いよいよ始まった、シドニーでの生活
〜 第七章〜
わたしの、シドニーでの1週間の滞在はあっという間だった。
後ろ髪引かれる思いで帰国したわたしも、
そうそう泣いてばかりいられない。
当時、次男は小学校4年生、三男は3年生だった。
夫は仕事を二つ抱える身でいつも忙しい。
その上、その頃どうしてもなり手がいないからと
この町の自治会に泣きつかれた彼は、
自治会長を引き受ける羽目になってしまったのだ。
わたしはというと、くじ運が悪いというか、
当たりくじを引いて、小学校のPTAの委員をやる羽目に。
その上、子供会の役まで回って来てしまった。
私たちはこれから、二人が交代で二ヶ月に一度の割合で、
シドニーの息子に会いに行く事を息子と約束してたが、
しばらくはもっと頻繁に行く事も考えていた。
かなりハードスケジュールだ。
会社を抱える夫が行くときは、わたしに負担が、
手のかかる息子二人を抱えるわたしが行くときは、
夫に負担が、の覚悟である。
夫は一ヵ月もたたない4月の半ば、様子を見に行った。
私は6月の初めに、息子に会いに行った。
わたしたちのこうしたこれからの生活は、
周りの友人、シドニーにいる友人の協力なしでは
やっていけなかった。
友人たちに、どれ程支えてもらった事か。
とにかく、息子のシドニーでの生活は始まったのだ。
そして日本では、長男のいない生活が始まった。
英語の勉強をしていないため、
英語が話せない彼は、これから半年から一年の間、
英語を学ぶ学校へ通うのだ。
息子と私達は、お互いの安否を気遣いながら、
ほぼ毎日、ファックスでの手紙のやり取りをはじめた。
当時、わたしは息子に短くてもいいから、
日記をつけてみなさいと、言った。
彼のファックスは、いわば日記の代りのようなものだった。
まだ、パソコンを触わっていなかったこの時期が、
息子にとっても、家族にとっても、とてもつらい時期だったのだ。
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