ThePowerSourceOfVirtualSynthesizers: DSP vs CPU
KYMAが発表された当時のVirtualSynthesizerは大別すると、信号処理をCPUに依存するものとDSPに依存するもの、この2つの選択肢があった。当初は、信号処理に特化されたDSPを使用するグループが圧倒的に有利であったが、(録音専用機ではProToolsなど)現在ではCPUのプロセッシング・パワーの飛躍的向上もあって、そのシェアは逆転する結果となっている。ただ、処理能力がCPUのスピードに比例するかというと、問題はそう単純ではない。CPUのスピードアップに伴って、当然OSも巨大化し、その要求するタスクもそれなりにヘヴィーになっているためだ。 

一方、DSPもFPGA等の書き換え可能な素子を含めて進化し続けている。これは、スタンドアロンな使用を可能とする画期的な技術であり、それを実用化した音響デバイスも規模は小さいながら発売され始めている。DSPの利点は前述のように、楽器単体のスタンドアロン化が可能なこと、及びCPU依存を極力減らすことによって描画というヘヴィーなタスクを分散させることが可能な点が挙げられる。業務系の機材はいまだに外部DSPに処理依存するものがメインストリームで、パソコン内で処理を完結させるものは意外と少ない。これは、音声の入出力に独自のデバイスを必要とすることもあって、汎用機であるパソコンとの互換性を考えた場合に、よりシームレスにシステムを統合するには、外部で一括処理を行う方が有利ということもあるのだろう。

反対にコンシュマーモデルはその殆どがCPUに処理を依存しており、信号処理はパソコン内部で完結している。これには何よりもコストの問題が絡んでいる。もちろん、ソフトウエアとハードウエアが抱き合わせとなるプロ用製品の価格は高く、シロートがおいそれと手を出す訳にはいかない。その点、Digidesignの商品展開は狡猾であり、ブランドイメージを維持しつつ、コンシュマーも手出しが出来るトヨタ的な商品展開を成功させている。

話をKYMAに戻そう。KYMAの場合、信号処理をDSPに依存しているが、その処理をDSP上に並列化出来る点がユニークだ。DSPはパソコンに接続されたCapybaraというBlackBoxに搭載されている。このBlackBoxにはDSP拡張用のスロットが12基あり、ユーザーは求められる処理の重さに対応してDSPの搭載量をカスタマイズすることが出来る。つまり処理に応じて、リーズナブルなDSPの構成を選択できるというわけだ。また、Midiや音声信号などの入力はこのCapybaraのマザーボードに直結されているため、パソコンを経由することで生じるレイテンシーを考慮することは殆ど必要がない。問題はやはり、コストと利便性と思われる。つまり、最小限の投資で40万円を越えること、軽いとはいえ、3Uの機材を持ち歩く必要があること、以上がKYMAの弱点である。

巷にはMSPやSCなどのユーザーコミュニティーが増え、ソフトウエア・シンセサイザーが市民権を得た傍証となっている。これらのソフトウエア・シンセもKYMAと同様にモジュール化されてはいるが、巨大な音響システムを作るにはまだまだ「部品」の感覚が強すぎて、我々音屋系の人間には敷居が高いように感じられる。KYMAの場合は、最小単位がモジュールなので、(部品として存在もするが、巧妙に隠蔽されている)比較的全体像を見渡しやすい構造になっている点が現場指向でもある。我々から見た場合、MSPやSCはプログラミングを行うこと自体が目的とされているようにも見える。ユーザーの指向性の違いが興味深いところだ。

KYMA以外に直感的に操作出来たSoftwareSynthesizerを挙げると、TurboSyntheとReactor、それに更にマイナーであるがProToolsTDM上で走るDIYLabというものが存在した。Reaktorに関しては実際にいじった経験が少ないので何とも言えないが、あとに挙げた製品は著しく安定性に欠けたものだった。KYMAとは違って、コンパイルの必要のないリアルタイム性の高さが売りではあったが、実際は怖くてランニング中にパラメーターをいじる事は御法度だった。

Reaktorはオブジェクト指向でありつつ、KYMA以上に楽器的で直感的な操作を行えるインターフェイスが特徴だが、ハードウエア依存ではないことが最大のアドヴァンテージである。これはKYMAと直接競合するソフトウエアかも知れない。Reaktorの指向性は、よりミュージシャンサイドに偏ったものであり、Tecno等の音楽文化と直結した印象がある。この点での親しみやすさ(あくまでKYMAとの比較だが)は、よりアカデミックな背景を持つKYMAには無いもので、Reaktorを支持するコミュニティーが多数存在することがそれを証明している。現在デモ版(Ver.4)をインストールして試しているところだが、幅広いヴァリエーションのモジュール群は楽器や音響機器に使用感が近く、中小規模の演奏システム構築ではこちらにアドヴァンテージがありそうだ。ただ、マルチ・チャンネル化されたシステムでモジュール間のリレーションを行う場合には、プログラムのスパゲッティー化は避けられそうにない。KYMAに於いても同様にプログラムのスパゲッティー化の問題が存在するが、オブジェクトを並列化出来るTimeline機能を活用することで、より巨視的な視野からシステムの設計を行うことができる。

Reaktorに必要なCPUパワーであるが、Pen4/1GHzが最低限必要となる。ラップトップの運用ではPenM/1.5GHz以上が推奨となっているが、ヘヴィーなタスクが予想される環境ではこのスペックでも少々苦しいかも知れない。

なお、PropellaHeadsの製品等リアルな楽器をシミュレートしたソフトウエアに関しては、製品のベクトルが「再現」にあることからこれを割愛する。