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 三十輻共一轂。
 当其無、有車之用。

 セン埴以為器。
 当其無、有器之用。

 鑿戸ユウ以為室。
 当其無、有室之用。

 故有之以為利、
 無之以為用。


 
三十輻(ぷく)一轂(こく)を共にす。
 其の無に当たりて、車の用あり。

 埴をこねて以って器を為(つく)る。
 その無に当たりて、器の用あり。

 戸ユウをうがちて以って室を為る。
 其の無に当たりて、室の用有り。

 故に有の以って利を為すは、
 無の以って用を為せばなり。


<語句解説>

  • 輻・・や、車の矢。
    • 「轂(下記参照)」から放射状に並んだ木。スポーク。
      意味・・明るい、爽やか。調子が狂う。痛む、害う。
  • 轂・・こしき(車輪の中心部)。
  • 「セン」の字(エンとも読む)は「土+延」の字ですが、
    MS IME の辞書にはあるのですが?マークになって
    しまって使えません。
    意味は「こねる、練って柔らかくする」。
    「セン埴」で、ねば土をこねる意。
  • 「ユウ」の字は「版」の左編+「戸」の下に「甫」
    という漢字で、壁の窓の意味です。
    (窓は本来天窓の意でした。)

<解釈>


 三十の矢が放射状に集まって、一つの車輪の中心部と共にある。
 そこに無(空間)があるから、車輪の働きをする。

 土をこねて、それで器を作る。その器に無(空間)があるこらこそ、
 それは、器としての用を為すのである。

 壁をうがって戸口や窓をつくり、それで以って、部屋をつくる。
 部屋の中に無(空間)があってこそ、それは部屋の用を為す。

 従って、有が有としての価値がある為には、そこに何らかの
 無の働きがあるからなのである。

<雑感>
 
 ここで老子は、無の働きを強調して述べています。
 普段我々が忘れている事かも知れません。現代は、いろんな物事を
 総て有用に活用しようとする意識が強過ぎる様にも思います。
 しかし、物事には必ず対象があって初めてその意味が生じるのだと
 いう事を老子は繰り返し繰り返し述べています。

 人間には、有無を初めとして、善悪、賢愚、等々、片方を良しとし
 て片方を排斥しようとする思いがどうしても生じる様です。
 しかし、片方を排除すれば、自分が大切に守ろうとしたもの迄もそ
 の意味を失ってしまうのだという事を、我々はもっと考えるべきな
 のではないでしょうか。
 

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