歯槽膿漏を病む男

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                 病草紙(国宝)                 


 約800年前、平安時代末期から鎌倉時代初期に、土佐派の画家によって書かれた「病草紙」はどのような目的で書かれたか不明だが、病気や身体に対する関心が、画家に筆を執らせたと思われる。
本巻物は絵に詞書(ことばがき)があるので、絵の病人が何の病気かわかる。絵巻物は非常に興味深い。どれをみても歴史の息吹を感じることができる。
この絵巻(7)の餓鬼草子のリアルさ、地獄草子のなかの登場人物の表情そして病草子の人物 たちは、表面的ではみれない歴史のおもしろさをふんだんに描いている。英雄たちでない歴史の視点を探るには最適の絵巻物である。特に病草子は医学的観点から見ると非常に興味深い(小松 茂美: 餓鬼草紙 地獄草紙 病草紙 九相詩絵巻,日本の絵巻 (7)、1994)。

 萎烏帽子(なええぼし)をかぶり水葛袴(すいかんくずばかま)のいでたちは、この家の主人であろう。男が大きく口を開けて、指で歯をつまんで、痛みを訴えている。現代人も苦しんでいる歯槽膿漏である。
 梶(かじ)の葉を染めた水干は、袖括(そでくぐり)を通して首上(くびかみ)で結んだ赤いひもが鮮やかで、画面に色彩を添えている。傍らの小袖姿の女は、妻であろう。折敷板(おしきいた)の上に並べられた食事は、興味を引く。食べかけの飯には、箸が立てられている。食器は、いずれも漆塗りに朱の蒔絵がしている。                                                                      現在と何ら変わりなく、約800年前から歯周病に苦しんでいる。治療法は格段に進歩した。食事は炭水化物(米)が主で、食生活は大きく変化している。  




 おとこ(男)ありけり、もとよりくち(口)のうち(中)のは(歯)、みなゆる(揺る)ぎて、すこしもこわ(硬)きものなどはかみわる(咬み割る)におよ(及)ばす、なまじゐにおちぬ(落抜)くることはなくてもの(物)く(食)ふ時は、さは(障)りてた(堪)えがた(難)かりけり。