って通り過ぎようとした仙道を、翁は本気で留めてきた。「少し
話を」と、口調が紋切り型なのには、血の系譜をまざまざと見せ付けられる。これで流川の父だったというひとが、
人当たりのいいお調子者だったら、まるで絵に描いたような隔世遺伝だなと綻ぶ口元をあわてて引き締めた。
「よい馬をお持ちだ」
だが第一声がそれで、おや、と思うものの自分の愛馬を褒められて嬉しくないはずがない。
「ありがとうございます。戦闘馬としての能力よりも気質と賢さが自慢なんですよ」
「うむ。馬速や馬力は傑出したものを持ちながら、矜持高く放埓で周囲に手を焼かせる楓の馬とは大違いだな」
「辛うじて楓くんにはなんとか、って感じですね」
「困ったものだ。他の者が手をかけようとしても、楓を呼んで来いといった顔をしよる。よく手なずけたものだ。
しかしアレはよい種牡馬になろう。来春の繁殖時期が楽しみだ」
そこへ両手に桶を提げた流川が通りかかった。なにサボってやがると目が威嚇しているが、翁は顎を上げてひとつしゃ
くる。仙道は不可抗力だと肩をすくめた。後ろ姿に怒りマークをいくつも貼り付けた愛孫が、遠ざかってゆくのを見計
らって翁は続ける。
「遥か大昔、アラビア人たちがどうやって優秀な戦闘馬をつくり上げていったかご存知か?」
「アラビア――?」
まったくもって話の方向性が唐突だ。こんなところにも隔世遺伝は生きている。
「いえ。で、アラビア種ってのが優秀なんですか?」
「さよう。知らないのか」
「馬の飼育に関係してないとふつうは知らないと思います」
「ムハンマドがな」
「は?」
自分だけ分かっていて喋っている辺りが、流川も年を取るとこんな感じになるんだろうなと思えて、多少なりとも
愉快だ。
「イキナリ、イスラム教の預言者? エラく遡った話なんですね」
「そう、伝説だ」
「で、どうしました? ムハンマド」
「そのムハンマドが総ての持ち馬を数日間水も与えず閉じ込めた。。そして態と川の前で馬たちを
解き放つ。当然馬たちは水を求めて疾走する。このときにムハンマドは戦闘開始を告げるラッパを鳴らした
と言うのだ。多くの馬は渇きに勝てずその指令を無視して川へと向うが、しかしその中でも、命令に忠実に立ち止まろう
とする馬が何頭かいたらしい。この少数の中から偉大なアラブ種が端を発したと」
「健気な話ですね」
「そう。哀しくも健気だ。しかしアレも同じような育てられ方をしたらしいの」
三月ほど前、フラリとこの村に姿を現した馬連れの少年は極度の飢えでフラフラになりながら、この村はなんでルカワ
なんだと意味不明の問いかけしたきり立ち尽くしたらしい。不審なよそ者と、知らせを聞きかけつけた
村夫子(村長)は、彼の姿を
認めて言葉を失った。十年も前に鬼籍入りしたと聞いたひとり娘と生き写しだったからだ。
その昔、コサック騎兵が乗るシベリア種と蒙古馬とを交配させた竜騎馬の生産に成功したこの村――ルカワに、噂を
聞きつけた名門粛親王家の当主が自ら買い付けに訪れた。挙兵するわけでもないのに、最高の騎馬を備えた私兵団
を構えるのだと誇らしげにうそぶいた暇と金を持て余していた雅人は、悠々と闊歩する若駒から視線を移し、
何人もの愛妾を抱えている我が身を忘れて、村夫子のひとり娘に一目ぼれした、と。
「さらわれました、か」
「即日だ。否応はなかった。馬はともかく女を選ぶ目だけは確かだったな」
初めて聞いた軽口は、まるで仙道にも向けられていると勘ぐるのは被害妄想だろうか。
里帰りは一度も許されず、便りも年に何度か。ひとり息子の名に楓と名づけたと、そして具合が思わしくないと
いう便りのあと、再度訪れた親王の手にはひと房の黒髪が握られていた。
その帰り際に破格の値をつけて買い取っていったのが、いま流川の愛馬となっているあの馬で、そういう形の
詫びを受け入れようと諦観したのだとか。
語りながら少し前のめりになった翁に、やはりこの老人は突然舞い込んできた仙道の使命に感じ入って
納得して、この村での滞在を許したのではないと突然、理解した。翁が知らない孫の一面を――いや、ほとんど知りよう
がない、ここにたどり着く前の彼を知っている人物。語らないなにかを、そう期待してそう認識した上でのことだった
のだろう。
「後ろから声をかけると、いや、後ろだけではないな。不意をつかれると自然と手が腰のストックホルダーに伸びる。
突然抜かれたことが何度もあった」
そのときの切迫した流川を容易に想像できて、仙道は重い嘆息をつく。
母の故郷で、頑固そうだが実直な祖父に庇護されて、それでも全方向への警戒を解けるほど、安穏とした半生を
送ってきたわけではない。気配と殺気を読み違えてしまっては余分に気疲れするだけだろうと、それは
幾分年を重ねたからこそ言える科白だ。
「それはここで平和に暮らせば薄れてゆくと思われますか? それとも彼にはここでの生活は向いていないと?」
酷く残酷な、それでも翁が本当に聞きたかったであろう本質を抉る。仙道だって流川がこの村を離れて、また
抗日の渦の中に戻って欲しいとは思わない。翁にしてもなにを差し置いても阻止するだろう。ただ、彼を
迎えてから積もり積もってゆく澱のようなものを、語ってしまいたかったのだ。
愛孫の受けた瑕を知っているかもしれない男と。
実際流川が幼少の頃からどんな教育を受けていたのか仙道は知らない。だが、生まれながらにして戦士なんて
やはりあり得ないのだ。環境が彼を育てたと思っていいだろう。その環境が、ここでなら変わってゆける。この
環境に躰が慣れる。多分、自分自身が傷つかないくらいに折り合えるだろう。
そう思う。
「アレは内なる己と戦っているのだろう。その気でいる限りは絶対にこの村から出さん」
「深い愛に包まれてますね」
仙道が目を細めると翁は当然だとばかりに眉を上げた。そして付け加えることも忘れない。
「こうやって釘を刺しておけば、可愛い孫に不埒な行いをする輩もおらんて」
「あら――」
やはりクワセモノだ。だから返してやった。思い切りひと好きのする顔で、これ以上ないというくらいに眉を下げて、
「楓くんと一緒に入りたいんで、この辺りに温泉、ないですか」、と。
聞けば近くにあるらしいのだ、温泉が。
タラシの一念岩をもとおす。天は下心で動くものも助く。求めよ、彼を。さらば与えられん、だ。ご近所の
道祖神さま、ありがとう。余りにも直裁な物言いだったから、目を丸くした翁の中で仙道の下心とが上手く結びつかな
かったのだろう。奇襲攻撃の勝利だ。
どうでもいいことに拘る男、仙道彰。あると分かったら、なにがあっても手足を伸ばして湯に浸かりたい。そして、
胸の瑕の存在に苛まれている流川に事実を突きつけるには、うってつけじゃないか。もう目を逸らして欲しくない。
誓って言うが、文字どおりの裸の付き合いに発展させたいだけじゃないぞ、と。翁の憂慮と懸念をも解放できるかも
しれないと思うくらいに、傲慢にできている。
それは、ま、いま思い至った理由だが。
牧場に飼っている馬たちを五十頭づつくらいに分けて遠駆けに連れ出すことがある。のんびりとひとを乗せて走る
だけでない戦闘馬の訓練のようなもので、それこそ日の出と共に出発して戻ってくるのは日の入りだ。一日じゅう
駆けどおしといっていいくらいの荒行だった。
それに俺もついて行くよ、と言ったときも流川は特に反応を示さなかった。ふたりっきりの遠出は初めてだね、と
目尻を下げると、「仕事だ」とにべもない。それでも嬉しそうに旅嚢に手ぬぐいなんかを詰め込む仙道の背を、
不審そうにじっと見つめる瞳があった。
カンは悪くない。
想像がつかないだけで。
ちったぁ悩めと、その視線を背に受けて仙道はほくそ笑んだ。
低いなだらかな山々の稜線を一条の光輝が切り裂くように弾き出す頃、ふたりと五十頭の馬は翁に見送られて
村を後にした。一群が立てる地鳴りのような馬蹄音が曠野を犯し、三半規管を直接揺すぶられているような酔いが
襲ってきたが、こんなところで音を上げてはいられない。馬の鼻先ニンジンの状況で己を駆り立てた。
仙道は一度流川の真横に並んで、「翁、オススメの場所があるから」と言い捨てて先んじた。どこへと問う前に
馬速を上げた男の背を見送り、一群の馬たちが
その後に続くのに遅れを取ってもいられない。流川は最後尾に下がって従うしかなかった。
曠野に岩肌が混じり木々が目立ちだした。ほどなく峻険のとば口に差しかかり、先頭をゆく男は迷いなく山道を
昇り始める。さして広くもなく、しかしきちんと地ならしができている傾斜を上がりきると、まず、もわっと
した湿気と熱度が彼らを覆った。傾斜が終わり道が開かれたと思ったら、真正面には切り立った崖。その手前にある
泉らしきものからは間違いなく湯気が出ている。
流川ははじめ、地獄の窯の蓋が開いたかと思ったらしい。泡を噴いて煮立っていたわけじゃなから、その表現は
どうかと思うが、見たこともない風景ならそれも仕方ない。
「仙道、なに、これ?」
と、凡そらしくないポカンとした表情を引き出せて満足した男は、愛馬から飛び降り手を浸して温度を確かめると、
さらに困惑気味の流川を置き去りにし、衣服を脱ぎ捨て下穿き一枚のまま躰を浸していった。湯の量は丁度腰の辺り
まで隠している。それをパシャンとすくい硬度を愛でるように顔に浴びせている様はほんとうに気持よさそうだ。
「おまえも入れよ」
振り返られ、手を差し伸べられ、ただ、たじろぐ。人前で肌を晒す風習はないし、なにより陽の下であらわに、湯気で
霞んだ裸身にあるはずの傷跡が、薄暗い室内で見るよりもアリアリと現実を突きつけてくるのだ。一度も経験したことの
ない後悔というより、あのときの己に対する怯えだ。
流川の逡巡を他所に、仙道はその形のまま、手を差し伸べたまま愛馬の名を呼んだ。
「赤兎」
え、と思う前に背後から巨大な影が差した。振り返った流川の視界に飛び込んできたのは、赤銅色の馬体が両の前脚を
折り曲げ、跳びかからんばかりに眼前に迫った姿。押しつぶされる。それよりも畳んだ前脚が跳ねようものなら、
顔面強打の上に脳震盪で済まされないだろう。
――ちくしょう。
押し倒される格好で流川は背中から湯の中へ放り出された。
バシャンと景気のいい水音が、静謐な葉ずれの音の中に響き渡る。
あわよくば踏みつけるつもりだったのだろう。水中に逃れてもがく上には赤兎の馬体。とにかくかいくぐって、酸素を
求めて四肢をばたつかせ、溺れるほどの深さがないのにどこもかしこもお湯だらけで、ゴボと痛いくらいの塊を飲み込んだ
ときに、やっと引きずり上げられた。
ゲボゲボと、情けないことに鼻から口から吐き出るものが止められない。息が詰まって涙が滲んで、ようやく呼気が
安定したときにすがっていたのが、仙道の両腕だと気づいても離すことは出来なかった。
総ての器官が痛い。
当の赤兎はと見ると、着水して悠々と水の抵抗を楽しんで歩いている。
「おまえ、泳げなかったのか? 溺れるような深さじゃなかったんだけど」
「――るせー! ……てめーら、ひとをコケにしやがって!」
「してない。してない。こんなに気持イイのに、躊躇ってる方が勿体ないじゃないか。日本にはさ、ひとと猿とが一緒に
入れる温泉もあるんだぜ。動物だって疲れが出たりするんだ。入浴って凝り固まった筋肉を解してくれるから、
調子の悪そうな馬がいたら連れてきてやるといい。だからおまえもさっさと――」
入れと、最後まで言わせないで流川は、咳き込みながらも仙道の――引きつった痕を残す胸の瑕に、噛み付いた。
「――る……」
痛みよりも甘い疼きの方が先に来る。両肩を掴んだ指がそこに食い込み、目の前の黒髪がかすかに揺れていた。
その髪を引っつかみ顔を上げさせたい衝動を懸命に堪える。けれど指一本動かせないかった。彼の勢いに気圧されて。
こんな瑕――いつまでも拘っていられないのは、いたくないのは流川の方がずっと切実だったのだ。
分かっている。自分が仕出かしたこともその結果も。だからこそ、だれかから癒されるのを待っているなんて我慢
ならない。段取りも心構えも総てすっ飛ばし、流川は呵責の根源を払拭するために――。
剥いていた牙を引っ込めた。
「流川……」
「んな瑕、いつまでもエラそうに晒してんじゃねーよ」
仙道の心臓近くに吐き出された言葉を彼は正確に理解した。構ってんじゃねー。気にかけてんじゃねーよ、と。
そして仙道は流川の水を吸って重くなった皮大衣(上着)を剥ぎ取り、彼の左腕に残る、自分が二度も射抜いた銃痕に
唇を寄せた。
儀式のような行為だった。
顔を仙道の胸に埋めたまま腕を取られた無理な体勢から、流川はゆっくりと上体ごと上げる。そこに更なる儀式を
続けるために間近に寄せた仙道の顔を流川は片手で阻止して、取りあえず抗議の声を出した。
「帰りの服、どーすんだよ。びしょ濡れじゃねーか」
「乾くまで待ってりゃいい」
どうせ時間がかかるし、と温泉独特の匂いの残る唇に自分のそれを重ねた。何度か角度を変え耳に恥かしい
粘着質な物音が立ちだすと、両の腕が首筋に絡みついてくる。
パシャリと跳ねる水の音。それに混じる息遣い。吐息も周囲もなにもかも痺れるように揺れて滲んで、仙道に
覆いかぶされ傾いだ流川の背にコトンと何かが当たった。岩肌ではないもっと柔らかい何か。
気づいた仙道の瞳がこれ以上ないというくらいに丸く笑む。馬肌だ。斜めにそれを確認して、怒髪天マークが
流川のこめかみに浮かんだ。
赤兎が、いつの間に近づいたのか、流川の背後で足を畳んで座り込んでいたのだ。この背を貸してやろうという
主への協力のつもりか、さっさと犯られてしまえという嫌がらせか、それとも馬といえどもこの視線に耐えられるのか
というふたりへの挑戦か。
「さすがウチの愛馬は気が利く」
お言葉に甘えましてと、自分の都合のいい方に曲解した仙道の口付けは深くなった。流川はコイツの前で、んなこと
してられっかと、無駄な抵抗を試みる。赤兎は悠々と座り続ける。
それぞれのせめぎ合いはまだ暫く続きそうだった。
end
これはいわゆる温泉DEエッチというパターンになるんですね。(激しく確認) 温泉。お馬たち。
流川の怯え。お爺。お初。こんなキーワードをブツブツ呟きながら書きました。やっぱあたしは
ソコへ行き着くまでの過程が好きv(←逃げ)
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