第十七話
遁走(とんそう)したダーリン1
結婚生活17年、一番辛い出来事でした
遁走とは、なんぞやっ!! 豚が走る。 ちゃうがなっ!! 遁走 :人に告げずに居場所を離れ、放浪する。 その間のことが追想できないことや 新しい自己同一性を装うことも多い。 当事わたしは29歳。 3歳になった末の息子が、ようやく幼稚園へ通い出した年だった。 体力的にエネルギーを使う子育ての時期がまだまだ続く。 男の子3人の子育てに加え、長男が1歳になった頃から 我が家には常に、会社の従業員たちが居候をしていた。 大阪に住む夫の兄にいたっては、 結婚後まもなくこの家に転がり込んできて 実に10年近く、同居していたのだった。 (大阪に、自分の家庭があるっていうのにっ!!) 新婚まもないわたしたちなのに、 ラブリーな二人だけの時間はないに等しかった。 この兄は、男気のあるきっぷのいい実にいい男だ。 故に友人が非常に多い。 細かい事にはこだわらず、気さくな兄は 世間ではアウトロー的な人たちからの人望も厚い 高校中退の悪がき、元暴走族等いわゆるいわくつきの悪餓鬼を 彼らの両親に頼まれて、面倒見のいい夫の兄が引き受ける。 そして兄は私にこういうのだった。 「なあ妹(わたしのこと)、まあ今回も頼むわ、 17の悪餓鬼だ。面倒みたってくれ」 半ば強制的に、有無も言わさず 彼らの、一切合切の面倒を見る羽目になっていたわたし。 自分の家でありながら、裸でうろうろすることさえままならず、 若い子に、気を使いもって生活をしていた。 山のような洗濯は、回せど回せど終わらず、 食事では、わたしの分のご飯が足りなくなる事もあった。 御風呂は終い湯のわたしのときには、 水だった・・という事も。 多いときで、一度に5人の居候を抱えてこともあり、 過労で入院を余儀なくされた事もある。 21で、10人もの兄弟のいる夫と結婚、 結婚後夫は自分で独立、会社を起こすが そう簡単に軌道には乗らない。 実家は船場の商家、帰化しているもののお国の違いもあり、 ストレスは相当のもので、 私が頼れる唯一の人が夫だった。 どんなに辛くても、大好きなこの人が守ってくれる。 こうしてわたしが頑張っていれば、 精神的な面では、わたしより7歳年上の夫が わたしを常にフォローしてくれるものだと 信じて疑わなかった。 二人目ができて間もない頃、 会社は7000万近くの不渡り手形をくらってしまう。 夫の会社は一度倒産している。 このことで、数年は銀行からの融資を 受けられなかったこの時期が 夫にとって、一番辛い時期だったのだろう。 会社の話は、あまりしない人だったが、そこは夫婦だ。 夫の顔色を見ればなんとなくわかるものだ。 「会社たたんで、税理士にでもなろうかな」 時々、こんなことをぼそっといってみたり、 「疲れたよ」「会社行きたくない」 と、夫らしくない弱音を吐いた そして、4月の末ごろ、 彼はなにも言わずに、忽然と姿を消したのだった。