第十八話
遁走(とんそう)したダーリン2
辛いけど泣けない
身内の多い夫の会社だ。 夫が忽然といなくなったことはすぐに分かってしまう。 人間、こういう事件を面白がるというか、 無神経な人間がいるもので、 出ていった原因が、夫婦間のことなのでは?と かんぐるものも出てくる。 夫婦喧嘩でもしたのか?まあ、これは許せる。 どこの夫婦でも喧嘩の一つや二つはするものだ。 自慢ではないが、      私たちは回りも羨むほど 仲むつまじい夫婦だった。 女がいるんじゃないのか? きっと、女のところにしけこんでる。 男なんて浮気する動物さ、 こんな具合。 わたしは、そんな無神経な身内の言葉に深く傷つけられた。 幼い子どもに余計な心配はかけたくない。 何事もないように子どもの前では振る舞った。 わたしは、今夜こそは、今夜こそは、と夫の帰りを待った。 夫の兄は、「心配するな、そのうち帰ってくる」 と慰めてくれた。 夫の母は、「辛いけど、商売やってればこういうこともある」 「どんと構えて、帰りを待ってやってくれ」 「実家に帰らないで、子どもと待ってやってほしい」 「まわりのくだらない憶測は、聞き流しなさい」 と、心配して電話をしてきた。 夫の母はいつもわたしの味方だった。 まさか、、お酒を飲んで飲んだくれ、 喧嘩して刺されてないだろうか、とか わたしに至らないところがあったのだろうか、とか、 他に女でも、、まさかね、、それはないだろう。。とか 夜は眠れなかった。 悶々といろんなことを考える。 夫がいない事で、あちこちから電話がはいる。 一睡もできない日が数日も続くと、 思考回路も悪くなり、昼間ぼ〜としてることが多い。 辛くて、不安で、、 泣きたいのに涙も出ない。 それが余計に辛さに拍車をかける。 心臓がドキドキして眠れず、 求心といいう心臓のお薬を飲んでみたりしていた。 睡眠薬も飲んだ。 どこにいったかも知れない夫に、怒りを感じていたが、 それよりとにかく、元気で帰って来てほしい それだけでいいから、と強く念じて辛い日を過ごした。 このことを、わたしは大阪に住んでいる 10代の頃からの友人には打ち明けた。 ふさぎ込むわたしを非常に心配した彼女は、 ある休みの日、森林浴しようと奈良公園に誘った。 わたしたちは子どもを連れて、1日奈良公園でゆっくりした。 その時の写真がある。 若草色のトレーナーと、七分のパンツという、 若々しい装いで、笑って写っているわたしだが、 わたしの写真の中でもっとも寂しい顔をした写真だ。 この写真を見ると、いまでも当事を思い出して 辛くなるのである。 夫が突然いなくなって10日目のこの日、 帰りのバス停で、わたしは、 無精ひげをはやし、汚いなりをして疲れきって 家に帰ろうとしている夫に、出くわしたのだった。