THE 留学
涙のお別れ・・君は強いから 〜第五章〜
    ホームスティ先では、エジプト人夫婦に     少しずつ、母子の距離を作るように言われた。     別れがつらくなるから、子供は一人学校へいかせて、     母親はここに残るようにと。     でも、ナガオが学校へひとりで出かけていっても、     後から追いかけるように電車に乗ってわたしも学校へ出かけた。     もうしばらくすると顔も見れなくなる。     ホームスティ先で私は、シャイな息子の分も     家族のみんなとはしゃいだ。     息子が席を離している時、ホストファミリーの夫婦に     息子はシャイな子だし、打ち解けるまではつらいと思うから、     どうか彼を、家族同然に接してほしいとお願いした。     子供の前では、泣かないようにしていた。     帰る日が近づいてくる。あと三日、あと二日・・・・・・。     息子の部屋には、家族がいつきてもいいようにと     二段ベッドが用意されていたが、     滞在中は息子といっしょに眠った。     わたしの、長男に対する接し方は、     下の次男、三男とは明らかに違っていた。     誉める事をせず厳しく育てた。     彼が3歳の時に次男坊が生れ、次の年に三男が生れた。     当然、母親の膝の上は早いうちに、したの弟に占領され、     物心ついたときから、膝の上に乗った事がない子だった。     年子だったために、双子用のベビーカーを2年間使用した。     次男と三男をこのベビーカーに乗せて外出した。     恥ずかしい話だが、わたしはこの息子を、     ぎゅっと抱きしめてあげた記憶がほとんどないのだ。     下の子供たちには自然にできる抱きしめる、という行為が     長男に対しては、恥ずかしくてできなくなってしまっていた。     12年分のスキンシップを、     もっと、早くにこうして抱いてあげるべきだったと     わびるように、わたしは息子を抱きしめて眠った。     つらくて、つらくて、     二人で泣きながら、眠った。     「 ママ、、、帰らんといて、、つらい」     「つらっかったら、いつでも帰っておいで。」