涙のお別れ・・君は強いから
〜第四章〜
あれよ、あれよという間に、留学の話が決まり、
ここまで来てしまった。
出発間際まで夫の方で忙しかった事もあり、
実際その生活が始まるまで実感が湧かなかったのだが、
息子はこれから、シドニーでの生活が始まるのだ。
ホームスティ先は、シドニーシティから、
電車で30分ほどの閑静な住宅街だ。
通学の電車からは、シドニーのあの美しい
オペラハウス、ハーバーブリッジが見れる。
シドニーは モダンなおしゃれな建物が軒並み並ぶ
近代的な、美しいシティである。
ホームスティ先のお宅は、
オーストラリアに移民して20年ほどのエジプト人一家
ガイドの友人と同じ職場の男性の家族だった。
家族構成は、ご主人とその妻、
長男(19歳)次男(17歳)長女(12歳)の五人家族
ホームスティ先を先を、最終的にここに決めた理由に、
子供3人、と我が家と家族構成が同じで、
賑やかでいいと思いがあった。
ご主人と子供たちは、英語はまったく問題ないが、
奥さんは、英語が苦手で、アラビア語が飛び交っていた。
ごくごく普通の一家というところであろうか。
子供たちは、すぐに打ち解けるであろう。
遠くエジプトからこちらに移民して来た夫婦だったので、
日本を離れてここで暮らす事になる
息子の心情も理解してもらえる。
学校は、シドニーシティのすぐ近くの英語学校
オーストラリアブームだった10年程前と違って
日本人の生徒は少なく、
タイ・韓国・香港・インドネシアなど、
アジア系の生徒が大半を占めていた。
高校中退して、こちらに出て来たという
17歳の青年が、唯一日本人だった。
英語力のレベル別にクラスが分けられ
(英語ができない息子は、当然一番下のレベル)
ここで、英語力を身につけるわけだ。
わたしの今回の滞在は約1週間。
できるだけ、いっしょにいてやりたいと思ったわたしは、
学校へいくときもいっしょに家を出て、
彼が授業を受けている間は、地下の休憩ルームで、
本を読んだり、英語の勉強をしたりしていた。
休み時間になると、休憩するために、
ほかの生徒といっしょに、休憩ルームに顔を出す。
長男は比較的げんきだ。
「どう?英語わかる?」
「うん、なんとかなると思う。
公文で少しやってたのが役にたってる。」
息子は12歳だ。
英語はこれからいくらでも上達するだろう。
休憩時間が終わると、みんな授業に出るために
わたしは、この休憩ルームにただひとりになる。
ひとりでいると、いろんなことを考え始める。
ああ、今はこうしてあの子の近くにいる事ができるけど
それももう少しだけなんだ・・・・・・。
そう思うと、また涙が止まらなくなる。
私は12歳の息子を、置いて帰らなければならないのだ。
授業が終わると、これから生活するシドニーシティを
二人で夜遅くまで歩き回った。
息子は、わたしと二人でいる事を望んでいたようで、
ホストファミリーの家に帰りたがらなかった。

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