私自身が変わらないと
バス停で夫とばったり会った私と子どもは
夫といっしょに家に帰り、
わたしは夫に抱きついて、わーわー泣いた。
ずっと泣く事もできなかったわたしは
夫の顔をみて堰を切ったように泣いたのだった。
とても心配したのだと、居場所も告げずに、
どれほどわたしが辛い思いをしたかと・・・。
もう二度とこんなことはしないでほしい、気が狂いそうだったと、
なくじゃくりながらそう何度も言った。
夫は、「心配かけてすまなかった。
会社が重荷になり、何も考えたくなかった」のだと
そういって誤った。
泣きながら、残されたわたしは、 もっと辛い思いをしたんだと
夫に言うと、ぽつんと、こんなことを言ったんだ。
「俺は弱い人間だけど、おまえは強いから・・・・」
なんだろ、
この時、わたし
頭を金槌で殴られたようなショックを受けたんだ。
いつも、いつも、夫を頼りにしていたわたし。
この人がわたしを守ってくれると思っていたわたし。
だけどなんとなく、
その時なんとなく、
「ああ・・わたしはこの人に依存するのはもうやめよう」
そう思ったのだった。
わたし、、変わらないとだめだな、
この時の夫の遁走については、
私は、その後一言も言及しなかった。
言及したところでなんの意味もないと思ったし、
追いつめる事はしたくなかったから。
あれから10年ほど経つが、その後も一度も
あれこれ詮索した事はただの一度もない。
それからしばらくたったある日
私は夫に唐突にこう言った。
私:「2〜3日わたしを一人にしてほしい、旅行に出ます」
夫:「え???どこに??」
私:「悪いけど行き先は言わない。あなたと違って
突然いなくなるんではなくて、こうして告げて出るのだから
それでよしとしてほしい」
夫:「長いこと、実家にも帰ってないし、
墓ままいりがてら、実家に帰ってこいよ」
私:「とにかく、一人にしてほしい」
夫:「心配やんかっつ!」
私:「あなたは、その心配をわたしにさせたんでしょうに。
だまって私をだしなさい」
「子どもを見れないのなら、
あなたの実家に連れていってみてもらって。
お母さんには、はっきりと旅行にでたと言えばいい」
夫:「おれへのあてつけか?復讐か?」
私:「それは違う。ただ、どうしても一人になる時間がほしい」
信用できない?
私は、あなたのやった遁走について何も聞かなかったでしょう」
「信用できなかったら、それはそれでいい、」
わたしはこうして、ボストンバックに荷物を積めて
朝の早い時間に家を出て新大阪に向かった
5月の終わりごろである。
あてつけの気持ちがなかったと言えば嘘になる。
でも、そんなことどうでもいいこと。
ただ、私はどうしても気持ちを切り替える必要があったのだ。
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