私自身が変わらないと
急に思い立って出かけた行き先は
学生時代の友人のみゆきがいる福岡だった。
福岡の駅の近くに、
事前に彼女にホテルを取ってもらっていた。
子どもはきらいだっ!といいつつ
4人もの子どもを産んだみゆきは
見合い相手と結婚したのだが、
結婚当日まで、結婚する事をしぶりにしぶり
当日白無垢のまま、披露宴の最中気分が悪くなり
救急車で運ばれたという花嫁だ。
とにかく彼女に会いたかった。
なにを話しのかは記憶にない。
只彼女がぽつんと言った、
「好きな人と結婚したちゃこは、幸せなんだよ」
という言葉をはっきり覚えている
夜10時頃にはホテルに戻り、
2〜3泊と言ったものの、
その時すでに、子どもたちに無性に会いたくなっていて
明日の朝には帰ろうと考えていた。
早く帰ろうと決めた時点で、
わたしは、自分の気持ちを確認する。
弱虫になったときの夫は、わたしが支えればいいのだ。
夫の遁走は、次の年の同じ頃にもあった。
会社を背負っている夫の苦労を見ているわたしは
わたしもいっしょに苦労していく覚悟だ。
一度辛い経験をしたわたしだ。
どんと構えていてやろうじゃないか。
その年の遁走は覚悟もできていたし、
比較的平静だったとおもう。
その年は、帰って来た夫に
彼の衣類を詰め込んだ大きなバッグを渡して
「残りの荷物は、後で実家に送ってやるよ」
といって、彼を家から放り出した。
1時間くらいで帰って来たけど、
わたしなりの大概にしろよという意思表示だった。
3年目も確か、2〜3日だったと思うが、
遁走したような気がする。
はっきり覚えていないのだから
こっちも肝っ魂が据わってしまっていたのだろう。
スランプに陥ったりしているとき、
たまにこういうことを言ってみる。
「また、遁走でもしてくる?」
「この家の表札が、
変わってる可能性もあるけどねえ・・」
人間覚悟を決めて、開き直ると強いものだ。
夫の遁走を持ち出して責めたことはない。
人間、いろんなものを背負っていて
それから逃げ出したい事もあるだろう。
人間、そんなに強くはないと思うから。
遁走事件は、夫婦の関係に支障をきたすことではなかった。
夫の弱い部分をみたことで、その弱い部分ごと
受け止めようと思えるようになっていたのだろう
夫婦の機微っていうのかな。
お互い相手を必要としているのは
言わなくてもわかるものなんだ。
それに、あたしにだって
遁走のチャンスはあるかもっ!!!!
(すでに、なにかを企んでいるしたたか妻)
わたしは専業主婦だが、
精神的な部分では、自立していたいと思っている。
そして自分をうんと可愛がってあげよう、
誉めてあげよう、御褒美をあげよう
そんな風に思うようになっていた。
自分が幸せでなくて、家族を、まわりを
幸せな気持ちにしてあげられるはずがない
数年前に、夫に2つ年上の兄にいわれた事がある。
「おまえ強くなったし、明るくなったよなあ」
「今のおまえのほうがずっといいよ」
まず、自分が変わる事だと思ってる。
回りにプラスの影響を与える人間でいたい。
いつも思っている事である。
3年前から実行している一人旅は
いわば、自分への御褒美だと思っている。
気持ちよく旅行に出してもらう事で
改めて夫に感謝をし、子供に感謝をし、
そして、自分自身リフレッシュして帰ってくる。
やめられない・・・これは
毎年実行してやるのだっ!!
これが、わたしの遁走だ
私自身が幸せにならないと。
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