親子の決意
〜第ニ章〜
それと、当時3年生と4年生の息子たちの事だ。
できれば、小学校の教育は、日本で受けさせたい。
日本語の文法を、ちゃんと身につけさせなければと
強くおもっていたし、
日本語も、英語も中途半端になるような気がしていた。
(ここは、夫婦で意見が一致)
母子で向こうに行くのは、弊害が多すぎる。
夫婦で、散々話し合った。時には大喧嘩になったし、
夫にたいしては、身勝手なエゴだとなじった事もある。
そこまでして留学させる必要があるのかなと。
夫はこうと決めたらひかない性格で、
わたしはわたしで筋金入りの頑固ものだ。
それでなくても喧嘩はエネルギーが要るというのに。
環境さえ整えば、留学は悪い話ではない。
最終的には、本人に選択させようということになった。
途中で挫折しても、それはそれでいいのでは、
その時は帰ってくればいいのだから、と
本人にそ気があればやらせてみようかな?
精神的なフォローを、夫婦でやっていけば
なんとかなるだろうと。
わたしも次第に気持ちが傾いていた。
なんだかんだいっても、今にして思えば、
わたしと長男は夫にはめられたのじゃないかなと思う。
当の本人は、というと
休みの多い現地の学校生活に、魅力を感じてしまったようだ。
それに親元を離れて暮らす事の寂しさを、
当時はそれほど実感できなかったのだと思う。
それともう一つ、父親の期待に応えたいとい気持ちが
長男はとても強かったのだ。
こうしてその年の(1996年)の秋頃から、
急きょ留学にむけて、留学にむけての準備をが始まった。
そんなに時間がないぞ!
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