第十六話
パソコン奮闘記
オットの逆襲
わたしがパソコンを始めたのが 1997年の暮れ 目的は、シドニーに留学している息子との インターネットで、息子と会話であった。 「猿でもできるインターネットっ!」のうたい文句に 始めたパソコンであったが、 ワープロすら使っていなかった私にとって パソコン操作を覚えるにあたっては かなり苦労したものだが、 当事のこの苦労があったからこそ、 こうして自分のHPを持つ事もできたのだと思っている (昨年5月にHP開設) 仕事人間で年から年中忙しい夫ではあるが 彼は、家族をとても愛する心優しい夫である。 ゆえに、このパソコンとか、ゲーム機というのは、 当事家族のコミュニケーションを阻む 「悪」だと考えていた。 電磁波が、脳を破壊するとまで言っていた男である。 しかし、息子の留学を機に私がパソコンに触れることは許可 当時夫は、私がこれほどパソコンにのめり込むとは 思っていなかったようである。 電話代の請求書をみて卒倒していたわたしは、 当事すぐに、テレホーダイに加入した。 夜の11時から朝の8時までの通話料金がただである。 パソコンにとり憑かれた私は、猿より、ひどかった。 夜遅くまでパソコンの前に座っている日が連日続く。 夜みんなが寝静まったのを見計らって ベッドから起き出して、こそこそ1階の和室に降りてくる。 朝も早くに起き出しては、 パソコンのスイッチをルンルン気分でつけるという具合。 睡眠不足に陥っていた当事の私は、目の下にくまをつくり かなりやつれていたものと思われる。 現に、白髪が増えてしまったことに気がついて 唖然となったのだから。 夫はあまり細かい事を言う人ではない。 やる事をちゃんとやっていれば、 何事も大目にみてくれる人なのだが、 夜中、朝方、パソコンに齧り付くように 妻の姿を何度か目にした夫は座ってる 「体壊すし、大概にしろよ」とだけ忠告した。 しかし、私はやめなかった。 というより、やめられなかったのである。 一つわからない事があると、それを解決するのに 2時間、3時間はあっという間に過ぎていくものだ。。 そして、事件は起きた・・・ あれは、、そう忘れもしない 気候のいい5月の中頃の話だ。 当事夫が経営する会社でとんでもない事件が起きていた。 会社の商品の買い付けをやっていた夫の兄が 商品の横流しを、一人の社員と共謀してやっていた事が発覚 それを知った夫は、烈火のごとく怒り狂っていた。 あの日も酔いつぶれて帰って来て 横流しをやった兄の行方を捜して 家から怒りの電話をしまくっていたのだ。 相当酔っていた夫を、わたしはなだめ、 「もう、寝なさいよ、」と一言。 しかし、この一言が 夫の怒りの矛先が私に向く事になる。 普段は、なにも言わない夫の私に対する鬱憤は ここにきて爆発したのだ 「なにいいいいい、おいっ!俺に命令すんのか!」 「パソコン漬けのおまえにわしの気持ちがわかるか?」 泥酔した夫の言葉は続く、、 (・・足元もおぼつかないよ、、やばいぞ。。) 「おいっ!!パソコンとわしと、おまえどっちがだいなんじゃ」 「俺は知ってるぞ、おまえが夜な夜なパソコン触わってるのを」 「パソコン、ぶっ壊してやるっ!!」 ひえ==========!! そんな中、私は実に冷静だった。。。 このパソコンだけは、なんとしても守らねばならない。 あの状況の中で、わたしはそれだけはしっかり思っていた。 「パソコン壊すなら、私をぶって!!」 わたしの口から、迷わず出たまるでヒロインのようなせりふ。 どう出る、わが夫よっ!! ぶたれました ドメスティックバイオレンスと化した夫婦の姿がここに、、 といっても、こんなかわいい妻を 大きな男が打てばひとたまりもないだろう。 夫は確かに加減していた。しかし何度もぶったのだ。 しかし、ぶたれて泣くだけの弱い私ではない。 私は演技派女優と化していた。 「なに、するのっ! 痛い〜〜〜〜、こんなことが許されると思って?」 「女に手を出すなんて、最低=====−−」 「ぎゃ=====−!!!」 「ひ===========」 この声を聞きつけた小学校の息子二人は、 大好きなママが、このまままではやられてしまうっ! とおもったのだろう。 泣きながら家から飛び出すと、ご近所の親しくしている友人を すぐに呼びに行ったのだった・・ 友人がきて、オットが私から手を放したすきに 「酔って暴れている夫が、手をつけられない」と 会社に電話を入れて、甥っ子に至急きてもらった。 従業員一人を連れてきた甥っ子は 荒れている夫をなだめていたが、夫は「おお寅」状態 友人は友人で、夫を一生懸命なだめている。 収拾がつかない状態だと判断した私は この暴れ馬状態の夫を、 甥っ子に大阪に連れて帰るように頼んだったのだ。(オットの実家) 泣いている私を友人はなだめたが、 パソコンのやり過ぎについては、コンコンと説教をされた。 子どもの前で夫婦げんかをしてしまったことを後悔した 夫は、結局大阪にはいかず、 夜遅くに戻って来て、「出て行け!」の捨てぜりふをはいて 床に就いたのだった。 わたしは静かに、 「明日になったら、子どもを連れて出て行きます」と答えた って、いくとこないんてないので口だけ。 次の日の朝、夫は黙って会社に出かけた。 そして会社から電話が入った。 「わしがでていきますんで、家出せんといてください」
勝ったっ
大騒ぎになってしまったこの事件。 夫の方があきらかに不利になってしまっていた。 大好きなママに手を出したことで、 愛息子二人も敵に回してしまった。 会社でのいざこざで妻に八つ当たりという事で 妻に暴力事件は夫の母も知るところとなり、 会社で兄たちからも散々罵倒されたようだ。 夫の名誉のために言えば、妻のわたしに手を出したのは、 これが最初であった。多分、最初で最後であろう。 私が子どもを連れて家出をしたのではないかと心配した義母は 次の日、わたしのところに電話をして来た。 息子の暴力をわびながら、会社での事件を知っている母は、 ここは、ぐっとこらえてほしいと。 商人の妻は、どんと構えて耐えなさいと。 夫は結局、酒の上での妻への暴力を心から後悔、 反省の意味で1週間、すぐ近所の兄のところに居候した。 そして、家に戻ってくる日 「ママ、そろそろ帰ってもいいですか?」と電話で訪ねてきた。 実に、健気ではないか・・・・ それ以来、夫はわたしのパソコン操作に文句を言わなくなった。 わたしも反省して、12時以降にパソコンを触るのをやめた。 あれほどパソコン操作を嫌がった夫だったが、 夫に頼まれた資料をパソコンで作成する私を 認めざるをえなくなってきた。 会社のHPまで作ってしまったのだから。 機嫌良くパソコンを触わるために、 夫に依頼された仕事を、気持ちよく引き受け、 早くに仕上ることにしている。 わたしは、こうして、 夫のパソコンアレルギーの呪縛から 解かれたのであった。   女は強い。   そして女は、   いろんな場面で女優になれる化け物である。