第十三話
桜の花の咲く頃に
桜の花が咲く季節が、もうじきやって来る。 この時期が近くなると、 決まって思い出す田舎の風景がある。 家の近所に、短い桜並木があって、 その桜並木の緩やかな坂道を歩いていくと (道路は舗装されていない、土の道) 奥は深緑の水源地と山である。 上から下を見ると、桜並木の向こうに 道路を挟んで、海が見えるのである。 桜並木の横には、小さな川が流れていて、 わたしは、子どもの頃よくここへきて遊んだ。 梅雨の時期になると、恐ろしいほどの数の 赤手ガニを見る事ができた。 雨上がりに、岩の陰から無数の赤手ガニが 顔を出している光景など、 今の子どもたちがお目にかかる機会は少ないであろう。 川に生息し、海で産卵するというこのカニにとって ここは、格好の住処だったのだ。 桜の花の散る頃には、 ざわざわ、、という木々の音とともに、 桜の花びらが、さ〜っと散る様を見るのが たまらなく好きだった。 花びらが散ると、土色の道は 淡いピンクの絨毯を敷き詰めたような色になり、 踏みつけるのがもったいないような気がした。 桜の花の 散り方の潔さは、美しいだけではなく、 なにかこう、心を強く突き動かされるような感動を覚え、 数十年たった今でも当時の情景を はっきり思い出す事ができるのである。 わたしの父は8年前、 55歳のとき、胃がんで亡くなった。 わたしが29のときである。 いつの頃からか桜の花の咲く時期が近づくと 胸が騒ぎ出し、胸が締め付けられるようになっていた。 それは多分、父が亡くなる前、 病室の窓から桜のつぼみを眺めながら、 桜の咲く頃には、わたしと孫にに会う事ができると、 ずっと心待ちにしていた父を思ってかもしれない。 父の危篤の連絡がはいり、わたしはすぐに実家に帰省したが 父の死に目には会えなかった。 その時の心残りが、桜の咲く時期になると、 当時の思いを彷彿させるのかも知れない。 昔桜の散る音を聞いた歌人がいたらしい。 余命いくばもないこの詩人、 研ぎ澄まされた病人の神経には桜の散る音が 血の流れる音のように、桜の散る音が聞えたと詠っていた。 その昔、桜の木の下には人の亡骸が眠っているといわれていた。 桜の花が美しいのは、命のすべてを吸い取って 生きているからかもしれない。 桜は散っても、又蘇る。 それはまるで、 永遠の命のように思い出させてくれるように。