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老子 道徳経 top



第 一 章  〜  第二十七章 INDEX-1
第二十八章  〜  第五十四章 INDEX-2
第五十五章  〜  第八十一章   INDEX-3


               

「老子」 について

  老子は、周の時代、前六百年頃の人物と言われ、この書は、「老子」或いは

 「老子道徳経」と言われている。

 六朝時代の魏の王弼(オウヒツ・249年没)の註解が信頼できる最古のものと

 され、五千言を八十一章に分けたのも、この頃とされているが、すべて確定的

 なものではない。又、老子という人物は、謎の人物であり、漢代の司馬遷の著

 「史記」(前九十年頃)の「老荘列伝」には以下の様に書かれている。(要約)


 「老子は、楚の苦県(コケン)の癘郷(ライキョウ)、曲仁里(現在の河南省鹿邑

 県(カナンショウ ロクユウケン)の人である。姓は李氏、名は耳、字は伯陽、お

 くりなしてタンといい、周の守蔵室の吏(役人)であった。

  孔子は、礼について老子に教えを請うたが、老子は彼の学問の方法や態度

 について厳しい忠告を与えた。孔子は帰ってから、次の様に言った。

  「老子という人は、あたかも天にのぼるような人で、私ごときの人間には計り

 知ることができない・・・」

 老子の学問は、才能を隠し、無名であることを旨とした。


  老子は周王朝の衰えとともに、そこを立ち去り、牛に乗って函谷関に至り、

 そこの関所の番人の尹喜(インキ)に請われるままに、上下二編の道と徳との

 五千余言の書を書いてそこを立ち去った。

 その最後を知る者はだれもいない。・・・・・