THE 留学
留学のきっかけ 〜第一章〜
   夫は、石材・石灯籠の輸入販売の会社を経営している。    商品は主に中国から輸入してるが、数年前から、    インドネシア・ オーストラリアの石材も扱っている。    1996年の初夏も、夫は商用で、    オーストラリアのケアンズに出かけた。      そこで彼は、向こうに移住して10年の日本人家族と出会う。    この出会いこそが、そもそもの始まりだったのだ。    自分の息子と同じ年頃の男の子がのびのび過ごしている様子を見て、    こんなのびのびとした環境の中で、    子供に活きた英語力を身につけてもらいたい、と思っていた夫は    帰国後わたしに子供の留学の話を持ちかけたのだった。    思いついたら、即行動。これが夫だ。    このときすでに、夫の頭の中は「息子、即留学」しかなかった。    まだ長男が11歳のときのことである。    そんなこと急に言われてもね。    年齢的に親が必要な年令だし、母子(わたしと、息子3人)で    向こうで暮らすという事であればそれでもかまわない、    というのが、当初のわたしの考えであった。    息子ひとりで行かせる事のメリット・デメリット、    夫婦が離れて暮らす事の、デメリット。    いろいろと夫婦で議論した。    夫は、自炊に不安を隠せない。    家事だってろくすっぽ手伝ったことない人だ。    副業のほうでは、わたしがいないと困ってしまう。    それと、早くに留学させる事のメリットに夫はこだわった。    12歳の年令といえば、吸い取り紙である。    単身で行くと、余計に上達が早いだろうと。    周りに日本語を話せる人間がいないほうが、    かえっていいのではと。それは家族すらも。    日本語の文法は理解できている年齢であり、    かつ新しく入る英語も吸い取り紙のように理解していく。    完璧な英語を身につける事ができる。    それと、妻(つまりわたしのこと)    妻の浮気が心配……。(信用してないんかっ!!)    できれば、ひとりで留学させたい!夫    わたしのほうは、というと、夫婦が離れて暮らすと、    お互いの気持ちが離れてしまうのではという不安があった。    わたしは、どこででもなんとかやっていくだろう。    夫婦べたべた、という期間はとうに卒業してるし。    別々の生活も新鮮でいいかも。それに、親戚付き合いの、    あの煩わしさから、逃れられるという特典つき。    夫と離ればなれは寂しいけど、    女は家事に困る事はない。夫がいない生活にもじき慣れて、    気楽に暮らすだろう・・・・・・。    しかし私は逆にそれが恐かった。しかも夫は家事ができない。    自堕落で不規則な生活は、会社自体にも    悪影響を与えるであろう、絶対に    夫の逆単身は・・弊害が多すぎる!