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KYMAの特徴はその深いレイヤー構造にあります。これは初見で全体像を掴みにくいことを意味していて、KYMAのユーザーが学術系や映画製作現場などに限定される要因の一つとなっているようです。理想をいえば、事前にオブジェクト指向言語を習得しているユーザーがベストなのでしょうが、音響的な知識もまた導入へのアドヴァンテージとなるようです。
さて、具体的なソフトウエア導入へのアプローチですが、まずこれをもって何を行うかという明快なゴールの設定が習得への最短距離となります。実際のところはソフトウエアの階層が余りに深く、全ての機能を網羅することは非常に難しく、エキスパート・レベルに到達するためには多大な時間と努力が必要となります。現実的には使用者自らが「製作」を行う過程で、必要なスキルを獲得していくことになります。
個人的な事例となってしまうので、参考となるか自信がないのですが、僕の採った方法は過去に電子部品を使って製作した音響機器をソフトウエア上でシミュレートすることでした。僕同様、ユーザーにアナログ回路の設計を行った経験がある場合は、現物の回路を組むのと同様の感覚で、オブジェクト製作に望むと良いでしょう。これによって、ソフトウエアの使いこなし(アイコンの配置など)というフィジカル面のトレーニングと、KYMAを構成しているオブジェクト群の理解を一度に行うことが出来ます。ちなみに、単純な信号経路は比較的簡単に作れてしまうので、あまりトレーニングにはなりません。オブジェクト構築を理解するキモはモジュレーション回路などのコントローラー系の製作にあります。モジュレーターの設計には数学的なセンスが必要なので、ここでKYMAのクセを学習することが出来ます。
ここで、理解する必要があるのは、Smalltalk独特の計算ルールです。例えば、ふつう学校で習う、除乗算の優先は行われません。KYMAでは、2+3×2=10となります。あと、周波数設定など特別な場合を除いて、パラメーターに入力される数値のスケールは0から1、もしくは-1から1となっています。これも、最初にKYMAを使ったときに戸惑う部分です。しかも、LFOなどモジュレーション系のオブジェクトを使いこなすためには、混在している2つのスケールを統合する作業が必要になります。
通常KYMAのオシレーター系オブジェクトの出力スケールは-1〜1なので、これを0〜1のスケールしか許容出来ないフィールドにコントロールデータとして入力する場合を考えましょう。LFOとして扱うオブジェクトを[Osc]Lと表現した場合、
[Osc]L + 1 * 0.5
という風に、出力に+1をオフセットし、結果を1/2することで、データのレンジを0〜1にシフトしています。具体例ではディレイ・オブジェクトの遅延時間レンジ・コントロールなどが挙げられます。
このように、シンセサイザーでいうところのCV系回路をソフトウエア上に再構築することが、KYMAを学ぶ上で効率的な学習方法だと思います。所謂部品のレベルでは、フリップ・プロップやカウンターなどのデジタル・ロジック系の素子を作成してみることもお勧めします。出来上がったオブジェクトは再利用のためにライブラリーとして保存しておきましょう。
オブジェクトを駆使することで、ある程度の規模の音響システムを構築出来るようになったら、次にその要素を分解して並列化することを学びます。KYMAにはオブジェクトそのものをプログラミングするSoundEditorと、出来上がったSound(オブジェクトのことをKYMAではSoundといいます)を並列に時間軸上に配置するTimelineという機能が存在します。 このTimelineはミュージカルシーケンサーのような外観が特徴ですが、扱うデータはMIDIやAudioFilesではなく、「オブジェクトそのもの」という点がユニークです。つまり、時間軸でオブジェクトの生成と消滅をコントロールすることで、DSPの占有を避け、プロセッシングパワーの消費を押さえることができるのです。また、Timelineでは、ライン上に並んだSound間のデータをBusによって共有することで、巨視的な視野で複雑なシステムを構築することが出来ます。
KYMAに限りませんが、この手の実態の掴めない巨大なポテンシャルを持ったシステムに対峙する場合、ユーザーには確固たる目標が必要とされます。以前SymbolicSound社を訪れた際に、「KYMAは鏡だ」と言ったところ、スタッフに妙に納得されてしまいましたが、自分の観念を現実化するという意味で、恐ろしいソフトウエアだと思います。 |
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