第二十二話
思い出のテント
連日猛暑が続いている。 今月の中頃から末までには梅雨も明けるだろう。 この時期、わたしはちょっと憂鬱になる。 何故なら夏休みにはいると、早々に 毎年わたしの嫌いなイベントが待ってるのだ。 それは・・・・花房家恒例のキャンプ。 わたしはインドア派である。 家にいるのが一番好きだ。 好きな音楽を聴きながら、好きな花を弄って愛でて 昼寝して、食って、寝て、また食って。 清楚で可憐なはずのわたしが産んだ3人の子供は、 何故か、猿並みの野生児の男ばかりだった。 よって、わたしはインドア派なのよ〜 とはいっておられず、息子たちが小さい頃から 海水浴や、遊園地、自然公園、 とにかくいろんなところに連れて回ったものだ。 長男が小学校1年の夏、 夫はかねてから実現させたいと思っていた キャンプにいく事にした。 キャンプの道具がなにもなかったので、 必要なものを揃えていかなくてはならないのだが、 そこは船場育ちの夫の事、無駄金は使わない。 利用できるものは、古いものでも最大限に利用 夫は流行に全くこだわらない人間である。 子供の頃のキャンプに利用していたと言う テントを実家より持って来たのだが、 このテントというのが年代もので わたくしを驚愕させたのだった。 ふっ古すぎるよこれ。それに汚いっ 今の時代にこんなテント、存在しないぞっ!! とわたくしを驚かせたそのテントは、 雨露をしのぐだけの、シンプルな三角テントだった。 厚地の黄色のそのテントは、30年程前のものと思われる。 船場の商家の息子だった夫の家では、夏になると 会社の社員、丁稚さん、お手伝いさんを引き連れ 大人数でキャンプに出かけるのが恒例だったらしいのだが、、 どうもその頃使っていたテントの一つらしい。 船場の商人は、けちだと言うのは本当だったのだ。 厚地の生地のそのテントの中にはいると、 中は真っ暗である。(ひ〜〜〜) 床は地面のためにそこに敷物を敷くというものだった そのテントとともに出かけた場所は、 能登半島のとあるキャンプ場。 カラフルなテントが、ところせましと並ぶなかで、 今の時代、みた事もないようなテントを、 まったく気にする様子もなくルンルン気分で張るダーリン この夫の凄いところは、 人様の目をまったく気にしないところである。 流行は追わない、古かろうが、破れていようが 笑われようが、彼にとっ人目はどうでもいいことなのだった。 初めてのキャンプに子供たちも大喜びで、 わたしたち家族は、それなりに2泊三日の楽しいキャンプ旅行を、 の、はずだったのだが。(遠い目) 我が家にあの時のテントはない。 初日ののキャンプの夜、疲れてぐっすり眠っている わたしたち家族を襲ったものは、突然の豪雨であった 地面の上に敷物をしただけの床に 寝ていたわたしたちのテントの中には、 またたくまに雨が流れ込んできたのだった。 わたしたち夫婦は、慌てて幼い息子3人を 順番に車の中に放り込むと、豪雨の中荷物を車に押し込め、 立派なテントの中で眠ってるほかのキャンパーより一足先に、 逃げる様にしてキャンプ場を跡にしたのだった。 そう、 つまり、 テントを置いて来た 車の中で、長男の「ねえ、パパ、あのテント持ってかえらへんの?」 という素朴な疑問に、夫は 「ああ、あのテントは、あのキャンプ場に寄付して来た」 と答えた。 うそつけ!捨ててきたんだろが。 当事幼かった子どもたちは、 パパはとってもいいことをしたきたのだと、思っていたに違いない。 そして、その夏の思い出の感想文に 「僕たちは、テントをキャンプ場に寄付しました」 と書いていた。(いい子だよ、お前は) キャンプ場を管理されていた皆様、 当事の置き去りテントの件許してほしい。 あのテントは、きっとあのあとすぐに処分されたのだろうか。 それとも、あの時代に珍しいあの型、 皆のさらしものになったのは、言うまでもないだろう これに懲りてキャンプはその後しなかったのか、 と言えば、、、 いまだ続く花房家のサバイバルキャンプは健在である。 ひ======んっ(ToT)